「そう」
相変わらず口癖を呟くしぇりるを横目に考える。
四人で700エネルギー。
パーティー補正も入っているが、正直相当美味い。
無論、現状では数を狩るのは不可能なのも事実だが、それでも常闇ノ森よりエネルギー効率は良い方だ。要するに一匹一匹の獲得量が大きいという事か。
「海、経験値的にどうだろう」
元前線組で美味しい狩り場に詳しい硝子に訊ねる。
もっと効率の良い場所はきっと沢山あるだろうが、ブレイブバードは海のモンスター群の中でも弱い方だ。中々評価も良いんじゃないか?
「……考えていたよりも多いです。私が前線にいた頃戦っていた化け物さんと同等なのではないでしょうか」
「そりゃ良かった。船作りだの、戦闘方法だの、あれだけ苦労して不味かったらどうしようもないからな」
「ですが、ここはまだ海の中では始まりなのですよね? 一体この先はどうなっているんですか? 正直、これで弱い方と言われると疑問しか浮かびません」
硝子の言い分も頷ける。
さっき硝子は前線にいた頃と同等と言った。
つまる所、ブレイブバード程度の経験値が前線の獲得量という事になる。
無論、殲滅力などの差は当然あるが、少なくとも俺はブレイブバードよりも強い敵を何匹も知っている。
だが、そこから出てくる答えは不安ではなく……。
「だから、気になるんだろう?」
「……そうですね。あの先に何があるのか全くの未知数ですもんね」
それは期待。
冒険心と例えても良いかもしれない。
解らないから行って見たいという凄く単純な欲求。
俺としぇりるに限らず、硝子にもこの気持ちが理解してもらえるなら嬉しい。
あの水平線の向こうに何があるのかわからない。
だからこそ、行って見たいと思った。
「まあでも今は海に落ちたアレを拾って俺達の金になってもらわないとな」
今はまだ、その時ではない。
俺はしぇりるに解体武器の事情を話した。
同じ狩り場で戦っている者が誰もいないのだから隠す必要も無い。
こんな感じで俺達は船上戦闘スキルが出現する12時間もの間戦い続けた。
そして。
俺達はまだ知らない。
災いが刻一刻と近付いている事に……。
ディメンションウェーブ-始動-
ソレが起こったのは俺達が海で生活を始めてから一週間程経った頃だった。
硝子も闇影も船上戦闘スキルを習得して、遠くへ来られる様になった頃……。
「大分沖まで来れる様になってきたな。そろそろもっと先に行ってもいいんじゃないか?」
「そうですね。近頃は陸地よりも船の方が動き易く――」
言葉を途中で止め、硝子は直前までの柔らかだった表情を変えた。
そして海、第一都市の方向に振り返る。
釣られて何かあるのかと俺もそちらを向くが、これといった変化はない。
「どうしたんだ?」
「いえ、風が前からも後ろからも来るので少々気になって」
「確かに、変……」
しぇりるは船の帆を指差して言った。
確かに帆が変な動きを繰り返している。
「どうしたでござるか?」
船の先頭で警戒をしていた闇影が疑問を浮かべている俺達へ近付いて来る。
俺は硝子としぇりるの話を伝えようと言葉を紡ぐ……よりも前に事態は動いた。
「これは……行けません! 絆さん!」
突然硝子が俺を抱きかかえて手短にあった帆に繋がるロープを強く掴んだ。
どうしたんだ? そう訊ねようとした直後。
――ギギギッ!
何かを押し開くかの様な、不快な音。
単純に耳にクル音だ。
痛み、と例えてもいいかもしれない。
近い音というと黒板などを爪などで引っ掻いた音だろうか。
その音を何十倍にも不快にした。そんな音だった。
そして……。
――バリンッ!
鼓膜を破るかの如く、ガラスを地面に落とした音。
方向は硝子が指摘した風がした場所、第一都市の方角。
「なっ!?」
瞳に映った光景。
現実では決して起こらないであろう空間その物にヒビが入った様な黒い線。
直後。
爆発と例えて差し支えない突風がヒビの方向から発生した。
「くぅっ!」
硝子から苦痛に似た声が響く。
それもそのはずだ。爆風が船に直撃したからだ。
船の帆が強く靡く……いや、船その物が浮いている。
それ位凄い風だ。
テレビで竜巻の映像を見た事があるが、それに匹敵するかもしれない。
水飛沫が舞い、辺りは直前までの平和な海を地獄に変えている。
「闇か――」
闇影、そしてしぇりるが爆風に飛ばされていく。
声は暴風で聞き取れなかった。ゲームの仕様上死にこそしないだろうが、人が風に飛ばされていく……トラウマになりそうだ。
――
――――
―――――――
どれ位経っただろうか。
一分か、あるいは数十分か。
時間の感覚が曖昧になり、暴風が収まったのは、それ位経ってからだった。
「……絆さん。大丈夫……ですか?」
「あ……ああ」
硝子の声を聞いてやっと風が止んだ事を実感したのだから相当だろう。
辺りを眺めると俺達は船の上にいた。
帆船その物に被害はないが、海は木材などが浮かんでいる。
これがゲームだという前提が無ければ第一都市から飛んできた、と考える所だ。しかしこれはゲーム。おそらくそういう演出だと思われる。
「ダメージはありませんか?」
ダメージ?
俺は直にステータス画面を表示させて自身の状態を確認する。
幸いどこも異常はない。
暴風が起こる前と何等変わらない状態が映っていた。
いや、そもそもダメージはないか、という質問はおかしい。
まるで自分にはあったかの様な言葉だ。
「硝子にはあるのか!?」
「いえ、500程受けただけで、それ程大きい物ではありません」
「それは良かった。いや良くはないか」
「あれだけの事があったんですから、500で済んだのは不幸中の幸いと言えるでしょう」
「……そうだな」
安堵の息を吐く。
これが千だの万だの言われたら大変だった。
「しかし、今のはなんだ」
「絆さん空を見てください」
「空……?」
見上げると赤。赤い色が瞳に映し出される。