アニエスの世話のためだけに、お屋敷に残って貰うわけにはいかなかったんだろう
それで
森下さんが、この2つ並んだ部屋をずっと看ていてくれたんだな
お坊ちゃまは今夕、香月様の病院へ運び込むことになりました
お坊ちゃま
そうか森下さんは、ミナホ姉さんのお祖父さんに仕えていたから
黒森公一郎は、主人の息子お坊ちゃまなんだ
はい公安警察が、この屋敷の監視体勢を固める前にということでした
判ったわありがとう
白坂創介の身柄は、確保できたわだから、もう、ここにお父様を閉じ込めておく必要はなくなったのよ
オーストラリアに居るという嘘の設定はもう、いらない
恭子さんの力を信じていなかったわけではないけれどもし、万が一、白坂創介を白坂本家に奪回された時のことを想定していたのよ
白坂家の当主だった白坂守次氏は、愛する甥の白坂創介を救出するために、オーストラリアに部下を派遣していた
もし、何らかのトラブルで白坂創介が、恭子さんの監禁から脱出したとしたら
それでも白坂創介の目的は、黒森公一郎が持っているという黒い森の顧客リストだ
黒森公一郎が、オーストラリアに居ると思い込んでいる間は現地に留まったままだろう
恭子さんなら、再び白坂創介を捕らえるチャンスを見出すはずだ
しかし黒森公一郎が、日本の黒森家のお屋敷に居ることがバレたら
白坂創介は、即刻、日本に帰国しただろう
それは、白坂創介に鉄壁のガードが付くことを意味する
少人数の組織である黒い森では、白坂創介に手が出せなくなる
さらに、黒い森は身内に手を出された白坂本家と、白坂創介が関わっていた暴力団組織からの攻撃を、真っ正面から受けとめることになっただろう
顧客リストを欲しがっていた張本人が、その暴力団なのだから
その上、シザーリオ・ヴァイオラの一団が、オレたちへの攻撃に加わればまず、護り切ることは不可能だ
だから、全ての案件が解決するまで黒森公一郎の所在は、徹底的に隠されていたんだ
お父様は、病院に入っていただくわそして、病院で死んでいただく
お坊ちゃまのお支度は、わたくしが致しますお着替えをしていただいて、こちらの部屋から、一階のお部屋にお運び致します
そうね香月セキュリティ・サービスの方に、この地下の部屋をお見せするわけにはいかないわね
ですのでしばらく、わたくし一人にしていただけますでしょうか
森下さんは、ミナホ姉さんに頭を下げる
わたくしはお坊ちゃまがお生まれになった時にはもう、黒森家にお仕えしておりました大旦那様より、お坊ちゃまの教育係を仰せつかったことはございませんがお坊ちゃまが、この様なご性格になられてしまわれたのは、わたくしにも責任があると思っております
森下
今では、大旦那様にお仕えした使用人は、わたくし一人になってしまいましたお坊ちゃまの最後のお見送りはわたくしが、しなくてはならないと思います大旦那様のご恩に報いるためには
産まれた時から知っている主人の息子に森下さんは、お屋敷を追放され
主人の孫娘であるミナホ姉さんにお屋敷に呼び戻された
だから、主人の息子をお屋敷から見送るのは自分の仕事だと思っている
黒森公一郎が、このお屋敷に戻って来ることは、二度と無いのだから
判りました森下に任せます
ミナホ姉さんは答えた
悪いんだけどアニエスのことは、お父様の移送が終わってからにしていいわね
元来た地下通路をミナホ姉さんと、戻る
森下さんに声が届かない距離まで離れてからオレは、ミナホ姉さんに尋ねた
アニエスの居る監禁室にも、監視カメラはあるんでしょ
ええあるわ
ミナホ姉さんは、無表情で答えた
じゃあ、わざわざ部屋の前まで行かなくてもアニエスの様子は、カメラで確認できたんだよね
というか部屋まで行ったけれど
アニエスは、扉の覗き窓の死角に居たから姿を見ることは、できなかった
カメラはどうせ複数あるんだろうから見えないなんてことは無いだろう
じゃあ、わざわざオレを地下に連れてきた理由は
ミナホ姉さんはアニエスじゃなくて、黒森公一郎さんをオレに見せたかったんだね
あたしが、あなたに見せたかったのはあたしよあたし自身の醜い心よ
黒森公一郎の部屋の覗き穴は、ずっとミナホ姉さんが覗いていた
オレは黒森公一郎の姿を見ていない
あなたにあたしの傷を見て欲しかったのよ
オレは前にミナホ姉さんの身体の傷を見たことがある
腹部下の大きな手術跡
絶対に赤ちゃんが産めない証し
あれと同じぐらい大きな傷がミナホ姉さんの心にも、ある
傷は癒えていない
今も疼き、時折赤い血を噴き出す
うん傷だらけだね、ミナホ姉さんは
オレは、立ち止まる
ミナホ姉さんも、オレを見たまま立ち止まった
でも、オレは好きだよ傷だらけのミナホ姉さんが
大好きだよミナホ姉さん
オレはこの傷だらけの魂を、抱いてあげないといけない
ミナホ姉さんを抱き寄せ
オレは、その唇にそっと、キスをした
あたし男の子とキスしたの、初めてよ
娼婦としてなら男の人となら、何度もあるけれど
陵辱され尽くしたミナホ姉さん
心と身体
ミナホ姉さんは、もう娼婦じゃないよ
オレは、ミナホ姉さんを見つめる
そうねあたしは、もう違う
今度はミナホ姉さんが、オレにキスしてくれた
あたし好きな人にキスをしたのは、生まれて初めてよ
何度も何度も唇を交わす
いいわね、これキスがこんなに素敵なことだって、知らなかったわ
好きじゃない人にどれだけキスを強要されてきたんだ
そんな顔しないで全部、昔のことよ
やっと昔のことになるのよ
長い長い年月を掛けて練り上げた復讐計画
これが終わらないとミナホ姉さんは、救われない
お父様のことも、済んだから後は、アニエスだけよ
アニエス
白坂創介が、自分の欲望を満たすために生ませた娘
そうだね、アニエスだけだね
オレがアニエスを白坂創介から奪う
白坂創介に残された最後の娘を
それで、終わりだ
頑張るよオレ
ごめんごめんなさいね
いいんだよミナホ姉さんのためだから
それで少しでも、心の傷が癒えるのなら
オレは、何でもする
オレはまた、ミナホ姉さんにキスを求める
一階へ上がる
ミナホ姉さんは、いつもの冷静な表情に戻っていた
夕方まで休みなさいあなた、疲れているでしょう
次の予定は、香月セキュリティ・サービスの人が来てからにするわあたしも少し休むから
ミナホ姉さんは、スッとオレから距離を取る