足元の砂を手ですくい、指の隙間からさらさらと零れ落ちる砂粒に、見惚れる。
―俺の骨董品(マシン)じゃ、この情報量は処理しきれない
絶対に、とケイは言葉を結んだ。
…………
アイリーンは、何も言えなかった。
……とまあ、辛気臭い話になっちまったが、俺の身の上話はどうでもいい。俺が言いたかったのは、こ(・)の(・)世(・)界(・)がゲームの中だろうと異世界だろうと、どちらも俺からすればブッ飛んだお話だ、ってことさ。勿論、俺のマシンでも軽々と動くような、神アップデートが来たんならそれはそれで問題ない。システム障害なんてすぐに復帰するだろうし、それまで待てばいいだけの話だ。だから、俺から提案したいのは―って、なんだおい、泣いてんのか
ぐすぐすと涙を零し始めたアイリーンに、ケイが上擦った声を出す。
べっ、……違っ、泣いてなんか……
いや、泣いてるじゃねえか
顔を手で隠すアイリーンの仕草に、ケイは苦笑いしながら、歩み寄ってぽんぽんとその背中を叩く。
別にお前が泣くことはない。一昔前なら、俺も泣いてたかもしれない。だが今はVR技術があるからな、別に不幸じゃないさ
これ、違っ……違う、ケイに、同情し、てる、わけじゃ……
大丈夫だって、良いから良いから
ぐずるアイリーンの肩を抱いて、赤子をあやすようにその頭を撫でる。なんで俺がこいつを慰めてるんだろうな、と考えると可笑しくて、ケイは忍び笑いを止めることができなかった。
……いや、悪かった。もう大丈夫だ
数分とせずに落ち着いたアイリーンが、肩にかかったケイの手を撫でる。もう一度、ぽんぽんとその肩を叩いてから、ケイはアイリーンの対面に座り直した。
…………
焚き火越しに目が合うと、アイリーンは恥ずかしそうに顔をそむけ、
……思う所があったんだ。ケイが可哀そう、とか、そういうことで泣いたんじゃない
そうか
うん、まあ……そういうことなんだ。だから、気にしないでくれ
もどかしそうに言うアイリーンに、ケイはくすりと笑みを返す。
いいさ。話を続けよう
おう。それで、提案したいこととか、何とか言ってたよな?
大したことじゃないけどな。俺が提案したいのは、『ここが DEMONDAL に似た異世界である』と仮定して行動しよう、という、それだけのことさ。もしここがゲーム内で、システム障害でログアウトできないだけなら、数日もすれば解決するだろう。アイリーン、プライベートな質問で悪いが、お前一人暮らしか?
いや。家族がいる
なら安心だ、娘がいつまで経ってもゲームを止めないとあれば、飯の時間にでもなれば家族がマシンを引っぺがしに来るだろうさ。アニメとは違って、マシンを外そうとした瞬間に脳ミソが爆発、なんてこともないしな
おい、お前アニメ詳しくないって嘘だろ?
どうだか
二人でくすくすと笑いあう。
まあ、そんなわけで、ここがゲームなら慌てる必要はない。が、もしここが『異世界』なら……
ち(・)ょ(・)っ(・)と(・)は(・)慌てる必要があるな
そういうことだ。最悪を想定して動け、というセオリー通りに行こう
結論を出したところで、ケイはふぅ、と小さくため息をついた。口の中がからからだ。珍しく長口上をぶちまけたせいで、喉が渇いているらしい。
……アイリーン、水持ってないか
水か? サスケの荷袋の中に、水筒があったと思う
『備えあれば憂いなし』、だな
ソナエ……?
いや、こっちの話だ。ちょっと水貰うぞ、喉が渇いた
立ち上がって、 ぼくの名前呼んだ? と言わんばかりに小首を傾げるサスケに近寄り、その荷袋の中を漁る。
それにしても、これからどうする?
水筒を探すケイに、背後からアイリーンが声をかけた。
うーむ。どうしたものか
いつまでもここで、ってわけにもいかねぇだろ?
喉も渇く。尻も痛い。となると、やはり人里を探すしかないか
やっぱそうなるよな
あーあ、と面倒くさそうにアイリーンが声を上げる。
果たして、水筒は荷袋の一番底にあった。ごちゃごちゃと詰まったポーションの瓶を押しのけて、袋から引きずり出す。
(あってよかった)
振って確認するまでもなく、中身は十分に入っているようだ。希少かつそれ以上にクソ不味いポーションで喉の渇きを癒すのは御免だったので、アイリーンが水筒を携帯していたのは僥倖としか言いようがない。
その場に腰を下ろして、焚き火に当たりながら、少しずつ中身を流し込む。
(……やはり、ゲームとは思えないな)
液体が喉を通りぬけていく感覚。VR技術で再現されているとは、とても思えないようなリアルさ。
先ほど、ケイは『異世界であると仮(・)定(・)し(・)て(・)行動しよう』と言った。
だが、正直なところ、ここは異世界だろうと、ケイは半ば確信していた。
―そうであることを望んでいた、とも言うが。
ケイのそばで寝転んでいたミカヅキが、のそりと首を動かして、ケイの膝に頭を載せてきた。どうやら、枕代わりにしようという魂胆らしい。ゲーム時代からミカヅキのAIは飼い主(ケイ)に遠慮しないタイプであったが、異世界に来てからその図太さに磨きがかかっているようだ。
こやつめ、と苦笑しながら、その首筋を撫でてやる。人間よりも高い体温、チクチクと指先を刺激する硬い毛、皮膚の下で脈打つ血潮の流れ―ただ体表に手を当てただけでも、既にこれだけの情報量がある。
これこそが現実。そうでなければ何なのだ、と、もはや感動すら覚えるほどだ。耳の裏をコリコリと掻いてやると、ミカヅキは気持ちよさそうに目を細めた。
(しかし、何でこんなことになったんだか)
再び、水筒で口を湿らせながら、ケイは考える。
(たしか―ここに来る前は)
海辺の町”キテネ”で、朱塗の弓を受け取ったのだ。そして、
(追剥に襲われて、撃退して)
そのあと―。
(そのあと……どうしたんだっけか)
思い出せない。
アイリーン
ん?
俺たち、ここに来る前って、何してたんだっけか。“キテネ”から戻ってくる途中、追剥に襲われて、それを返り討ちにしたのまでは憶えてるんだが……
……そういえばそうだな。なんで忘れてるんだ
あごに手を当てて、アイリーンが考え込む。
……追剥を倒して……それからちょっと進んで……“ウルヴァーンヴァレー”に……
そのとき同時に、二人ともが思い出した。
霧だ!
何故忘れていたのか。
そう、ウルヴァーンヴァレーに謎の霧が立ち込めていたのだ。
そして霧の中に揃って突入して―。
それから―
…………
それから―。
……くそっ、思い出せない