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これで、あれだけの傷を……?

いや? もちろん違う。あのとき使ったのは魔法薬(ポーション)さ

……ポーション

単語を反芻しながら、ランダールはどのような表情をするべきか、迷っているようにも見えた。

ポーションを口移しで飲ませたんだよ。もっとも、あのときの戦闘と、ピョートルの治療で使い果たしてしまったけどな

その軟膏は余り物で作ったやつさ、と。

俺とアイリーンは、昔 深淵(アビス) に潜ったことがあってな。本当に運良く、材料が揃ってたんだ

そんなに貴重なものを、よく他人のために使ったな……

迷ったさ。でもピョートルは見捨てられなかったし、後悔はしてないよ

ケイは清々しい顔で言い切る。……とはいえ、ハイポーションの瓶は、本当に僅かながらまだ残してあるのだが。

漢だなあ。……しかし、今回みたいな飛竜狩りに連れ出されるくらいなら、余らせといた方が良かったんじゃないか?

声を潜めて、冗談めかして尋ねてくるが、まだケイに手持ちがあるのか言外に探ってきているようでもあった。

それを予測していたケイは、困ったような顔で肩をすくめて答える。

たとえ温存しておいても、飛竜相手には役に立つとは思えないな。アレは怪我一つなく生き延びるか、黒焦げにされるか、八つ裂きにされるかの、どれかだよ

それもそうだ。……ま、ケイみたいな強弓の使い手がいてくれるってだけでも、俺みたいな商(・)人(・)は心強いよ

どこか白々しく、ランダールは笑って言った。

……若手の腕利き薬商人が、支援してくれているのは俺としても心強いよ

ケイも白々しくそれに応じる。

ところで、商(・)売(・)は(・)順(・)調(・)なのか

まあ、ぼちぼちだな。俺も今は、さ(・)る(・)商(・)会(・)に(・)属(・)し(・)て(・)る(・)からよ、独りで切り盛りしなくて済むってのは、まあ気楽っちゃ気楽な話だ

ああ、独立じゃなくなったのか……北の大地じゃ商品の薬を配りまくってて散々だったみたいだが、ランダールが破産したんじゃないかって心配してたんだ

おうおう、聞いてくれよ。ホントに酷い目にあってよぉ……あのあとも何だかんだと理由をつけられて、ほとんど薬を取られちまってさ、目的地のベルヤンスクに着く頃にはもう香水しか―

その後も、あくまで一介の商人としての苦労話を、ランダールはあれこれと聞かせてきた。

ケイも興味深く聞いていたが、アイリーンに連絡したい気持ちがじわじわと高まってきたので、ランダールにぐいぐいと酒を飲ませて、空になったタイミングで 疲れたから休みたい という理由で、お開きにした。

ありがとうよ。美味い酒を独り占めにさせてもらって

なあに、久々に話せて楽しかったさ

強い蒸留酒を呑みきって、ランダールも流石に赤ら顔だった。少しばかりふらふらした足取りで、ケイに別れを告げる。

ふと。

月光の下、足を止めて、振り返ったランダールは。

そんなわけで、俺にも今は頼りになる仲間がいるからよ。ケイも何かあったら話してくれや、助けになれるかもしれねえ

お、おう……覚えておくよ、ありがとう

あんまり関わり合いになりたくはないなぁ、と思いながらもケイは笑顔で答えた。

まぁ、また何かあったら話に来るわ……それじゃあな

ひらひらと手を振りながら、ランダールは闇夜に消えていった―

(また何かあったら話に来るのか……)

ケイは微妙に渋い顔で、その背中を見送る。

暗闇に紛れたと判断したのか、先ほどの千鳥足はどこへやら、機敏な動きで足音もなく去っていく背中を―

月明かりに篝火の光まであれば、この程度の暗闇はケイの前では意味を成さないのだが、ランダールは知る由もないことだ。

(面倒なヤツに目をつけられてしまった)

強引に呼び止めたのはケイなので、自業自得といえば、それまでだ。

ボリボリと頭をかいたケイは、何はさておき愛しのアイリーンに連絡を取るため、そのままモゾモゾとテントに潜り込むのだった―