「てい!」
俺はもう一度手に持った武器に力を込めて振った。
殴り合いの結果550ダメージ。獲得エネルギー量は300だった。
見事にマイナスだ。
自分で自分に言い訳するなら、船の上では足が引っ張られる。
地上だったら、もっと上手くやれたと思う。
ともあれ俺は周囲にあの鳥がいない事を確認して釣竿を取り出す。
餌は事前に買ってある。
今回はなんと小海老だ。
ミミズより上位の餌で、一個単価で結構高い。
船購入記念といった所か。
優越感に浸りながら、糸を海に垂らす。
いつも通り集中の先を竿の先端に向けてひたすら待つ。
――タイを獲得。
おお! ついにタイだ。
初めてスズキを釣った時も感動したが、引きが結構重かった。
これもフィッシングマスタリーⅢのおかげだな。
直に餌を付け直し、釣りを再開する。
ぐいっと強い引きがやってくる。
巨大ニシンと比べると何段階も劣るが、今は慣れない船上。こっちは逆に力が入らない。
しかし負ける訳にはいかないと今までの基本を忠実に力を込める。
――クロマグロを獲得。
「よっしゃ! ついにマグロだ」
これは船を買った甲斐があったな。
高鳴るテンションを胸にマグロをアイテム欄に入れようと近づける。
うわっ! 一瞬船が沈みそうになった。
直にアイテム欄に被せて無理矢理押し込む。
そんな感じで俺は充実感にも似た感動を抱きながら、もう一度糸を垂らしたのだった。
†
あれから一週間経った。
俺は当初の目的をすっかり忘れ、釣りに勤しんだ。
いや……海釣り、思ったより楽しくて。
時に陸地が見えなくなるまで進み、モンスターに囲まれ命からがら脱出したり、アクアホエールというシャチっぽいモンスターに殺され掛けたり、ブルーシャークという名のモンスターに船を破壊されかけたり、ブレイブバードという大型鳥モンスターに追われながらも釣りを続けた。
最終的には最初のクロマグロが釣れる場所が一番安全だという事実が判明したというのがアレだが……ともあれ、舵スキルと船上戦闘スキルが項目に増えた。
どちらも船で行動する事で重要となってくるスキルだ。
舵スキルは船をコントロールする効果があって、オールでも効果がある。
船上戦闘スキルは答えるまでもなく、船の上で発生するマイナス補正を解消する。効果を見る限り、ランクアップを繰り返せば船の上で追加補正も付くらしい。
「だけど、もっと向こうに行きたいな……」
アルトの話では、もうそろそろ第三都市への道が見付かってボスとの戦闘になるんじゃないか、と噂されているらしい。
その話を聞くと、俺何やっているんだろう……とか若干自問自答したくなるが、俺は海を見て思う。
――この海の先に何があるのか見てみたい。
絶対何かある。でなきゃ、こんなに海にモンスターがいる訳がない。
だが、能力的にまだ無理だ。
下手に無理してエネルギーを失うのは一番ダメだし、シャチやサメは俺より強い。
今は堅実にエネルギーとマナを稼いで強くなるのが先決だろう。
一応は元素変換を使ってマグロやタイからエネルギーを増やしてはいるのだが、やはり時給換算にして、どんなに多く見積もっても1000が限界。
もっと漁生活をしていたいが、俺は更なるステップアップの為、陸での戦いを決意したのだった。
どうでも良い補足だが、マグロとタイのアイテムがかなり良い値で売れた。
グラススピリット
――ラファニア草原。
二週間遅い気もするが、俺は第一都市ルロロナの門をくぐった。
そこには蛇の様に長い道と草原が広がっている。
レベル上げを始めるには遅過ぎるのだろう。人の影は無い。
ともあれ俺は一番攻撃力の高い勇魚ノ太刀を背負って歩き出す。
しばらく歩いていると前方にコモンウルフという犬型モンスターを発見した。
俺は背負っている太刀の柄を力いっぱい握ってジャンプ切りをかます。
ズバンッ!
爽快感のある音と共にコモンウルフが真っ二つになって消えた。
「は?」
それにしても一撃で倒してしまうとは、この武器はどれだけ威力があるんだ。
しょうがないので太刀を仕舞って、鉄ノ牛刀を取り出す。
鉄ノ牛刀は刃渡りの大きい包丁といった作りで、威力は高そうだ。
太刀と比べても軽いので索敵も快適になった。
「もう一匹あそこにいるな」
最初のフィールドだけあって、モンスターから攻撃は仕掛けてこない。いわゆる練習用モンスターといった所だな。
「ふん!」
牛刀をコモンウルフに振るう。
さすがに一撃とはならず、コモンウルフのHPバーが四分の三も削れる。しかし喜びも束の間コモンウルフが好戦的な声を上げながら飛び掛ってきた。
「うわっ!」
まだ戦闘に慣れていないというのもあるが、俺は今までVRゲームをまともにプレイした事が無い。子犬とほとんど変わらない大きさだが飛び掛ってきて少し腰が引けた。
「くっ!」
5のダメージが入り、エネルギーが5減少する。確かにこれはエネルギーを稼ぎ辛い。スピリットが弱い種族だと言われるのも納得が行く。
これ以上エネルギーが減らされるのはごめんだ。
もう一度、今度は突き刺す様にコモンウルフに突進した。
すると見事命中し、コモンウルフは地面に倒れ伏せた。
「ふぅ……武器が優秀で助かったな」
初心者用ではこうは行くまい。
更に俺はエネルギーが少なからず多めに持っている。
そういう面も含めて簡単に倒せたに違いない。
「さて……試してみるか」
先程の真っ二つになったコモンウルフと違い、こちらは死体が残っている。
俺は鉄ノ牛刀をコモンウルフに向ける。
魚と違い犬を捌くのは気が引けたが、一応このゲームは全年齢で作られている。過剰な表現は起こらず荒い毛皮、獣の骨、コモンウルフの肉になった。
やはりそうだ。しっかりと解体すればちゃんとアイテムが手に入る。
おそらくこれは解体武器限定の効果だろうが、どうして誰も気が付かないんだ。
普通に誰か気付いてもおかしくないと思うんだが。