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その日ずっとTさんの悪口を言い続けていたMさんは寝ているTさんを見た瞬間、酒の力もあってこいつめ、こいつめと寝ているTさんを蹴り始めたそうです

それを若手の俳優とスタッフで何とか止めて別の部屋に連れ出して、その晩は収まったのですが

翌朝スタッフの1人が、朝食に行こうとホテルのエレベーターに乗ると、Mさんも乗ってきました

Mさん、昨夜は大変でしたよ

と、スタッフが笑って言うとMさんは、

いやあ、ごめんごめん酔った勢いで、ついあんなことをしてしまったしかし、これもみんなTのやつが悪いんだよ

などと、まだTさんの悪口を言っています

さて、エレベーターは1階の食堂へ向かうはずだったのですが

スタッフとMさんの乗ったすぐ下の階で止まり

そこにTさんが1人で乗って来ました

と、スタッフさんが身構えます

狭いエレベーターの中は、そのスタッフさんと、機嫌の悪いTさん、Mさんの3人しかいません

このまま、何事もなく1階へ着いてくれと、スタッフさんは神に願ったのですが

Tさんが渋いバリトンの声で、そっと呟きます

おい、Mお前は判っているのか

Mさんは意味が判らず、

するとTさんは、まるでシェイクスピアの歴史悲劇でも演じているような、朗々とした様子で

昨夜、お前たちが部屋に入って来た時、実は私は起きていたのだ私が、そのままそこに居ると大変なことになるだろうと思い慌てて寝たりをしたのだよなのに、お前はそんな私を蹴ったないや、蹴った何度も蹴ったなしかし、私はここで起き上がると、とても深刻なことになるのではないかと思い、ジッと耐えておったのだよ

エレベーターの中が、ゾゾっと凍ります

そういう私の心をM、お前は判っているのかと聞いているのだ

スタッフさんは、早くこのエレベーター止まってぇぇと、必死になって耐えていたそうです

そのスタッフさんから、この話は聞きました

では明日も頑張ります

262.家族の時間・3 (香月重孝)

ふん何のことだ

香月のジッちゃんは、不機嫌な顔で孫娘を見る

はいお祖父様このサワークリームのサーモン、お好きだったでしょ

みすずは、笑って祖父に取り皿を渡す

私の好物ばかりよく覚えているな

大好きなお祖父様のことですから

私に媚を売っても、何も出ないぞ

いいえ、あたしはお祖父様のお世話をするのは大好きなんですこれからも、ずっとお側におりますからね

みすずは、ジッとジッちゃんの顔を見ていた

ですからご無理はなさらないで下さい

ジッちゃんは、みすずの言葉を無視して皿に乗せられていたフォークでサーモンを食べる

美味い料理人の腕は落ちていないな

お祖父様ちゃんと、みすずの顔を見て下さい

ジッちゃんが、みすずを見上げる

何を心配しているこの小僧とお前たちの関係は、認めてやった私自身も君たちの家族の一員となって、御名穂くんたちの活動のバックアップも約束するそれどころか、お前が将来香月家の当主になることも保証してやるみすずにとっては、何から何まで万々歳な結果ではないのか

みすずは、真剣な表情で言った

良すぎる結果ですお祖父様が、あたしたちにここまで譲歩して下さるとは、予想していませんでした

良すぎて不満なのかね

不満ではありません不安なんです

不安てみすず

御名穂くんがやって来たのも、同じ理由かね

ジッちゃんは、ミナホ姉さんの顔を見る

はい先程の香月様のお言葉は、信用しております香月様は、一度お約束下さったことを翻すようなお方ではございませんしかし

ミナホ姉さんも、ジッちゃんの眼を見る

わたしには香月様が、何かお急ぎになられているようにしか見えません

ほう御名穂くん君がそういう結論に達した理由を詳しく教えてくれないかね

ジッちゃんは、ニヤッと笑ってそう言った

はいまず、第一に香月様がご自分を標的になさって、このホテルに敵を招き入れようとなさっているということ普段、慎重でいらっしゃる香月様とは思えない行動だと思います

何香月セキュリティ・サービスに対するちょっとした監査だよ緊急事態で、彼らがどれだけ機能的に活動できるかの

警備会社の能力テストのためということでしたらシザーリオ・ヴァイオラの相手をさせるというのは問題だと思いますが

シザーリオ・ヴァイオラは、アメリカでも大物の犯罪集団のボスだ

人の命を奪うことに躊躇が無い

その上、その組織は謎だらけだし

相手にするには、危険過ぎる

劇場からあたしたちを先導した警備員たちは、ヴァイオラの手下に入れ替わっていました香月セキュリティ・サービスの中に、敵が浸透していたのは事実です

この件寧さんのことが、アメリカに居たヴァイオラに知れる前から進行していたとしか思えません

ええ寧の情報が漏れたことが、ヴァイオラが来日するキッカケになったのでしょうが事件の根は、もっと深いところにあると思いますわ

ジッちゃんは

クククッお前たちは鋭いな素晴らしい判断力だ

ワイングラスを手に取り、グイッと飲む

お祖父様の真意をお聞かせ下さい

みすずの言葉に、ジッちゃんはニッと微笑む

真意など無いよ私は、ここにこの場所に、シザーリオ・ヴァイオラという人間をやって来させたいだけだ

ヴァイオラを呼び寄せるために

ここは湾岸地区東京の外れだからなここなら多少の騒ぎが起きても、関係の無い人間を巻き込むということは無いホテル内に居るのは、香月セキュリティ・サービスの精鋭と工藤の雇ったプロばかりだシザーリオ・ヴァイオラとその一党とは、真っ正面から戦える

このホテル内に居るのは、戦闘要員ばかりではありません

ああ申し訳無いが、君たちには私と一緒に特等席で見物して貰う敵を引きつけるためには、これしか方法が無かった申し訳ない

いいえわたしも、いずれヴァイオラの襲撃を受けていたと思いますいつまでも隠れているわけにもいきませんでしたし

うんあのまま学校の中に隠れていても

ゴールデンウィークが終われば、通常通りの授業に戻るのだし

生徒が居る日中に、ヴァイオラの襲撃を受ければ一般生徒にも、大変な被害が及ぶことになったろう

ここで、香月様とご一緒に警護の中心に置いていただけることに、感謝しています

そう言って貰えると嬉しいよ

ジッちゃんは、フッと笑った

しかしお祖父様

みすずが、キッとした眼で祖父を見る

ここにお呼び寄せになられたのはあたしたちだけではございませんね

オレたちだけでは無い

この部屋に用意していただいているお料理の量あたしたちには、多すぎます