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なんだって!

たしかに、ケイの天気予報は良く当たっていた、とアイリーンは振り返る。てっきり風向きや雲の様子から予想しているのだろう、と思っていたのだが、まさか星にその秘密があったとは。

薄情だぜケイ! なんでオレにも教えてくれなかったんだよ!

憤るアイリーンに、ケイは心外そうな顔で、

教えようとしたぞ? でもお前が『興味ない』って断ったんだろうが

えっ

思わずアイリーンは固まった。慌ててそのことを思い出そうとするも、ケイに出会ってからの二年間、占星術に関する話題など全く思い当たる節がない。

……マジで? 身に覚えがねえんだけど

一年ぐらい前だったか。“ウルヴァーン”の酒場で俺が『おいアンドレイ、神秘的な星々の法則に興味はないか? 大いなる宇宙の真理がお前を待っているぞ』って言ったら、『興味ない、そういうのは他を当たれ』って……

明らかに誘い方が悪(ワリ)ぃよッ!! 新興宗教の教祖かテメェは!! ああ思い出したさ、あんときか! またぞろお前の分かりづらいボケだと思ってスルーしたんだよッそういうことだったのかチクショウッ!

毒づきながら、アイリーンがガシガシと髪をかきむしる。

はぁ。まあいいや。それで?

……俺は、

ケイは、少しばかり躊躇の色を見せたが、

俺は、ここが DEMONDAL の世界なんじゃないか、と思う

はっきりと、言った。

……そいつはまた、飛躍したな。つまり何か、ここは DEMONDAL にそっくりな、異世界ってわけか?

言い換えれば、そういうことだ

……。最近のANIMEでそういうやつがあった気がするな。ゲームをやってる最中に、ゲームの中の世界にト(・)リ(・)ッ(・)プ(・)しちまう、ってストーリーだ。ケイも観たか?

いや。あいにくと、アニメはあんまり詳しくなくてな

へっ、ロシア人の方が日本人より詳しいってのも、変な話だな。まあ、いい。それでだ、そんなトリップが実際にあるとなると―トリップしちまってるのは、手前の頭の方じゃないか、ってオレは思うわけだ。告知なしに神アップデートが来ていて、リアリティが劇的に向上、同時に起きたシステム障害でログアウトできない……って考えた方が、よほど現実味があるぜ

もちろん納得できない部分も多いけどな、と、真摯な表情でアイリーンは言う。ケイの意見に反対する、というよりも、議論のための問題提起。

それは俺も考えた。だがな、アイリーン。そ(・)っ(・)ち(・)の(・)方(・)が(・)現(・)実(・)味(・)が(・)あ(・)る(・)か(・)ら(・)こ(・)そ(・)、俺はそれがあり得ないと思うんだ

アイリーンの顔を見据える。

アイリーン。お前のVR環境は、“External”と”Implant”のどっちを使ってる?

えっ? ……そりゃあ、普通に”External”だが

ケイの唐突な質問に、アイリーンが面食らったかのように答えた。

現在、VR環境機器は、二種類に大別される。

“External(外付け式)“と”Implant(埋め込み式)“だ。

外付け式とは文字通り、体の外部から脳と神経系に作用を及ぼし、VR環境を実現するタイプのことだ。外部の機器の組み替え・交換により、機能や性能を自由に調節できるので、拡張性に優れている。

対する埋め込み式は、直接体内に埋め込み、脳神経に作用するタイプのことだ。クローン技術で形成された神経系と、電子機器で構成された機械系。それらのハイブリッドの生体コンピュータであり、肉体に直接埋め込むという仕様から交換が難しく、拡張性に乏しいという欠点がある。

埋め込み式の方が外付け式よりも情報を正確に伝達できる、という利点はあるものの、拡張性の欠如は如何ともしがたく、また部品同士が干渉してしまうため外付け式と埋め込み式は併用ができない。

現在では、性能上の問題から外付け式が一般的であり、埋め込み式を使っていた人間も除去・交換手術を受けて外付け式に切り替えるパターンが多い。

―ごく一部の、例外を除いて。

俺は、“Implant(埋め込み式)“だ

ケイは言葉を続ける。

正確には、“IBMI-TypeP”を使ってる

“TypeP”!? マジかよ、VRマシン最初期の骨董品じゃねえか

そうさ、骨董品だ。残念ながら、使い続けてる

……。ってことは

まあ、お前も勘付いてるだろうとは思うが

ふぅ、と細く息を吐きだした。

俺は、寝たきりの病人でな。“Fibrodysplasia Ossificans Progressiva”―進行性骨化性線維異形成症。筋肉が骨に変わっちまう奇病だ。発症したのはもう、15年も前か。5年前ぐらいから、体も動かなくなった

…………

圧倒されたように押し黙るアイリーンを前に、しかしケイの述懐は止まらない。

今の現(・)実(・)の(・)俺(・)は、生命維持槽にプカプカ浮いてる骨と神経系の塊さ。VRマシンの臨床試験に参加したのが12年前、試験は見事に成功し、俺はVRマシンの実用化に大きく貢献した―が、その代わりにマシンの生体部品が、当初の予想よりも広い範囲で神経と癒着・結合しちまって、もう交換できないんだ

ケイの表情は、穏やかだった。全てを受け入れた顔。

……それ以来、ハードもソフトも、継ぎ接ぎみたいに何度か更新して、今までどうにか誤魔化してきた。けど、それも、3年前の更新が最後になった

3年前、っていったら……

ああ、そうさ。 DEMONDAL のサービス開始の年だ

ケイの口の端が、儚い笑みにほころぶ。

『かつてないほどのリアリティ』、その売り文句に俺は飛び付いた。一日のほぼ全てをVR空間で過ごす俺にとっては、リアリティのある他人との交流こそが、一番求めてやまないものだった。賭けみたいなものだったよ、マシンの更新手術は。家族にも主治医にも、担当の大学教授にも、全員に反対された。俺の体はもうボロボロで、更新手術に耐えられるかどうか、わからなかったんだ。でも俺が、『リアリティがどうしても欲しい、それがないなら、これ以上無為に生きても辛いだけだ』って我儘を言ったら、最後にはみんな折れてくれた

夢を見るような目つきで、ケイは語る。

実際、 DEMONDAL のリアリティは、凄かったよ。草原の風も、風が運んでくる葉擦れの音も、太陽の温かさも。動植物の造形、NPCの挙動、自分の肉体の感覚、目に入ってくるもの、触れられるもの、 DEMONDAL の全てが、今までのゲームとは比べ物にならないくらい、“リアル”だった。俺の欲していた、ほとんど全てのものが、 DEMONDAL には揃っていた―でも、それが限界だった

アイリーンに視線を合わせ、ケイは静かに微笑んだ。

俺のマシンは、 DEMONDAL に最適化されてる。オンボロでも、少しの余裕を残して、ゲームがつつがなく動くようにな。でも、それが限界なんだ、アイリーン。例え、どんな神アップデートが来ても、どんな技術革新があっても―