今は、ミナホ姉さんと二人きりだ
この地下通路が、ガレージの裏の方に繋がっているのよあなた、ガレージの裏って行ったことある
ええっとまだないと思うけれど
行けば監禁室の真上の天窓があるから、すぐに判るんだけれど
天窓
人間の身体って、太陽の光を浴びないと具合が悪くなってしまうのよ学校にある監禁室は短期間の監禁にしか使わないけれどこっちの地下監禁室は長期間用よだから、天窓から陽光が入るような設計になっているの
というより地下の部屋を監禁室にしたのは、白坂創介なのよ元々は、アトリエだった部屋だから
アトリエ
お祖父様の黒森楼の頃は、趣味で油絵を描かれるお客様も多かったから娼婦をモデルに、絵を描く部屋だったのあなた、クリムトっていう画家を知っている
知らないよ
十九世紀の終わりから二十世紀の始めにウィーンで活躍した画家なんだけれどねクリムトは、秘密のアトリエを持っていてねいつも、そこに裸の女のモデルをウロウロさせていてねハッと思い付いたら、その場でポーズを取らせて絵を描いたの
そのクリムトのアトリエの様子を見て、エゴン・シーレという若い画家が自分もそうしようと思って、自分のアトリエに若い女の子を裸でうろうろさせてみたんだけれどね
近所の人にバレて、ハレンチだっていうことで裁判になって負けたわ
まあ、エゴン・シーレの話はいいんだけれどお祖父様は、ここにクリムトのアトリエみたいな空間を作りたかったのねいつも裸婦がうろうろしていて、思い立ったら絵を描くそれに飽きたら、セックスみたいな
昔の絵のモデルは、画家と寝るのが普通だったしね
そういう多少芸術的なことを好む、お客もそれなりにいたってことか
廊下の突き当たりのドアの前で、ミナホ姉さんが立ち止まる
本当は、広い部屋だったんだけれど白坂創介が監禁室に改装した時に、中を2分割したのよ
ドアの鍵穴にキーを差し込み開く
ドアの向こうにはさらに2つのドアが並んでいた
そのドアは、入り口のドアよりも新しい
明らかに後付けのドアだ
ドアの上には、覗き穴が付いていた
右の部屋を覗いてみてアニエスが居るはずよ
オレは、覗き穴を覗いてみる
部屋の中は天窓からの光が、ぼんやりと差し込んでいた
うん本当は、本当にバスケット・コートぐらいの広さがある部屋なんだな
その真ん中に板を立てて部屋を真っ二つに区切ったんだ
あ部屋の隅に、シャワーも付いている
お湯が出るんだ
ええモデルに化粧させたりすることも、あったから今は、アニエスが毎日シャワーを使っているわ
というかトイレも剥き出しで付いている
どうなっているんだこりゃ
元々は、トイレとシャワー室は、壁で囲われていたの白坂創介が、壁を取り払ったのよ監禁した女の子を辱めるために
そうか拉致してきた、女の子をこの部屋に閉じ込めて
どうしても我慢できなくなった女の子が、剥き出しの便器で排泄するのを眺めて、楽しんでいたんだな
シャワーも、そういう使い方をしていたんだろう
だから壁を取ってしまったんだ
しかし、アニエスはどこに居るんだろう
オレは、さらに部屋の中を見廻すが
覗き穴の範囲には、見えない
アニエス見えないよ
じゃあ、ベッドの方に居るんだと思うわその覗き穴からだと、死角になるから
それじゃあ、しょうがないね部屋の中へ入るしかないのかな
オレが、覗き穴から眼を離すとミナホ姉さんは、区切られたもう一つの方の監禁室を覗き込んでいた
酷く、緊張した顔で
ミナホ姉さんそっちの部屋にも、誰かいるの
大きなアトリエを板で分けられた、二つの監禁室
それぞれに誰かが、監禁されているのか
父よ
父ミナホ姉さんの
そうよ黒森公一郎あたしの実の父よ
ミナホ姉さんのお父さんはオーストラリアに居るんじゃなかったのか
ヤクザの娘に手を出して、日本に居られなくなって逃亡して
白坂創介は、黒森公一郎に会いにオーストラリアへ行ったんだろ
黒森公一郎が黒い森の顧客リストを持っていると聞いて
父がオーストラリアへ向かったというのは、全部嘘よ白坂創介を、国外へ出すための
そうだ当時の白坂創介は、日本の暴力団と付き合いがあったから
白坂創介をガードする勢力を排除するために日本から出国させた
国外なら、恭子さんが自由に立ち回れるし
つまりミナホ姉さんの父親は、ずっとここに居た
白坂創介が、ゴールデンウィーク明けに恵美を娼婦にする計画を立てていたでしょ
ミナホ姉さんは暗い声で言った
だからどうしても復讐計画を急ぐ必要があったの
メグを白坂創介の魔の手から救うために
父には強い薬を使ったわ
父はもう一生、眠ったままよ仕方無いでしょ白坂創介に唆されてお祖父様から、黒森楼を奪ったのは父よ
これまでずっと誰も、黒森公一郎の話をしてこなかった
そして白坂創介と一緒に、たくさんの女の子たちを地獄に堕としてきたのが、あたしの父黒森公一郎
何度も何度も、憎しみの言葉で語られる白坂創介とは対照的に
みんな、黒森公一郎の話を避けていた
あたしが白坂創介に拉致された時も犯された時も、父は助けてくれなかったそれどころかあの人は、白坂創介の次にあたしを犯したのよ
奈生実の時もそう父は、あたしたち姉妹を助けてくれなかった娘を奪われて、一人取り残された母を見殺しにしたそして、奈生実が死んだ時だって
ブルブルと身体を震わせながらミナホ姉さんは、父親の居る部屋を覗き込んでいる
これは、仕方のないことだったどうしようも無かったんだって自分に言いきかせて自分の罪から逃れようとしたのよあの人は
ミナホ姉さんが、絶対に白坂創介を許さないのは
雪乃やマナやアニエス白坂創介の娘まで、復讐に巻き込むのは
ただ単純に白坂創介が憎いだけじゃない
あの人は実の父だけれどあたしにはあたしや、お母さんや奈生実にとっては、悪魔でしかなかった人間じゃないわ、あんな人
自分の父親への、激しい憎悪が根底にあるんだ
父親に家族ごと地獄に堕とされたという思いが
父親としての、白坂創介への憎悪に繋がっている
だから、あたし薬を呑ませたのあの人に
黒森公一郎はすでに復讐されていた
一生眼を覚まさずに悪夢の中で苦しんで、苦しんで、死ねばいいのよ
だからマルゴさんも、克子姉も、恭子さんも
誰も、ミナホ姉さんの父黒森公一郎について、話さなかったんだ
あの人にはそうするしか無かったわ他には何も思い付かなかった
ミナホ姉さんは、ずっと父親の部屋の覗き穴を見たままだ