私はあの頃全てに絶望していたよそして香月の家がそれまでの自分の人生が、急に空虚な意味の無いものに思えてきてねもう何もかも、破壊してしまいたくなった香月家を守り育み、未来の世代へと繋げていかなければいけない当主としての生活を続けながら同時に、香月家という古いものを全て破壊し尽くしてしまいたいという衝動に駆られた20年前の私は、60代に入ったばかりだ肉体も精神も、まだまだ衰えていなかった財界人としての確固たる地位も築いていた香月の家の中にも、私の意に反するようなことをする人間は一人もいなかったいや、私の敵対者は全て葬ってきた私は人生の絶頂期だったんだだから魔が差す
魔が差す
私は、残った二人の息子に二人とも、結婚はまだだったそれぞれ、香月家に相応しい名家から、美しい娘を嫁に迎えたそして、それぞれ女の子一人だけを産むことを命令したそれ以上の、子供は絶対に産んではならないと厳命した年齢差も三男の嫁が先に出産して、次男の嫁はその2年後というのも、私が計画した
それがみすずと、2歳年下の従妹、瑠璃子さん
どうしてですお祖父様
当時の私の心は、表と裏に完全に別れていた表の理由は香月家を守るためには、次世代の後継者教育をするには、もう私には時間が残っていないと感じた名家の当主は少なくとも30代半ばを過ぎていなければ、他家から舐められる私は当時すでに60代男の子が生まれたとしても、孫が当主を継ぐ時には90過ぎだそこまで、私が権力を維持できるとは思えない
閣下は、正直に当時の気持ちを語る
だから息子たちには娘を産ませる娘しか産ませないそれならば、一族の分家や家臣たちの息子で有能な人物が居れば孫娘に婿入りさせることができる孫娘が20の時に結婚させれば、30以上の男でも何とか釣り合うそれならギリギリ、私が生きているうちに当主の継承ができるかもしれない私は自分の手で、次の後継者を決めたかったんだよ
何という妄執
閣下は当主の地位と、自分の権威に囚われている
娘が二人居ればもしまた、重春の様な事件が起きたとしても、片方は残る私は、長男の死に学んだんだよ
だから次男と三男、それぞれの夫婦が一人ずつ娘を産んだ
それが表向きの理由だ
じゃあ裏の理由は
裏の理由は私は、もう香月の家の中を、どこまでもメチャクチャにしてしまいたかったんだよ家臣や息子たちを混乱させ困らせたてやりかった私に全ての責任を押しつけてくるだけの彼らに、すっかり閉口していただから、彼らが、どこまで私の高圧的な要求を呑むのか、知りたかったんだよ
正直に言うよ私は、重秋も重冬も、本当に私の命令を守るとは思わなかったのだどちらかが先に男の子を作れば自動的に、その子が後継者だ自分の息子を香月家の当主にするという誘惑に息子たちが堪えられるはずがないと思っていた実際、私は二人が私の命令に背いて二人目の子供を作っても出産を許すつもりだったそれが男の子なら、喜んで後継者として認めるつもりだったしかし
閣下が嘆息する
二人とも私を恐れていた私は、彼らにとって脅威であり過ぎだ二人とも、お前たち以降の子供は作らなかったし外の女との間にも、絶対に隠し子ができないように徹底して避妊していた
自分の子を当主にするという誘惑より父親の怒りに触れることを恐れた
何より、息子たちが許されないのは二人とも、私を盲信して、お前たち娘に関する教育を全て私に丸投げしたことだよきっと、お父様には、深いお考えがあるのでしょうからあの子のことは、全てお父様にお任せ致します息子の一人は、私にそう言ったよどちらの息子とまでは、言わんがねまるで、貢ぎ物の様にあいつらは、お前たちを私に差し出したんだ
当主である父と次男、三男との溝も深かったんだ
威厳のある父に命じられるまま娘を産んで
それ以上の子供は、絶対に作らないようにして
理由も聞かずに娘の将来を当主に託す
何もかも丸投げする
結局息子たちも、香月の家臣たちも、混乱することは無かったあいつらは、私をスーパーマンだと思っているからな最後は、私がどうにかしてくれると信じているだから私がどんなに無茶な命令をしても、従ういや、彼らを責めることはできない全ては、私自身の責任だ私がそういう父親、そういう当主であったがゆえにそのような息子たち、家臣たちが出来上がってしまったのだから
閣下は当主として有能過ぎたのだ
家臣たちのイメージする強大な、頼りがいのある当主を長年に渡って勤めた結果
みんな思考停止してしまった
閣下の言う通りにやっていれば、問題無いと思い込んでしまった
正直さっき、みすずとした様な口論は、私には新鮮だったよ事業に関することでも、他のことでも今では、私と直接、口論しようという人間はいない下の人間は、私の顔色をうかがいながら、何種類ものプランを持って来るだけだ私はそれを検討し、評価し採用、不採用を決める不採用にされた人間が、そのプランを捨てきれない場合は、私が指摘した問題点を克服して再度、私に提出してくる学校の先生になった様な気分だよ献策はされるが、討論にはならない
絶対者に祭り上げられた閣下はずっと孤独だったんだ
さてそろそろ、お前たちに嫌われる覚悟をしないといけないな息子たちに、娘を産ませた理由は、もう一つある私の心の中の暗い理由だ
閣下は、二人の孫娘を見てそれから、うつむいた
私はもしどうしても、お前たちの婿に相応しい男が見つからなかった場合は私自身の手で、お前たちを妊娠させるつもりだった
軽蔑してくれて構わん私はずっと、お前達を邪な眼で見ていたのだ
閣下は、孫娘たちに頭を下げる
私は人の道に外れた男だよお前たちを犯して私の子供を産ませたいと思っていたその子を後継者として育てたいとも考えていた二人ともだ私は、お前たちが男と接触しないように、徹底して隔離してきたそれは全て私自身が、お前たちを抱きたいと思っていたからだ
閣下の赤裸々な告白に部屋の中は、シンとする
はーい、シゲちゃんっやっと白状してくれましたねっ
小学校の先生モードの渚がにこやかに閣下に言う
私は最低な人間だよ
渚が、つかつかと閣下の前へ進んでその頭をコツンと叩く
もうっシゲちゃんそんな風に、自分を卑下してはいけませんっ
そして、オレたちにクルっと振り向く
はい、みんな先生に注目ぅぅこれからする先生の話を、よーく聞いて下さぁーい
渚先生のお話が始まる
昔イエス・キリスト様が、こうおっしゃいました心の中で、邪なことを考えてしまえば、それはもう実際にその罪を犯したのと同じだ罪深いみすずは、知っているわよね
マタイによる福音書の第5章ですね誰でも情欲をいだいて女を見た者は、すでに心の中で姦淫を犯したのだ