その二人には、裏切り者の可能性がある
みすずや瑠璃子は劇場からの移動の際に、香月セキュリティ・サービスに成りすませた敵に襲撃された
そいつらは数ヶ月前に香月セキュリティ・サービスに入社した人間が盗み出した警備員の服を着ていた
こんなことは外国の犯罪組織の人間であるシザーリオ・ヴァイオラには、仕組むことはできない
香月グループの中に確実に裏切り者がいるのだ
そしてそいつらは、シザーリオ・ヴァイオラと手を組んだのかも知れない
今夜、このホテルに現れないとすれば
それは、今からここが戦場になることを知っているからだろう
ヴァイオラの襲撃が成功すればジッちゃんの命も危うい
とばっちりで、重役たちも殺される可能性がある
だから自らの命を惜しんで、ホテルに来ることを拒んでいる
そういうことなんじゃないのか
司馬は、羽田からこちらに向かっています
重役の一人がジッちゃんに、答えた
ああ、彼は中国工場の視察に行っていたんだな
ジッちゃんが、その重役に振り向く
はい少し、飛行機の到着が遅れたようですが、先程国際線ターミナルから、連絡がありました車で、こちらに向かっているそうですまもなく到着するでしょう
うむ昇の方は、どうした
ジッちゃんの問いに、その重役は
連絡は取れません携帯が繋がりませんし秘書や専属運転手も、居場所を知らないそうです
怪しいすごい怪しいけれど
まあ、いいとにかく話を始めよう
ジッちゃんは正面を向く
まずは君たちの方の提案を聞きたい
提案、ですか
山田副社長が、怪訝な顔をする
そうだ最初に、はっきり言っておくが、私は今回の白坂家のスキャンダルは、自業自得だと思っている白坂家の新聞社やテレビ局が、これで潰れることになったとしても私は別に困らんよ
その言葉に、山田副社長は
何をおっしゃいます我が社は、創業75年の伝統ある新聞社です報道の自由を守り続けるために、これまでずっと闘い続けてきた歴史があります
君は、誰に物を言っているつもりだね
ジッちゃんは、冷たく言った
たかだか75年続いたぐらいで、歴史や伝統などと言い出すとは
苦笑するジッちゃん
香月という家の伝統を、君は知っているだろう私の先祖を遡れば、古事記、日本書紀の中に記述されておるよ
香月家は日本有数の歴史ある名家だ
確実に実在したと検証できる先祖は、平安時代から居る香月の家名を名乗ったのは、室町時代からだ歴史とか伝統とかを語るなら、せめて百年は続いてから言って貰いたいね
こんな嫌味が言えるのも日本では、ジッちゃんぐらいだろう
今年で、ぴったり創業75周年なのかね
はい4月に、記念式典をしたばかりです
ジッちゃんの剣幕に怯えながら、山田副社長は答えた
なら、ちょうどキリがいいじゃないか潰してしまっても
ジッちゃんは、ニヤリと微笑む
ビクッと震える山田副社長
あの香月様、発言をお許し下さい
白坂博光氏が手を挙げる
いいだろう発言を許可する
はありがとうございます
白坂博光氏は腰の低くそうな男性だった
あの初めてご尊顔を拝します大阪の白坂博光でございます
うむ、知っているよ君はなかなかの遣り手だと聞いている
白坂博光氏の額には、すでに大粒の汗が輝いていた
私はこの度、どうしても香月様にお願いしたいことがございまして大阪より、馳せ参じました
前置きはいい君の狙いは何だね
白坂博光氏は、大きく深呼吸してから言った
新聞社、テレビ・ラジオ局の東京本社のことは、私は何も判りませんそれは、こちらにいらっしゃる、白坂信子さんや山田副社長とご相談下さい
うむ君は、地方の関連会社を代表して、上京してきたと聞いているが
白坂博光氏は、まっすぐにジッちゃんを見つめる
地方にありますテレビ局とラジオ局、新聞の支社を代表して申し上げます香月様私どもの会社を全て、お買い上げになってはいただけませんか
白坂家の支配するマスコミ機関の地方の会社だけを買って欲しいって
短くて、済みません
274.第2の交渉・2
地方のテレビ局とラジオ局だけを私に買えと言うのかね
ジッちゃんは、大阪から来たテレビ局の社長白坂博光の発言に苦々しい表情で応える
博光くん、君は何ということを提案するんだね
白坂家の新聞社の東京本社副社長山田ヒサシ氏が、仰天して叫ぶ
そんなことをしたら私たちの新聞・テレビのネットワークは、崩壊してしまうぞ
それに対し大阪から来た、白坂博光氏は
構いません崩壊させましょう現在の、ネットワークは東京に集中し過ぎています東京からほとんどの情報が発信され、私たち地方に住む人間は、それをありがたく視聴させられているこんな状態は歪です正さねばならない
そんなことは無い、我々は地方の話題だって充分に報道している
山田副社長は、納得いかないらしい
私は充分だとはとても思えませんいや、問題なのは、地方の話題がそれなりに報道されているかどうかなのではありません必要以上に、テレビ・新聞に東京の話題ばかりが取り上げられ過ぎていることが大きな問題なのです
白坂博光氏は、頑として譲らない
例えば東京のテレビ局から発信される、夕方のニュース・ショー報道番組なのだから、ニュースだけ流していればいいのに、なぜか余計なコーナーがあるなぜ、地方に住む我々にまで、東京のデパート地下で評判の生産数限定の洋菓子だの、東京で人気のラーメン屋だの、東京にある500円で食えるランチの店の特集なんぞを見せ付けられるのですか東京に住んでいなければ、どれも必要の無い情報ばかりではありませんか
えそういう番組を、そのまま地方でも流しているんだ
確かに東京から遠く離れている地方の人には、そんな放送をされても困るよな
日常生活では、行かれないんだし
それは現在の東京での流行を、地方の人々にも知らせようということだよ
山田副社長は、そう言うが
それこそ大きなお世話ですあなた方は、情報の発信元は全て東京だと思っておられる地方には地方で、それぞれ独自のニュースがあります我々は、東京による情報支配に縛られること無く、もっとそれぞれの地方に合った報道を増やしたいのです
博光くんは判っておらんのだよ日本の政治・経済の中心は東京だ情報の発信が東京中心になるのは当然のことだろう
ええ、ですから国会中継と株式情報は東京から発信していただきますしかし、それ以外の情報コンテンツまで、全て東京で製作して全国に配信するのは間違っているもっと、地方局に権限をですね