そちらも思ったより早いな。いいだろう、こっちについてこい
いつもみたいに魔力で吹き飛ばしてくれればいいんだけどって、何これ!?
ぶちぶち言いつつもOlの後をついていくリルは、眼前に広がった光景に目を見開いた。
10m四方ほどの大きな部屋の中央には大きな穴が掘られ、そこにはなみなみと水が満たされていたのだ。
地下水脈を見つけてな。ここに引いてみた。少し待ってろゴーレム! 岩を水の中に入れろ!
Olが命じると、部屋の片隅に鎮座していた石の像がゆっくりと立ち上がる。
ガーゴイルに似ているが、存在としてはむしろリビングデッドの方が近い。Olの魔力によって仮初の命を与えられた岩の人形、ゴーレムである。
ゴーレムは部屋の隅で盛大に焚かれていた炎の中に手を差し込むと、赤く焼けた大きな岩を取り出した。人間であれば重篤な火傷は免れ得ないところだが、岩で出来たゴーレムには何の影響もない。
そして、そのまま赤く焼けた岩を人工の泉の中に放り込む。じゅわっ! と音がして湯気を立てながら、岩は泉の底に沈んでいく。2,3放りこむと、泉の水はちょうど良い温度になった。
赤く焼けた岩はそうそう冷たくなる事はない。が、泉の水は少しずつ水源から流れて来る水と徐々に入れ替えられるので熱くなりすぎる事もない。ここ数日でOlが調整し作った自慢の湯殿だった。
お風呂作ってくれたんだ
胸の前で手を組み、リルは感激に目を輝かせた。Olは別にお前の為じゃないという言葉を飲み込む。実際、リルが仕事を終えるのはもっと後になるだろうと思っていたのだから、リルのためであろうハズが無いが、一々いう事でもない。
まあな。ゴーレム、新しい岩を焼いておけ。さて、では入るとするか。先に桶で身体を洗い流せよ
あれ? Olも入るの?
桶を受け取りながら、リルは尋ねる。
ああ。悪魔とは言え、三日も飲まず食わずで疲れただろう?
Olの意味する所を理解し、リルもにっこりと笑う。
じゃあお湯とお食事、頂きまーす
数分後、大きな部屋に嬌声が響き渡った。
はー気持ちいー
ゆったりと湯につかりながら、満足そうにリルは呟く。
彼女は汚れを湯で洗い流した後、Olからたっぷりと精を注がれ、今はのんびりと湯の温度を楽しんでいた。
そういえばゴブリンが来たと言っていたな。仕事を手伝わせた後はどうした?
湯に入ってリラックスしているのか、こちらもいつもよりほぐれた表情でOlが尋ねる。
そういえば、会った頃からどこかギラギラとした、張り詰めた表情だったな、とリルは思う。焦っているというわけではないだろうが、Olは意識していかめしい表情を作っていた気がする。
湯につかり、リラックスしているOlはどこにでもいる若者の様に見えた。
と言っても、中身は70を遥かに越える老人なのだが。
リル?
あ、うん、えっと、魅了が解けたらなんか入り口の方に巣みたいの作ってたからそのままにしといたよ
訝しげに名を呼ぶOlに、リルは慌てて答える。
そうか、ならばそれでいい今後も、このダンジョンが持つ瘴気や魔力に誘われて、妖魔や魔獣の類が迷い込んでくる事はあるだろうが、基本的に放置して構わん。コストのかからぬ外敵への供えになる
結構あることなの?
リルの問いにOlは頷く。
元々ゴブリンは、洞窟の様な暗い場所を好んで巣を作る。ゴブリン以外にも、妖魔には闇を好む者が多い。血が流れれば瘴気も溜まる。屋外と違って風や雨で散らんからな。瘴気が溜まれば、魔に属する者にとっては居心地のいい場所になる。そうすれば魔獣の類もよってくるし、高位の悪魔も呼び出せるようになる
あー言われてみれば、ちょっと身体が軽くなってるかも
死体を大量に切り刻んだからな。もっと瘴気が濃くなれば、怨霊の類も発生するし、死者が勝手に動き出す事すらある。これだけのダンジョンを用意してやれば、労せずともある程度の守衛は手に入るのだ
なるほどねえ
内心、リルは苦笑する。先ほどまで弛緩していたOlの表情はすっかり元に戻り、口元には僅かながら笑みが浮かんでいる。ダンジョンの仕組みを語る時の彼の表情はいつもこうだ。
更に
Olが言葉を続けようとしたその時。
聞き覚えのない、ジリリリリリ!というけたたましい音が鳴り響いた。
何これ!?
侵入者だな
Olの表情が、更に引き締められた。
侵入者ってどういう事!?
急いで身支度を整え、ダンジョンコアへと向かいながらリルはOlに問う。
恐らく、冒険者だろう。契約をした村のどれかから依頼され、俺を殺しに来たのだろうな。それが警報の罠に引っかかったんだ
迷宮の入り口には、Olの魔力で罠が張られていた。
スケルトンの配置は?
この前渡された地図に、骨のマークがあったからそこに平等に割り振っておいたけど
よし、上出来だ
ぽんぽん、とOlはリルの頭を軽く叩く。初めて受けるストレートな誉め言葉に、リルは思わず頬を赤くした。
今この迷宮にいる守衛は、ゴブリンとスケルトンの他には、ヘルハウンド4匹、ゴーレム2体、インプ382匹だ。インプは戦いの数に数えられんが、初級から中級の冒険者なら十分撃退できるはずだ
リルの様子は気にもせず、Olはダンジョンコアに辿りつくと魔力を取り出す。そして、コアに流れ込む魔力を通じて、ダンジョン全体に感覚を広げていく。そうする事で、Olはダンジョン全体の様子を手に取るように見る事が出来た。
中級の冒険者ってどのくらい?
この前の村長が、中級の中でも上位くらいだ
Olの言葉に、リルは少し青ざめる。中級一人で防戦一方、奇襲で何とか倒したのだ。中級が数人いたり、上級の相手だったらどうにもならない。
いた! スケルトンと戦闘中かしかし、これはなんだと!?
Olが珍しく焦りの色を滲ませる。彼の見ている光景が見えないリルは余計に不安に駆られた。
ど、どうしたの?
スケルトン10体が一撃だ。しかも、相手はたった一人。コイツは上級だな
ダンジョンコアから手を離し、Olは壁に立てかけてあった杖を手に取り、浴室のゴーレムを呼び寄せる。
恐らくヘルハウンドも相手にならんだろう。ここで相手をする事になる。相手は魔法剣士だ。ゴーレムとお前で抑えている間に、俺が魔術を叩き込む
わかった
神妙に、リルは頷く。リルは一刀の元に屠られるだろうが、どうせこっちの身体は仮初のものだ。死んでも魔界に戻るだけだから問題ない。
もし勝てたらさ、また呼んでよね。まだまだやる事は山積してるんでしょ?
勿論だ。来るぞ!
Olの声に応えるように、通路から一人の女が姿を現す。赤い髪をポニーテールにした、16,7の少女だ。とてもそんな凄腕には見えなかったが、纏う迫力は間違いなく彼女が相当の実力者であると語っていた。