嘉田の説明に、夏木がそう言う
はい司馬貴彦は我々私塾のメンバーの中でも、一番の年長者でしたし司馬沖達氏ら香月グループ内の新興勢力の重役たちに対するガス抜きとしては、一番有効な策だと思われたのでしょう
嘉田はみすずと貴彦の婚約をガス抜きと表現する
ああみすず様との結婚で、新興勢力のオッサンたちには満足してもらおういや、あの方たちには、それだけで満足していただかなければならん
夏木が、そう言う
うむそれ以上、新興勢力に譲歩する必要などない
谷楽進が、真顔で頷く
いえちょっと、発想をお変え下さいみすず様の婿になるということは、司馬家も香月家と縁続きになるということですそれはすなわち司馬家が、新興勢力から我々代々の家臣のグループに移籍するということです
嘉田がそういう意見を言う
なるほど今後は、司馬家も譜代の家臣として認めてやるという閣下のご配慮なのか
まあ司馬沖達氏には、認めるべき功績はあるしな
それより司馬沖達氏が抜ければ、香月グループ内の新興勢力なぞ瓦解してしまうぞむしろ、閣下は、そちらを狙っていたのでは無いのか
香月仁、大張、夏木の順で勝手なことを言う
あくまでも自分たち香月グループの旧来からの家臣が偉くて、新興勢力は下劣だと考えているらしい
お前ら、分家や重役の子供だろ
自分自身が、香月グループ内で働いているわけでもないくせによくもまあ、偉そうにピーチク・パーチク話すもんだ
しかし、そこの男の登場で閣下の計画は変更せざるを得ない状況になったと思われます
嘉田がオレを指差す
嘉田それは、どういうことだ
香月操が、ニヤッと微笑む
はいみすず様が、今日の劇場でその男を観客に紹介なさいましたあれは紺碧流の家元の発表会であり観客席に居たのは政財界の主だった方々ばかりですあの会で、ああいうパフォーマンスをするということは、その男がみすず様の相手だと、広く知らしめることになります
しかし閣下の指名した婚約者は、司馬貴彦だったはずだ彼のその後の態度が、それを示していた
はい、操様みすず様のなさったことは、当然閣下の意志に反する行為です香月家に属する人間が、決して犯してはいけない第一級の反逆行為です
嘉田は、みすずを責める
だがさっき閣下は、笑ってこの場にいらした
香月操が呟く
みすず様との会話は、いつも通り何も変わらなかったそれどころか、そこの男がこの部屋に居ることも認められておられた
プリンス派の男たちの視線がオレに集まる
司馬貴彦の様子を見ればやつが、みすず様の婚約者から降ろされたのは確実だということは閣下は、みすず様とこの男の関係を許されたということになる
自分の推論を語る香月操
おい君は、どこの誰なんだ
うむこんなやつ、見たことは無いぞ
おい、お前、どこの家の人間なんだ
新興勢力の誰かの息子なんじゃないか我々が知らないだけで
うむそうとしか思えないな
いや、もしかしたら他の企業グループの人間かもしれないぞ
確かにそれなら閣下が、司馬貴彦を蹴って、こいつに挿げ替えられたのも理解できる
ったく勝手なことばかり言いやがって
お前ら、世界は香月グループを中心に廻っていると思っているのか
おい、早く答えろよ香月操さんがお尋ねになっているんだぞ
角田が、偉そうにオレに命令する
黒森だよっ
オレの代わりに寧さんが、答えた
あたしらはみんな、黒森の家の人間だからっ
ニタッと微笑む寧さん
そうよ、あたしも黒森だものそうよね、真緒
渚が、寧さんに続く
真緒ちゃんが、ニッコリ微笑む
うんそうだよねあたしも、黒森家にお仕えする警護役だから
マルゴさんも、笑ってそう答える
あっ、あたしも黒森の家の子でーすっ
マナまで、そう言う
ほらっ、メグお姉ちゃんも
あ、あたしも黒森家です
美智は、黙ったままでいる
きっと、私塾の連中の中に工藤父のことを知っているやつがいるからだろう
もちろん、香月セキュリティ・サービスの所属である麗華も黙ったままだ
雪乃は麗華の後ろに隠れている
みすずは、まっすぐにプリンス派たちと向き合ったまま
瑠璃子は美子さんと手を繋いで、椅子に座ったままジッと部屋全体の様子を見つめている
お前、聞いたことあるか
嘉田も知らないのか
プリンス派の連中は顔を見合わせる
彼らは、年長者でも20代前半だ
親たちから、高級娼館である黒い森のことは聞いていないのだろう
いや黒い森は、白坂創介によって酷い状況になっていたから
かつての日本の政財界の重鎮たちの集う黒森楼の時代のことは彼らの祖父の代でないと知らないのかもしれない
僕は知っています
入り口の方から司馬アキラが、そう言った
ほう知っているのか、アキラくんは
香月操が、司馬アキラを見る
言葉は、余裕たっぷりだが声に内心のブレが見える
はい父に聞いたことがあります
司馬沖達という人が黒い森のことを知っていて、息子に話している
となればそれはジッちゃんに対する、対抗策の一環としてだろう
ジッちゃんはミナホ姉さんをサポートしたり、恭子さんを送り込んでくれたり、森下さんを番頭として復帰させてくれたり黒い森のことを何かと支援してくれてきた
しかし、それは同時にジッちゃんが、高級娼館の運営に関わっていたということであり
司馬沖達は、ジッちゃんを追い落とすカードとしようとしているのでは無いか
そんな疑惑が、オレの中に渦巻く
へえ、アキラくん知っているんだ良かったら、僕たちにも教えてくれないかっ
香月昴が、また薄っぺらいスマイルで、司馬アキラに話し掛ける
僕が聞いた話では戦後の日本の政財界の裏側の全てを知る家だと
司馬アキラの言葉に、プリンス派の連中は息を呑む
何だそりゃ
そんなマンガみたいな家、あるわけないだろう
うむお前の父は、冗談を言ったんだろうな
香月仁、角田、大張がそう感想を述べる
そっれが、あるんだよねぇっ
寧さんが、ケラケラと笑った
寧世間知らずの子供を笑ってはいけないよ
そういうマルゴさんも、笑っている
あっ、ごめーんでもさっ、この人たちがあんまりにもおかしくって
きゃははと嘲笑う寧さん
そうね馬鹿馬鹿しくて、笑えてくるわ
渚も笑い出す
えっ、どうしたのママ
真緒ちゃんが、渚に尋ねる
ほら、真緒、見てご覧なさいあのお兄ちゃんたち、あんなに真面目な顔で、さっきから馬鹿みたいなことばっかり言ってるでしょ