瑠璃子さんと美子さんも普段、どっしりと構えている祖父の豹変に驚いている
あのあなたは、お祖父様の先生なのですか
瑠璃子さんが渚に尋ねた
そうですねえ昔香月様の様な政財界の重鎮の皆様の個人的な心理カウンセラーというか、セラピーみたいなことをしていたんです
セラピーですか
はい、全身を使って汗をかくセラピーです主にやっていたのは
それって、セックスだろ
渚は、黒い森での特権階級の老人たちとの売春行為を心理セラピーだと言い切った
ですから香月様の本当のお心を、あたしは直接聞かせていただいたのです
渚が閣下を見る
さあ自分で話しなさいシゲちゃん
閣下はうつむいて呟く
で、できないです先生
どうしてなの、シゲちゃん
話したら孫娘たちは、私を嫌いになります
お祖父様どんなことがあろうとも、みすずはお祖父様を嫌いになったりは致しませんっ
わたくしもですわお祖父様
瑠璃子さんも、みすずと一緒に祖父の顔を見つめる
しかし私は
逡巡する閣下
お祖父様みすずは、性的にはマゾです
みすずが、はっきりと祖父に告げる
はい、マゾなんですお祖父様には、お話し致します
お前何を言い出すんだ
オレもみすずの言葉に戸惑う
だが、みすずは真剣だった
あたしはマゾでアブノーマルなセックスをすることを好む女ですですけれど絶対に旦那様としか、セックス致しませんこの人は、あたしのどんな性癖もニッコリ微笑んで受け入れて下さいましたから
17歳の孫娘の告白祖父は驚いている
それが、みすずの秘密です家族以外の人間には、絶対に明かさない内緒の秘密ですあたしが秘密を打ち明けたのですからお祖父様も、あたしたちに秘密を打ち明けて下さい
閣下は、悩んでいる
わ、わたくしもマゾですっ
突然、大きな声をあげたのは美智
わたくしは、まだ未経験ですがみすず様に見ていただきながら、アブノーマルなセックスをしていただくのが夢ですっ
何か知らないがみすずの告白が、美智の心に火を付けてしまったらしい
顔を真っ赤にして確実に、興奮している
あ、あのみすずお姉様
逆に瑠璃子さんと美子さんは、きょとんとした顔をしている
セイ的にマゾというのは、どういう意味なのでしょうかアブノーマルなセックスというのは
性についての知識を一切与えられていない二人にはみすずと美智の告白の意味が全く判っていない
大丈夫よ、二人にも判るようにゆっくり説明してあげるから
渚が二人に微笑む
まあお手数をお掛けして申し訳ございません
瑠璃子さんが渚にペコリと頭を下げた
でもその前に香月様に20年前の出来事について、お話していただかないとね
20年前
閣下は黙って、うつむいている
お願いしますお祖父様
みすずの声に閣下は、顔を上げる
みすず、瑠璃子よく聞いてくれお前たちの父親たち以外に、私にはもう一人息子が居た
それは初耳でございますわお祖父様
驚くみすずと瑠璃子さん
無理も無いお前たちには、教えないように徹底したのだよ
閣下は孫娘たちを見る
瑠璃子の父親、重秋みすずの父親、重冬その上に、重春という長男が居たのだよ
その方が香月様の本当の跡取り息子だったのですわね
そうだ私は、長男の重春を香月家の後継者に、次男の重秋を政治家に、三男の重冬を国家官僚にするつもりだった
閣下は、苦しげに話す
重春は二人の弟とは、10歳以上年が離れていた20年前にすでに40歳を過ぎ、香月グループの中での地位も固めていた私から重春への権力の継承も、すでに始めていたのだしかし
閣下は溜息を吐く
20年前重春は、家族旅行で滞在していたロサンゼルスで殺された重春の妻と3人の子供たちも一緒だ
殺された
武装した強盗に襲われたという話だが詳しいことは、判らない重春に付けていたボディ・ガードも一緒に殺されたからな私が、香月家の警備部門を、香月セキュリティ・サービスに拡充し、優秀な警護人を集めるようになったのはそれからだ
アメリカで長男を失ったことが香月セキュリティ・サービスという要人警護専門の警備会社を作ることに発展した
しかし問題は、香月家の後継者をどうするかということだった重秋も、重冬もまだ30前後で将来の道を変えることはできるとはいえ香月という大きな責任を持った家の当主となるための教育を施すには、少し年を取りすぎていたまた重春が亡くなったばかりだというのに、重秋と重冬をそれぞれ担ぎ上げようとする連中が現れ香月グループの屋台骨が、大きく軋んだ
そんなことがあったんだ
とりあえず官僚は辞めてしまったら終わりだ私は、重冬は霞ヶ関に残すことにしたそもそも、末の息子はちまちまと机に向かうのが好きな内向的な性格だ国家官僚としては良いのだろうが名家の当主には向いていない
それがみすずの父親
しかし次男の重秋は子供の時から政治家になるための教育を受けさせ、与党の有力議員の秘書をやって政治の実態を学び次の衆議院選挙に出馬する予定だったからなこの段階で家に戻って、死んだ兄の代わりに後継者になるということに、随分抵抗があったようだ
初めて聞く、父たちの話をみすずと瑠璃子さんは、真剣な顔で聞いている
私も堪えたよ60を過ぎて、息子を失うというのはしかも、いい歳をした次男を再び1から後継者として再教育しなくてはならないいや重秋には政治家として大衆に好かれる大らかさはあるが企業経営者としての抜け目の無さに欠けることは判っていた
閣下は苦悩の表情で語る
浮ついている家臣たちの心を一つにまとめるためには、私が次男の重秋を後継者に指名するしかないが重秋には、当主としての才覚はないだから重秋を取りあえずの時期当主に指名しながら20年私は、ついに重秋に当主の地位を譲ることができなかったんだよ
82歳の現在に至るまで閣下は引退できずにいる
いささか私も嫌になってしまってねいや、何もかもが嫌になってしまった大事に育ててきた長男が異国の地で家族ごと憤死してしまったということその長男の死に弔意を見せることなく、後継者争いに湧いた家臣たち当主の資質の無い、次男、三男しかし、その様に教育したのは、私なのだ長男を絶対的な後継者にするために、弟たちとは差を付けて育てたのだから私自身が、そうやって育てられたように
人は自分が受けた教育を、次の世代に施す
閣下は香月家の嫡男として、弟妹たちとは隔離されて育てられた
だから閣下も自分の長男だけを特別扱いして、弟たちには最初から別の道を示して特化した教育を施した
なのに長男が急逝する