遠藤も不承不承納得してないな
いいか、雪乃にちょっかい出すなよ
と、オレに言う
何言ってるのよ、ケンジ
いいんだよ、きっちり言っておかないと、こいつが変な気起こすかもしれないだろ
吉田くんは、クラスメイトよそんなわけないでしょねえ
えー、クラスメイトですが、さっきまでずっと変な気起こしっぱなしでした
とにかくゴミ捨てたらとっとと帰れよいいなッ
遠藤はオレの胸をドンと突いて、運動部の部室棟へ戻って行った
嫌なヤツ本当に嫌な野郎だ
再び、オレたちはゴミ捨て場へやっぱり白坂さんとの間に会話はない
無言でゴミ捨て場の角に、ゴミ袋をバサリバサリと放り込んで
ありがとう、吉田くん、助かったわ
汚れた手を、ぱんぱんとハタきながら、白坂さんが言った
いや、オレは、べ、べ、べ、別に
ううん、助かった吉田くんていい人ね
そ、そんなことは
それから
白坂さんはちょっと俯いて、
さっきはあの人が変に絡んじゃってごめんねあの人も悪気があってしたわけじゃないのよ許してあげて
白坂さんがぺこりと頭を下げるあの遠藤のために、白坂さんが
い、いいから、いいから、あ、頭を上げて、し、白坂さんっそ、そんなの気にしてないから、オレ
じゃ許してくれるの吉田くん、やっぱりホントにいい人だわっ
白坂さんがオレに微笑む
その顔は、やっぱり笑顔で、その顔は、華が咲いたみたいに綺麗で、その顔は、やっぱり最高に最高に可愛くて
だからオレ
つい白坂さんに尋ねてしまったんだ
し、白坂さんあ、あのさ、え、遠藤と付き合っているって本当
そしたら、白坂さんは最高の微笑みのまま
あ、吉田くん、知ってたんだぁそうなの、付き合っているの、あたしたち
心臓が止まるかと思った
青空がやけに澄んで広々と見える
そ、それってこ、今週の月曜から
そうよ、今週の月曜からやだ、何で知ってるの
えあいや、あの、噂で聞いて
えー、あたし誰にも話してないわよあーっ、ケンジって意外とお喋りなんだなぁんだ、みんな知ってるんだぁあたし一生懸命内緒にしてて損しちゃった
白坂さん、笑ってる白坂さん、笑っている
その笑顔が、オレを絶望の淵に沈めていく
地獄で仏とは言うけれどオレは今、極楽で孤独死してしまいそうだ
ココロにトドメを刺されたそんな感じがした
だけど彼女の微笑みは本当に幸せそうで
オレはそんな彼女の微笑みが
エッチ場面に突入するのは、もうちっと先になります
個人的には大分この女、犯したるという感じになってきました
3.悪魔が見ていた
オレは再び、屋上へと向かうふぅ
学生服が乾くのを待ったら、夕方になってしまうだろう
さっきまで白坂さんと二人でいた屋上
楽しかった記憶
今は、何もかも空しい
四月の末だけど、何か薄ら寒く感じた
これが失恋の痛手かというか、これは失恋なんだろうか
いいやオレは、失恋という段階に行く前に、すでに負けてしまったような気がする
そう、ただ何かに負けたそういう感じだけが、体に残っている
こんなことなら、遠藤より先に白坂さんに告白しておけなんてことは思わない
先に告白したって、どうせ結果は同じだ
白坂さんがオレみたいなオトコを好きになるわけがないそれは間違いない
オレは、正直なところ、ずっと白坂さんが誰のものにもならないで、そこにいてさえくれれば良かったオレは、ただ白坂さんを見ることができればそれでよかった
なのに白坂さんはあの遠藤みたいな野郎のものになると言う
あんまりだあんまりだサイテェだチクショウ
君、面白いわね
突然声がした
声の方に振り向く
今まで、全然人の気配なんてしなかったのに
そこに立っていたのは若い女の先生だった
年齢は二十五、六歳ロングの黒髪に黒縁の眼鏡エンジ色のスーツを着ている
美人だけど、冷たい印象がある
すっげぇ背が高い180センチ近いんじゃないだろうか
だけど、痩せていて、あんまり陽に当たらないのか、とても白い肌をしている
確かええっと
私は弓槻御名穂《ゆづきみなほ》、英語を教えているわ
そうだ確か、二年の担任じゃなかったっけ
ああああの、お、オレに何か
ええあたしね、あなたみたいな子にとっても興味があるの
女教師はクククと笑った
おオレですか
そうよ、あなた自分に自信が無くて、ひねてて、歪んでいてだけど、自分のオチンチンの欲求には逆らえない卑怯で情けない男の子が
おっオレは
なあに違うっていうの自分はもっとマトモな男だとでも言い張る気
いいえ
そうだ
この先生の言う通りだ
オレは卑怯な男だ今日だって、白坂さんの身体を散々視姦した妄想した下着姿を盗撮した髪の匂いを盗み嗅いだ
オレは彼女に強い欲求を感じている
だけどオレは、彼女を諦めるしかない
彼女が遠藤と付き合うのを遠藤にヤられてしまうのを、黙って見ているしかない
オレは弱い人間だ
ねえあなたは、将来何になりたいと思っている
別に、特には
そうだオレには特に夢なんかありはしない
あたしはあなたと同じ年頃には、ずっと悪魔になりたいって思っていたわ
女教師は、突然、そんなことを言い出した
あ悪魔ですか
そうよ、悪魔あたしねこの高校の卒業生なの
先生がゆっくりと、オレに近づいてくる
先生がそそうなんですか
ええ、そうなの高校時代、あたしはずっと悪魔になりたかった悪魔になって、この学校の人間を一人残らず不幸に堕としてやりたかった
先生の手がオレの肩に触れる
ねえあなた、あなたは彼女をどうするつもり
か彼女って、誰のことですか
先生の顔が妖艶に微笑む
あら、あたし知っているのよあなたの心は何もかも
背筋に悪寒を感じた
ああこの人に心臓を掴まれているようなギリギリとした気分がする
な何のことです
冷たい手がオレの頬をするりと撫で上げる
もし、あなたが彼女の肉体を欲するのなら、あたしが手に入れてあげるわもちろん、彼女の心は手に入らないだけど、身体だけはあなたのものにすることができる
な何を言っているんです先生
誰も幸せにはなれないわあなたも、彼女も、彼女の恋人も、あなたの周りの人たち全部が不幸になるみんなみんな不幸の底に沈むのだけど全てを犠牲にして、あなたは彼女の肉体だけを手に入れることができるわ
言い様の無い緊迫感が、オレの身体を包み込んでいた
オレはとにかく、この状態から抜け出したかった
肉体だけ手に入れたって、仕方ないじゃないですか