スッと背筋を伸ばした立ち振る舞いは肉体の軽やかさと、強靱さを伝える
この人は強いだろう
手には茶色の革手袋を填め
そして太めのステッキを持っていた
藤宮さんに来ていただくなんて、光栄ですわ
瑠璃子さんが、そう言って微笑んだ
すみませんちょっと面倒な賊が、潜入するかもしれないという情報がございまして
藤宮さんは、穏やかにそう言った
そうなのですか
美子さんが、心配そうな顔をする
ご安心下さいわたくしたちのチームが出動しておりますから
藤宮さんが、ニッと微笑んだ
はい藤宮さんに来ていただいたんですもの、何も心配は致しませんわ
瑠璃子さんが、そう答えた
しかし、わたくしの身体は一つですので申し訳ございませんが、瑠璃子様とみすず様は、しばらくは常に一緒に行動なさって下さいもちろん、美子さんもです
藤宮さんはみすずと瑠璃子さんには様、美子さんにはさんと、明確に差を付ける
警護対象は、あくまでみすずと瑠璃子さんであり美子さんは、ついでなのだということだろう
美子さんを利用して賊が接近して来る可能性もあります何か御用がありましたら、うちの会社の者に行かせますので、美子さんは常に瑠璃子さんのお側にお付き下さい
美子さんは、そう返事をした
それから藤宮さんは、オレたちを無視して美智を見る
あなたが、みすず様の警護役ですか
美智は、スッと頭を下げ
工藤美智と申します
藤宮さんは、美智の様子をジッと見て
うむ立ち振る舞いは良いちゃんと鍛えていることが判る品も良いし真っ直ぐに育っている
美智を見ただけで、分析する
これは、工藤氏の教育によるものではありませんねみすず様のご指導でしょう
藤宮さんは、そう結論を出した
はい美智は、あたしの警護役としてうちの学校に入学させましたなるべく、あたしの側に居るように申しつけて、一流のものに触れさせるようにしています
美智を、超お嬢様女子校に入れたのはみすずだったんだ
小さな時から一流のものに出会って、一流の人たちに混じっていなければ本当の品は身に付きませんから
みすずは、この小柄な3つ年下の武士娘を本当に愛しているんだ
工藤氏は、一流のスキルを持っているお方ですが残念ながら、気品に欠けますその欠点さえなければ、今のように裏方専門でなく、表のトップにもなれるお方ですのに
藤宮さんが、残念そうにそう言った
申し訳ございません父は裏の仕事が好きなんです
美智が、恥ずかしそうに答える
裏の仕事は、柄の悪い方々と交渉していかなければなりませんから工藤氏も、自然にそういう態度になっていかれるのでしょう長く身を置けば、それだけ立ち振る舞いに品の無い人間になっていってしまいます
ですから、美智は早い段階で工藤さんから引き離しました
技のお稽古こそは、工藤さんに付けていただきましたが日常生活の大半は、あたしに帯同させましたから
的確なご判断だと思います品というものは、毎日の生活の中でしか培われませんから
藤宮さんは、そう言った
きっと、3年後には、素晴らしい警護役に育っているでしょうね谷沢チーフの眼に適うような逸材に成長していることでしょう
いいえ、美智は香月セキュリティ・サービスには属しません
みすずは、はっきりと言った
美智は、ずっとあたし専属の護衛です
はいわたくしは、みすず様にお仕え致します
藤宮さんは
そうですか残念ですわね香月セキュリティ・サービスに属するということは、香月の家に忠誠を誓うということと同じことですが確かに、みすず様だけの家臣というのも、必要なのかもしれませんね瑠璃子様には、美子さんがいらっしゃいますし
はい、ですからみすずには美智が必要なんです
瑠璃子さんは、三つ年上の美子さんをお付きにしている
みすずは、逆に三つ年下の美智を護衛役として側に置く
何かあったら、いつでもわたくしに相談なさいあなたが、香月セキュリティ・サービスの人間でないとしても香月の家を守る後輩ですから
藤宮さんが、優しく美智に言った
もっとたくさん食べて、身体を作りなさい今のままでは、持久力が足りないでしょう
はいありがとうございますあの、藤宮様
何でしょう
一度、わたくしに稽古を付けていただけませんか
わたくしに
はい氷の剣士と呼ばれる藤宮様の技を、拝見させて下さいませ
美智が、藤宮さんに頭を下げる
わたくしはもう一つの、通り名の方が気に入っています
藤宮さんが、グッとステッキを握りしめる
一度と言わず時間のある時は、何度でも相手を致しますわなぜ、わたくしが撲殺剣士と呼ばれているのか技の全てを見せてあげるわ
撲殺剣士
まさかそのステッキで、殴り殺すのか
藤宮さんは、剣士として一流の力を持っていらっしゃるのにどうして刀剣をお使いにならないのですか
みすずが、尋ねる
今の時代の警護には刀剣類は、相応しくありません
藤宮さんは、答えた
刀で肉体を切れば、血が出ますしそうなると、複数の人間との戦闘には支障が出ます血で滑ることもありますし、刀の切れも悪くなります何度も振るっていれば、どんな名剣でも刃こぼれしますし、折れたり曲がったりします何より、刀での闘いは惨いです警護対象である、名家の方々にお見せするべきものではありません
藤宮さんは、自分のステッキを見る
ステッキとは、西洋では剣を持ち歩く代わりに使用されたのが起源ですそもそもは武器なのですしかし、現代ではステッキを持ち歩くことは、武装しているとは見なされないでしょうそこに、ステッキの利点があります見た目も優美ですし
藤宮さんがステッキの柄に、そっとキスする
このステッキは特別製で重さが3キロあります特殊な合金製で、絶対に折れたり曲がったりすることはありませんわたくしは、このステッキの打撃力が気に入っています
打撃力
賊が、防弾チョッキを着けていてもわたくしのステッキの打撃力ならば、骨折させ戦闘不能に追い込むことができます素早く、打ち払えば警護対象者に気付かれることなく、賊を倒すことさえできます
だから、撲殺剣士なのか
わたくしたちは警護人です暗殺者ならば銃器を使い、血が流れることも恐れないのでしょうがわたくしたちは、血が流れることを徹底して避けなければなりません警護対象者の方の血はもちろん、わたくしたち自身さらには、賊さえ血を流させない赤い血を、警護対象の方に見られてしまうということは、わたくしたちの仕事では恥辱を意味しますですから、わたくしは打撃に全てを掛けていますわたくしの全力の一撃で、砕けぬものはございませんから