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得物はそれぞれ槍と棍、両者ともに長柄の武器だ。

アンドレイを左右から挟み込むように、騎馬で全力の突進をかける。

対するアンドレイは、右手にサーベルを構え、左手で黒塗りのダガーを引き抜いた。

おらアァァァッッッ!!

死ねええぇぇぇッッ!!

武器を振り上げた騎乗の追剥が、左右から迫る。

一見すると絶体絶命の状況だったが、当のアンドレイは落ち着いたものだった。

彼は知っていた。

自分が一人でないことを。

カァン! と、乾竹を割ったような快音が、蒼天に響き渡る。

何だ?

追剥の一人、槍を構えていたもじゃ髭の男が、怪訝な顔で首を巡らせた。

風切音。

次の瞬間、ドチュンと湿った音を立てて、もじゃ髭の頭部が吹き飛んだ。

その首の付け根から、噴水のように血しぶき(エフェクト)が噴き上がる。確かめるまでもなく『即死』判定。『肉塊』と化し、だらりと力を失った首無しの体が、ゆっくりと傾いて馬上から転がり落ちた。

動体視力に優れた者ならば、知覚できたはずだ。

遥か後方より飛来した矢が、追剥の首に突き刺さり、それを千切り飛ばしたことを。

何だと!?

棍棒を振り上げ、今にもアンドレイに突撃しようとしていた追剥は、突然の相方の死に思わず馬の足を止める。

何が起きた。見やる。後方。

マントをはためかせ、ひとり駆ける騎兵の姿。

アンドレイと共に逃げていた、残りの一騎。

精緻な装飾の革鎧に身を固め、頭部には羽根飾りのついた革の兜、口元を布で覆っているために顔はよく見えず、かろうじて分かるのは、それが黒い瞳を持つ青年であるということのみ。

武装として、腰にひと振りのサーベルを佩いていたが、ひと際目を引くのは、左手に構える朱色の弓だ。

騎乗で扱うには少し大き目の、異様な存在感を放つ複合弓。

草原の緑に、鮮やかな朱色がよく映える。

優美な曲線を描く弧―それは、陽光を浴び妖しく煌めいていた。

―殺せッ!

しばし呆然としていた追剥たちだったが、すぐに我に返り怒りの声を上げる。

が、黒目の青年は、既に新たな矢をつがえていた。駆け足に揺れる馬上、一息に弦を引き絞り、放つ。

カァン! と快音再び、一筋の銀光と化した矢が、唸りを上げて追剥に襲い掛かった。

腹の底に響くような、肉を打つ重低音。

アンドレイと相対していた棍棒使いが、弾かれたように馬上から吹き飛ばされる。

その左胸に突き立つは、白羽の矢。

的確に心の臓を捉えた、致命の一撃(クリティカルヒット)。

どさり、と地に落ちた棍棒使いは、己の革鎧をいとも容易く突き破った矢に、ただただ呆然と視線を落とす。

No shit(ウソだろ)…!

小さく呟いたのを最後に生命力(HP)が底を尽き、追剥はただの『肉塊』と化した。

野郎ッ、なんて腕だ!

腕だけじゃねえ、あの弓もヤバい!

OK, 俺に任せなッ!!

浮足立つ追剥の中、板金仕込みの革鎧で武装した比較的重装備の男が、木製の円形盾を掲げながら勢いよく飛び出した。

カモォォン、ファッキンアーチャ―ッ!!

挑発的な雄叫びをあげながら、比較的重装備男が突撃する。

ガンガンとメイスで円形盾を叩き鳴らす姿は、まるで ここに射掛けてみろ とでも言わんばかりだ。

……

対する黒目の青年は、少しだけ目を細め、きりきりと弦を引き絞る。

快音。

凄まじい勢いで撃ち出された銀光が、馬鹿正直に、真正面から盾持ちの追剥へと迫る。

ろくに視認すら出来ぬ矢の速さ、しかし、真正面であればこそ見切るのは容易い。

にやりと好戦的な笑みを浮かべた追剥は、あらかじめ身構えていたこともあり、余裕を持って盾で受ける。

が。

破砕。

一撃で盾の表面を叩き割った矢は、そのまま裏側の持ち手を貫通し、勢いを減じることなく直進。

追剥の革鎧に仕込まれた板金を、紙きれのようにブチ抜いた。

Oh……ッ!

矢の威力に自身の突進の力が合わさり、盾持ちの男はビリヤードの玉のように勢いよく吹き飛ばされる

血しぶき(エフェクト)をきらきらと撒き散らしながら、放物線を描いて宙を舞い、地面に叩きつけられた。

ぴくりとも動かない。無論、『即死』だった。

主を失ってもなお、歩みを止めなかった騎馬が、パカパカと足音を響かせながら、黒目の青年のそばを駆け足で通り過ぎていく。

……ジェームズがやられたーッ!

ヤバい、あのアーチャーはヤバい!

もうダメだ、逃げろーッ!

底知れぬ弓の威力、そしてその化け物じみた使い手を前に、完全に戦意を喪失した追剥たちは馬首を巡らせて一目散に逃走し始める。

対する黒目の弓使いも馬を走らせ、緩やかに迫撃を開始した。

弓の狙いを逸らすため、必死でジグザグに走りランダムな機動を取る追剥たち。

だが、その努力はすべて無駄に終わった。

快音が再び鳴り響くこと、二度、三度。

銀光が閃き、そのたびに追剥が馬上から叩き落とされていく。

あっという間に三騎が射殺された追剥たちだったが、最後の一騎は運が良かった。

矢の直撃を受けるも、肩に刺さったおかげで辛うじて即死は免れたのだ。

矢傷を負った追剥はそのまま馬を走らせ、丘陵の向こう側へと姿を消していった。

……

深追いはせずに、小高い丘の上で青年は馬の足を止める。

弓に矢をつがえたまま、頭を巡らせて周囲に視線をやった。

東には、地平線の果てまで続く、緑の丘陵地帯。

時たまぶわりと風が押し寄せて、さわさわと葉擦れの音を運んでくる。

西には、うっすらと霞んで見える雄大な山脈と、そのふもとに広がる森林。

森の手前、肩に矢が刺さったまま、必死で逃げる追剥の姿が小さく見えた。

鷹並みの視力を誇る、青年の視界の中、西へ西へと駆ける追剥の後ろ姿が小さくなっていく。

警戒を続けること、数十秒。

伏兵や新手の存在はないと判断し、青年はアンドレイの元へと戻っていった。

…………

矢が尻に刺さって痛そうにしている、褐色の馬のそば。

アンドレイは、がっくりと地に膝をつき、項垂れていた。

……大丈夫か?

訛りのない流暢な英語。矢を矢筒にしまい、弓を膝の上に置いた青年が、馬上から声をかける。

大丈夫じゃねえ!!

黒目の青年の言葉に、キッと顔を上げたアンドレイが悲痛な叫びで答える。こちらも英語で、Rの発音にはきついロシア語訛りが入っていた。

見ろ! これを! 酷い有り様だ!

アンドレイは勢いよく立ちあがり、芝居がかかった仕草で、周囲に散らばった大量の瓶を示して見せる。

柔らかな草原の地に転がるそれらは、しかし、放り出された衝撃からか、ほとんどが割れていた。無事な物はほとんど見受けられず、中に詰まっていた青色の液体も多くが流れ出てしまっている。