Olが作ろうとしているのは、それを途方もなく発展させたものだった。壁に魔法陣を掘りこみ、さらにその壁自体も全体を見渡せば魔法陣となる。
更に、通常の魔法陣とは違い平面的なものではなく、地下のダンジョンで作る事で立体的な魔法陣を構築するのだ。
へー器用な事考えるのね
何を他人事の様に言っている?
地図を見て感心するリルに、Olは呆れてため息をつく。
お前を呼んだのは性欲の捌け口の為だけではないぞ。この設計も、お前にやってもらうのだ
はあ!? 無理無理無理無理、絶対無理! これってあれでしょ?魔力を澱まない様にちゃんとコアに届けつつ、侵入者には予測できないような迷宮にしなきゃいけないんでしょ!?
ついでに、迷宮全体に防衛効果を持たせたり、魔物どもが暮らし易い様、部屋の数や大きさにも気を配る必要があるな
更に難易度上がってるじゃないの!? 絶対無理だってば!
心配せずとも、一朝一夕にやれとも一人で全てこなせとも言わん。俺の元で学び、小さい単位から徐々に仕事を学んでもらう
地図を改めて見返し、リルは眉根を寄せる。悪魔は人間と違って理論に従って魔術を使っている訳ではない。しかし、基礎的な魔法陣の意味くらいは読み取れる。
Olが設計したそれの緻密さは、彼女の目から見ても途方もないものだった。
まさか魔術の勉強をさせられるとはねそりゃまあ契約だからやるけどさ、あんまり期待はしないでよね?
これを見て困難さを理解できているなら、問題ないだろう。知とは何を知っているかより、何を知らぬかを理解している事の方が肝要なのだ。お前ならいずれ出来るだろう
真っ直ぐ見つめて言うOlに、思わずリルは視線をそらす。
まあ、やるだけはやってあげるわよ、使い魔だし
Olは頷き、ニヤリと笑みを浮かべるとぽんとリルの両肩に手を置く。
では、まず簡単な練習から始めようか
この笑みはと、リルが気付いた頃には、もう遅かった。
うう、臭い
リルは壮大に顔をしかめながら、ごりごりと小刀を動かす。
ぐにゃりとした嫌な感触と、べとべととした血や脂が手を汚し、全身酷い有様になっている。
彼女は動くしかばねとなった元村人達から、肉を剥ぎ取る作業の真っ最中だ。
あまり骨を傷つけるなよ。肉はしっかりと取り除け、つけばつくだけ邪魔になるからな
こんなの燃やしちゃえばいいんじゃないの!?
駄目だ。燃やせば骨も脆くなって使い物にならん。良質なスケルトンを作りたければ、やはり手で肉を取り除くしかない
リルに課した勉強のその一は、スケルトンの作成だった。
リビングデッドは死体さえあれば簡単に作れるが、動きは鈍くあまり強くない。
幾らダンジョンを複雑な迷宮にしても、そこを守るのがこれでは何の意味もない。
肉を全て取り除き、骨に呪文をかけた動く骨であるスケルトンもそれほど強い訳ではないのだが、それでもリビングデッドよりはかなり動きが早い。
死体の筋肉は機能しない為、ついていてもただの重りにしかならないのだ。勿論、防具の役割はするのでリビングデッドに比べれば耐久性に若干の難はあるのだが、そもそもリビングデッド自体たいして耐久力があるわけではない。
人間並みの速度で動けるスケルトンの方が防衛に向いているのは明白だった。
肉を取り除いたら、骨に魔法陣を彫り、動くようにしろ。関節部分に魔力を流す様に掘るのだ。擬似知覚をつけるのを忘れるなよ、めくらのスケルトンを作っても仕方ないからな
死体の肉を綺麗に剥ぎ取って骨だけにし、魔法陣を彫り、次の死体に取り掛かる
死体は小さな村だったとは言え数百体はいる。
では、俺は別の仕事に取り掛かるからな。サボらず作業を続けておけよ
ちょっ、待っちょっとくらい手伝いなさいよこの馬鹿主人ーーーーーっ!
暗い洞窟に、リルの叫び声が響いた。
第4.5話ダンジョン解説
第4話終了時点でのダンジョン。
階層数:1階層
瘴気:1
悪名:1
貯蓄魔力:7(単位:万/日)
消費魔力:2(単位:万/日)
寝室LV1
村から強奪してきた家具で一応寝室としての体裁を整えた部屋。
セックスしても身体が痛くならない。
キッチンLV1
村から強奪してきた食器や調理器具で一応台所としての体裁を整えた部屋。
料理は主にOlが作る。
水洗トイレ
邪悪なる魔術師といえども食事をすれば出すものは出す。地下水脈を発見したので、それを利用して水洗トイレを作った。流れる、というか流れっぱなし。落ちると生命が危うい。
ガーゴイル
戦力:5消費魔力:0.1
石像のような姿をした悪魔。悪魔としては下級から中級程度に分類されるが並みの魔物よりはよほど強い。頑強な肉体と自由に宙を飛びまわる羽、鋭い爪で戦う。魔術は使えない。
動く死体(リビングデッド)
戦力:2
村人の死体に魔術をかけ、動かしているもの。10体程度単位でこの戦力。雑魚といっていい。
インプ
戦力:1消費魔力:0.01
悪魔の中でも下級中の下級。契約とか深く考えずに魔力で幾らでも従えられるのだけが強み。ごく簡単な魔術を使えるが、ぼんやり歩いている人間を転ばせる、とか馬を驚かせる、程度の悪戯レベルでしかないので、戦力には数えられない。
ダンジョンコア周辺にいくつか部屋が出来たが、まだ防衛設備は殆どない。リビングデッドは一部が入り口付近で見張りをしているものの、大半はリルが突貫作業でスケルトンに改造中である。
第5話愚かな侵入者を捕えましょう
オ~ウ~ル~
地獄の底から響くような声をあげ、よろよろとリルが姿を現す。
その身体は全身血塗れで、凄まじい異臭を放っていた。
どうした。仕事は終わったのか?
終わったわよっ! ああもう体中どろどろで気持ち悪いったら!
振り向きもせず問うOlに怒鳴り返すリル。すると、Olは意外そうにリルに視線を向けた。
もう終わったのか。思ったより早かったな
Olがリルにスケルトン作りを命じてから、既に三日が経っていた。
数百体はある死体の肉を削ぎ、骨に魔法陣を彫ってスケルトン化する作業だ。
途中で作ったスケルトンに手伝わせる事に気付いたとしても、一週間はかかるだろうとOlは見ていた。
なんかゴブリンが沢山迷い込んできたから、魅了して手伝わせたの。それよりこれ何とかしてよ
リルは血と脂でどろどろになった身体を示していった。
ゴブリンと言うのは、身長4,50cmほどの小さな鬼の一種だ。見かけは醜悪で力も弱いが、大勢で群れるし手先は器用なのでそういった手伝いには確かに最適だろう。