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本日はお招きに預かり光栄至極、狩人のケイイチ=ノガワ、参上仕りました―

めっちゃ手の込んだ絨毯敷いてるなー、などと考えながら、棒読み気味に名乗る。

……面を上げよ

厳かな声が響き、ケイは素直に顔を上げた。

そして今度こそ、目の玉が飛び出そうなくらい驚く羽目になった。

眼前に腰掛ける、公国の宰相閣下とやら。丸顔に団子鼻、どこか愛嬌のある目元。顔に見覚えがあるとかないとか、そういう次元ではなかった。

初めて出会ったのは公都の図書館で、銀色のキノコヘアーだった。

次に出会ったときは、つややかでサラサラな茶色のロングヘアーだった。

だが今回は。

もう最初から。

ツルッとした頭を、丸出しにされておられる。

『ヴァルグレン=クレムラート』―その人物は、そう名乗っていたはずだった。

公都図書館が誇る”大百科事典(エンサイクロペディア)“の著名な編集者の一人であり、希少な癒やしの力を持つ”白光の妖精”と契約する魔術師であり、夜中に開閉できないはずの公都の第1城壁の門を出入りできる『お偉いさん』であり―

いやでも、まさか、公国宰相とは―

公国宰相、ヴァルター=べルクマン=シュムデーラー伯である

威厳に満ちた表情で、ヴァルグレン―いや、ヴァルターは告げる。

ケイチ=ノガワ。此度の参上、大儀であった

そしてその威厳を崩すことなく、パチンとウィンクした。

あまりにも久々なので念のため補足しますと、 幕間. Urvan 35. 助言 62. 星見 に出てきた人です。

今回は装いも新たに登場でした。

105. 宰相

前回のあらすじ

(`・ω・) ……。

(`ゝω・)

↑公国宰相ヴァルター=べルクマン=シュムデーラー伯

くれぐれも、失礼のないように……!

今一度、押し殺した声が背後から響いてきて、ケイはハッと我に返った。

まじまじとヴァルグレン―もとい、宰相ヴァルターの顔を凝視していたところ、慌てて視線を逸らす。

―そしてこの声、思い出したぞ。

背後に控えている、重装備の騎士。ヴァルグレン氏のお付きの、堅物な騎士っぽいやつだ。騎士っぽいというか実際に騎士のようだが、確かカジトールだかカモミールだか、そんな名前だったはず。

直答を許す。我が盟友ヴァルグレンより、そなたの話は聞いておる

厳かな声で、ヴァルターは告げる。

我が盟友。つまり 別人だから、そこんとこよろしくね というわけだ。この場においてヴァルターは公国の重鎮。いかに図書館や天体観測などで親しくさせてもらっていたケイでも、馴れ馴れしく振る舞うことは許されない―

ははーっ!

どう答えていいかわからなかったので、さらに一礼するケイ。

聞けば、そなたの妻は身重だそうだな。大事な時期に家をあけるのは辛かろう

そこまで知られている、という事実に、ケイはおののいた。これがヴァルグレン氏なら、 よくご存知で! とびっくりするくらいで済んだろうが、宰相にまで近況を把握されているとなると、酷く落ち着かない気分になる。

(第一『辛い』も何も、お上(あんたら)の都合で家をあける羽目になったんだが)

そう思いながら、チラッとヴァルターの顔色を窺うと、相変わらず厳(いかめ)しい顔だったが、その瞳にはちょっとだけ申し訳無さそうな色もあった。

……はっ。赤子のため、大好きな酒を断って苦しんでいるようです

相槌を打つだけでは芸がないので、少しだけ言及しておく。ヴァルターが、真面目な表情はそのままに、 んフッ と小さく笑った。

オホン

背後でわざとらしく、騎士が咳払い。(やれやれ、おちおち世間話もできんな)とばかりに、口をすぼめるヴァルター。

……さて、此度そなたに来てもらったのは、他でもない。狩猟に関してだ

どうやら本題に入るらしい。椅子に座り直すヴァルター。

(狩猟? やはり何かまずかったか……?)

隊から離れて、積極的に夕飯の献立を豊かにしに行っていることだ。一応、時間内に戻ってくる分には、そして成果を上げる分には、許可されているはずだが。

というより、なぜ一般狩人に過ぎない自分の動向が、こんな上層部にまで把握されているのか……。

そなたほどの狩人であれば知っておるやもしれぬが、このあたりから辺境ガロンにかけての地域は、猛禽類が非常に多い

突然始まる鳥類の話に、ケイは面食らった。

だが―内容については理解できる。あくまでゲームとしての DEMONDAL での話だが、このあたりのエリアは大型猛禽類の宝庫として知られており、ケイのような弓使いのプレイヤーには人気の狩猟スポットでもあった。

『こちら』に転移して以来、専ら食用のウサギや鳥を狩るばかりで、猛禽類はスルーしていたケイだが、ゲーム内では全鳥類の羽根をコンプリートすべく、目を皿のようにして猛禽類を探し、超レアなアルビノなんかを見つけた日にはテンション爆上がりしていたものだ。

そして、公都ウルヴァーンと我らが飛竜討伐軍の間では、伝書鴉(ホーミングクロウ)によって定期的に連絡が取られている……

少々もったいぶった口調で、ヴァルターは続ける。

話がちょっと見えてきた。

無論、複数の伝書鴉を運用することで、不測の事態には備えてはあるが……此度の栄えある飛竜狩りで、まかり間違って公子殿下のお心を煩わせることは許されぬ。故に我ら臣下は、ありとあらゆる可能性を想定し、万全を期さねばならないのだ

そこで、そなただ―と身を乗り出すヴァルター。

この飛竜討伐軍において、そなたを”Archducal Huntsman”に任命する

アークデューカルハンツマン……!?

オウム返しにするケイ。

意味がわからない。

ヴァルターの言動が意味不明、というわけではなく、単純に、単語の意味がわからない……!!

おおいに焦るケイをよそに、背後の騎士がつかつかと歩み寄ってきて、何やら書類じみたものを差し出してきた。

羊皮紙に長々と文言が書き込まれており、大きめの身分証のようにも見える。文末には、おそらくヴァルターのものと思しき署名。

辞令だ。身分証も兼ねているので、紛失しないように

つっけんどんな口調で、ケイの手に書類を押し付けてくる重装騎士。

現時点をもって、そなたは原隊を離れ、飛竜討伐軍の行動範囲内において、そなたの裁量で行動する権限を得た。そなたの任務は、付近一帯の伝書鴉の障害となりうるものを排除し、通信の安全性をより高めることである

ここで、おどけたようにヴァルターが口の端に笑みを浮かべる。

そなたほどの狩人であれば、猛禽と伝書鴉を見間違えることもあるまい?