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渚がニッと微笑む

私が、そんなに小さな男かね

肉親のこととなると、どんな人間でも執着してしまうものですよ特にそれが、愛しい孫娘のことだったら

みすずが大きく眼を見開く

お祖父様

渚はみすずに話し掛ける

香月様のお気持ちも、ちょっとは考えてみてねみすずはまだ、閣下のことにを一面的にしか見ていないわ

渚様、それはどういうことですか

あたしは色々な名家のご当主の方々とも、お付き合いがあったでしょうだから、よく知っているの二人きりになった時に、そういう方たちは、あたしだけに愚痴を零されるから

渚はかつて黒い森で一番人気のある娼婦だった

もちろん香月様の愚痴も、たくさん聞いたわよ

おい、君

閣下は慌てる

ご安心下さい別にあたしの口からは申しませんからでも、みすず、ちょっと想像してご覧なさい

渚が優しく、みすずの眼を見る

さっきあなた自分は子供の頃から、周囲の期待に応えるために良い子であることを演じ続けなくてはいけなくて、辛かったって言ってたわよね

そういう辛さはあなただけが、感じていると思う

いいえきっと瑠璃子さんも、同じお気持ちだと思います香月の本家の血筋の子供はみんな

みすずの言葉に瑠璃子さんは、小さく頷く

瑠璃子さんだけなのかしら

渚が、クスッと笑う

香月様もね今はこんな、ご立派なお顔をなさっているけれどやっぱり、ご幼少の頃があったのよ香月本家の嫡流の子供だった頃がね

ハッとするみすず

香月様がお若い頃は、今とは世相も違うしねあなたが体験したことよりも、もっと厳しい環境の中でご成長なさったんだと思うわよ

二人の孫娘が祖父を見る

私が幼い頃はまだ封建時代の古い因習がたくさん残っていたからね私は香月家当主の嫡男として生まれた私には2人の弟と、3人の妹がいたが私はいつも、父と一緒の座敷で二人だけで食事をした母や弟妹は、別の座敷で食事をしていたよ弟妹たちとは、ろくに会話をしたこともないね嫡男、跡取り息子というのは、その頃は特別な存在だったんだ

閣下は苦々しい表情で、話を続ける

親戚の集まる場でも私だけ父の隣の上座に座らせられる周りはみんな大人たちだ

私は大人たちの中で邪魔にならぬよう、常に静かにしていなくてはならなかったそれでいて、威厳のある堂々とした態度でいないといけない絶対に笑ってはいけない表情を見せてはいけない心の内を見透かされてはいけないよく、父にそう言われたよ隙を見せれば、香月の家を奪おうとするような輩がたくさんいるそういう悪人たちから、家を守るために当主は強くならねばならないとね

オレにはそういう人生はよく判らない

ただ閣下が孤独で寂しい少年時代を送ったということだけは、よく判った

古の昔より名家の当主の仕事は、変わらない家の内外の利害関係の調整だよ臣下たちを安堵させ、味方からは絶対の信頼を敵には、冷酷で手強い相手であると思い込ませないといけない何より、公正さが求められる公正で無い当主は、臣下によって打ち殺される彼らの期待にそぐわなかった当主は座敷牢に押し込められ、憤死しさせられる香月家の長い歴史の中には、そういう人物も何人もいる心身が弱かったり、自己中心的だったり、疎かすぎると臣下に判断された当主は、闇に抹殺されるそういうシステムがあるからこそ香月の家は、現代まで残ったのだ1000年もの長い時をね

京都の王朝貴族を祖として明治以降は、華族戦後の動乱期も生き延びた、日本有数の名家

香月家はそうして保たれてきたのか

臣下たちの求める公正さとはどんなものか判るか単に、働きの良い者には相応の褒美を与えるということだけではない敵対者、裏切り者には徹底的な罰を与えるそして眼の前に力の衰えた、弱った相手がいれば情け容赦無く、確実に屠るということだよ臣下たちは貪欲だだからこそ、当主は臣下以上の貪欲さを見せなければならない非情な貪欲さだよ当主のそういうアグレッシブな姿があればこそ臣下たちの貪欲さを満足させることができる

閣下という人間は香月家の当主であるために、そういう人格を演じているのか

いや、違う閣下の場合は

周囲から要求されているような人格の人間に閣下はならざるえなかったんだ

ある意味においては私は、何もかも自分の思い通りに勝手気ままに生きている何人もの人間の人生を良くも悪くも変えている世間や、臣下たちがそう思っているように

みすずも瑠璃子さんも真剣な顔で、祖父の話を聞いている

もちろん、オレたちも

関さんや、藤宮さんまで

しかし、別の意味においては私は何一つ、自分の好きにはさせて貰えない勝手きままに見えても私の行動の全ては、香月家当主としての公正さが規範となっている人々の人生を左右するのもあくまでも、家というものを生かし続けていくためだ臣下たちの求める公正さで、私は調整を続けているだけだ非情で無慈悲な、恐ろしい権力者の仮面を付けて

苦笑する閣下

いや私は楽しんでいるよこの人生をね香月家当主という生き様この孤独をね

閣下がみすずと見る

私がさっきの司馬の息子のように一族や部下の子供たちを教育と称して、集めているのも親たちは、自分の子供を私に人質として差し出しているつもりなんだよその代わりいずれ、全員、香月グループの要職に就けて貰えるものだと思っているとんでもない話だ私は正直あんな若造たちの面倒を見るために、大事な時間を取られるのは、たまらないと思っているよ

では、なぜあの方たちを集められているんです

仕方無いだろう香月家の未来のためだ

閣下は、答えた

瑠璃子の父親は私の後継者ということになっているが、強い性格ではないこのまま当主になったら、家は分裂してしまうだろう現在の香月家は、一族の分家や古くからの臣下のグループと、この30年で新しく臣下となった者たちの新興勢力つまり、司馬くんのグループに分かれている瑠璃子の父親では、両グループの対立を解消することはできまいむしろ両方のグループに利用されて、香月本家の権威が失墜するだけだろう

閣下は、香月の家の中の問題を簡潔に話した

だから私は引退できないし、強い当主であり続けなくてはならない私が教育するという名目で両グループの子供たちを集めているのはどんな形でもとにかく交流し合ってしまえば、対立軸は解消されていくということを知っているからだ息子たちのレベルでは、すでに守旧派閥も新興派閥もなくなっている気安く話のできる友人として親の世代の枠組みを超えているもちろん若造たちの最初の話題は、私にたいする恨み言だろうがねそんなことでも、交流のキッカケになればいい子供の世代の混交は、いずれ親たちに波及する私は、それを狙っているのだよ