スゥハァァスゥゥゥ
美智の身体が波間に揺らぐクラゲの様に、ゆらりゆらりと3人の攻撃を避ける
あんんんどぅぅとろぁぁ
1人の少女の蹴り足の美智は、足首を下から極めて掬い上げる
別の少女の突き出して伸びきった腕の肘の関節をクルッと捻る
最期の少女が、美智に掴み掛かろうとした瞬間身体を翻して、その少女の喉を下から突き上げるッ
グヘェェッ
3人の少女の苦悶の悲鳴が重なった
それぞれが床に倒れて、痛みに唸る
4人とも、戦闘不能に致しました競技者としては、支障を来たさぬ程度の負傷に留めましたので、一週間ほど安静にしていれば直りますどうか、これからも4人で仲良く空手のお稽古をお続け下さい
肩を足首を肘を喉を押さえて、苦しむ年上の空手少女たちに、美智は無表情で言った
工藤遙花さんに、そそのかされて来たんだろうけれど、これに懲りたら君たちはスポーツの世界に帰るんだね
マルゴさんが、少女たちに言う
君たちはルールがあって、審判の居る場所で1対1で闘うことしかしてきていないだろあたしたちの世界は、そうじゃない反則有りで、審判はいないそして相手の数は、時と場合で違う
ニッと笑ってマルゴさんが、工藤遙花を見る
あたしも美智さんも1対多数のトレーニングを積んできているそれもガードすべき人間を守りながらのね
マルゴさんは夜の街で、不良やチンピラヤクザを狩り続けていた
寧さんを守りながら、必ず複数の敵を相手していた
あれは実戦形式のトレーニングだったんだ
雪乃がオレにしがみついてくる
オレは、雪乃の肩をギュッと抱き締めてやる
さて姉上
美智が改めて、姉を見上げる
工藤流古武術の奥義は、その呼吸法にあります
また、ゆらゆらと不規則に揺れながら、美智が姉に近付いていく
全ての武術は敵の気を感じ、その気の途切れる隙を狙って攻撃を行うことに奥義があります
気
ほら日本人は空気を読むっていう言葉が好きだよね
この場合の空気とは気の流れだよ人間は個として別々の意志を持ちながら、群れを作らないと生活することができない群生動物だよだから、他者と気を通じさせる気を合わせるということを大事にする群れとは気の合致した集団だ他者の気を感じ取り、自らの気とシンクロさせていく能力は、人間誰もが生まれながらにして持っている力なんだよ
そして気の本質は、呼吸にあります相手と呼吸を合わせ鼓動、脈拍のリズムさえ合わせる完全に気の通じた者同士は、生物的な肉体のリズムそのものがシンクロするのです
マルゴさん美智
何を言っているんだ
ゆえに武術の奥義は、敵との気のシンクロと、シンクロからの離脱を自由にコントロールすることにあります
相手を自分の気の世界に引きずり込むこと相手を呑むって言ってもいいかなそれが気のシンクロそして呑み込んだ瞬間に、自分だけシンクロから離脱して敵を討つそれが敵の隙を突くということだよ
そうだ、マルゴさんの闘い方はいつも、相手の意表を突く
心の隙を作って、一気に刈り取る
しかし工藤流古武術は違います
美智の身体がまた、ゆらりと揺れる
工藤流古武術は、相手の気とは決してシンクロしません気を合わすことを拒絶します常に、相手の気を反らし焦点をズラしていくだからこそ他の流派の人々には決して真似のできない、特殊な呼吸を行います
しゅるるるるすぅぅしゅははははぁぁすぁすぅぅ
不規則で不安定な息遣い
不気味なリズムで、美智の息吹が薄闇に拡がっていく
お父様が常にふざけているとしか思えない闘い方をなさっているのはこの呼吸法の神髄を敵に悟られぬためです
わざと派手な格好をしおかしな武器で、不格好に闘うのは
特殊な呼吸法を、相手に気付かせないためか
では姉上わたくしどもの先祖伝来の技によって、そのお命、頂戴致します
美智の身体が、ブンッと歪んだ
物凄いスピードで、姉の懐に飛び込むッ
ひゃあああっ
怯えた姉が、不用意に右の拳を突き出した瞬間
工藤遙花の右腕が、ありえない方向に曲がるッッ
ギャッ
オレは人の骨の折れる音を、始めて聞いた
雪乃が、オレにしがみつく
マルゴさんとミナホ姉さんは平然と見ていた
お覚悟ッッ
美智の手が、工藤遙花の首に迫るッッ
このままでは、美智は本当に姉を殺してしまう
止めないと
しかししがみつく雪乃が邪魔になって
オレは、咄嗟に動けなかった
あんたたち何をやっているのッッ
階段の方から、女の絶叫の声がした
動かないでッ撃つわよッッ
階段の途中でピストルを構えている、一人の女性
美智ぃぃやめなさいぃぃッッ
美智と遙花の母親
香月セキュリティ・サービス総合警備部工藤悦子だった
美智、ストップだ
工藤母の作ってくれた気の隙間を使ってオレは美智に告げる
まだこの敵を殺しておりませんが
美智は自分に銃を向ける母親を無視して、オレに答える
オレは殺す気でやれって言ったんだ殺せと言ったわけじゃない
美智は姉の喉笛を狙っていた手を、下ろす
ご主人様のご命令に従います
そのままゴミクズを投げ捨てるように、姉の身体を奈落の床に突き倒した
ヴガァァァァッッ
右腕を骨折した工藤遙花は激しい悲鳴を上げる
何てことをするのあんたはっ
工藤母が、慌てて姉娘に駆け寄る
あれほど言ったじゃない遙花と本気で闘ってはいけないって
工藤母は工藤父とは、幼馴染みの関係だ
当然工藤流古武術の全てを知っている
美智が姉と本気で闘えば、どうなるかも
姉上は、わたくしの敵となりましたゆえ
あんたは、お姉ちゃんを殺すつもりなのっ
主を守るためならば、致し方ございません
馬鹿なこと言うんじゃないわよっ
母が美智を引っぱたく
美智は、その手を避けずに受けた
あんたは、あの人そっくりね工藤流古武術なんて、どうでもいいもののために、平気で家族をないがしろにするのよっ
工藤母が、鬼の形相で美智を叱る
わたくしはあなた様の娘である前に、工藤流古武術継承者でございますから
美智は顔色一つ変えずに、そう答えた
わが主の敵ならばわたくしの姉であろうと、母であろうと、お父様が相手でも、わたくしは闘います
キチガイよあんたは
工藤母は美智を罵る
遙花、大丈夫
妹に腕を折られた姉に母親は声を掛ける
上腕部の骨をきれいに折っただけだから、すぐに直るよ全治に半年以上は掛かるだろうけれど空手だって、またできるさ
マルゴさんが、笑ってそう言った
売春組織の警護人が、偉そうなこと言わないで