さっき、ミナホ姉さんは一流の名家に属する人でも、上品な人と下品な人がいると言った
その違いが何なのか実際に観て、考える
吉田くんだけじゃなく、あなたたちもよ
ミナホ姉さんは、オレだけでなく今までジッと話を聞いていた年下組の子たちにそう言った
うん、やってみる
メグ、マナ、美智がそう答えると
ふーん、あんたって、本当に人に何かを教えるのが好きよねそれで、先生になったわけ
雪乃はそう、ミナホ姉さんを評する
ミナホ姉さんの顔が、クッと陰る
ジロッと、雪乃を睨むが
違うよミナホは、学校の先生には向いていない性格だよ
そうだよね先生は、自分の気に入った子にしか教えてあげないもんね
寧さんも、意地悪そうにミナホ姉さんを見る
気に入った子に対しては、とことん教育してくれるんだけれどさ
確かにミナホ姉さんは、クラス全員に等しく教えるっていうタイプじゃないかも
学校の先生じゃなくて家庭教師向きなんだよガヴァネスとかの方が合っているんじゃないかな
何です、ガヴァネスって
昔、イギリスの貴族の子供たちに初等教育を施した、住み込みの家庭教師のことさ
ああ、ミナホ姉さんは、そういう方が合っているかもしれない
あなたたち、覚えておきなさいね
ミナホ姉さんは、少しご立腹のようだった
克子姉が、コーヒーのカップを持って戻って来る
はい、あなたの分よ
オレはカップを受け取る
ミナホ姉さんにさもうすぐ開場だから、来客を見て品格の違いをよく観察しろって課題を出されたんだよ
オレは、そう説明した
そうねあたしとお嬢様には、苦難の時間になるわね
今日の観客の中には黒い森の顧客だった人も来る
自分の娘や孫が踊るのを楽しみにして来た名家の人たちはここで、娼館の女と会うとは思っていないだろう
無視されるか警備本部を通じて、出て行く様に言われるかもしれない
あたし3階席の隅っこの方へ行ってようかしら
克子姉は、気弱な感じでそう言った
今日の発表会は全席自由席だし満席になるほどのお客様は来ないから、3階には誰も上がって来ないと思うのよ
紺碧流の家元の会ったって、基本は子供たちの踊りの発表会だもんな
親族か友達しか観に来ないわけだし
今日の出演者の中には、加奈子さんみたいに芸能人の娘さんもいるんだから芸能マスコミや追っ掛けみたいな人が入り込まない様に、香月セキュリティ・サービスの警備員がゲートでチェックしている
克子堂々としていなさい
あなたはもう、娼婦を引退したんでしょ
一生、過去に引きずられてうつむいて暮らしていくつもり
そういう気持ちはありません
なら、平然としていなさい娼婦でないのなら、ただの女でしょう
その言葉に克子姉は
お嬢様、申し訳ございません克子が、間違っておりました
ミナホ姉さんに、スッと頭を下げる
判ればいいわ
そういうミナホ姉さんも黒い森の娼館は閉ざすつもりなんだ
だから平然と、公の場に立とうとしている
この劇場ロビーは二人の戦場になる
マナちゃんは、あたしとメグちゃんの側に居てねっ
寧さんが、不安そうなマナに言った
大丈夫よマナちゃんも、メグちゃんもお洒落しているし二人が並んだら、姉妹にしか見えないから
うんあたしが警護役で、寧がお付き、美智さんがお友達にしか見えないよ
確かに、マルゴさんと寧さんは二人とも使用人ぽい、黒のスーツで揃っているし
美智はみすずと同じ超お嬢様校の制服姿で、身分保証されている
さぁって、黒子ちゃんはもう一つアイテムを増やしてみようかっ
そう言って寧さんは、バッグから黒い物を取り出した
それはカチューシャだった
丸くて黒い円盤が二つくっ付いたカチューシャ
これってネズミの国の遊園地で売っているやつですよね
はいはーい、黒子ちゃんはこれを付けてっ
びったり真ん中分けの三つ編み頭に、地味メイクに、ぶっ太い黒眼鏡
黄色と黒の大きな縞々のワンピース
これにネズミ耳のカチューシャが付いて
うん完璧だ
雪乃は完璧に場違いな少女になっている
場違いというか間違いというか
どこの世界の住人なんだお前
どうあたしの正体、バレないわよね
雪乃が、オレに尋ねた
雪乃は黒い森のみんなが苦手だから、オレに話し掛けるしかない
実の妹に話し掛けても、酷い対応をされることは判ったようだし
うんまあ、誰も雪乃だとは思わないよ
正直にそう答える
ならいいわどんな格好でもあたし
投げやりな感じで、雪乃はそう言った
あとさ、眼鏡もつけっ鼻にヒゲの生えているのがあるんだけれど
寧さんが、バッグから鼻ヒゲ黒眼鏡を取り出すが
そんなの嫌よあたし、イロモノじゃないんだからっ
雪乃はそう怒り出す
いやすでに充分、イロモノだろう
イロモノでなければ、何なんだ
まもなく開場しまーす出演者は、楽屋に戻って下さぁい
紺碧流の受付の女性が、大きな声で叫ぶ
はい、急いで下さぁいお客様、外でお待ちでーす
すでに劇場前に客が来ているのか
ロビーで最後の練習をしていた子たちが、急いで楽屋に戻って行く
それらの子のお付きと護衛役も
子供の衣装を持ったり、練習に使っていた音響器具を抱えて、ロビーを出る
舞台の方からは、黒衣の格好をした人が顔を出す
劇場内、オッケーです緞帳も下りてます
楽屋の方からも、女性が走って来る
出演者、全員楽屋に入りました
受付のチーフらしい人が宣言する
それでは開場します
劇場の正面の扉が開かれる
すぐに30人くらいの人が、ワッと入場して来た
受付の人たちも紺碧流のお弟子さんたちなんだろう
一斉に、大きな声で来客に挨拶する
いらっしゃいませチケットを拝見致しますっ
花束を抱えた観客
踊りの会ということで、華やかな和服で来場した婦人
みすずや美智と同じ制服の女学生たちもいる
ロビーが一気に華やかになる
受付でこっちに向かって、手を振っている二人は
やんわりとした穏やかな笑顔で、ニコニコ微笑んでいる美女
そして、天使みたいに可愛い幼女
このコンビは
渚と真緒ちゃん
ちょっと、待ってねぇ
待っててぇぇ
二人は受付を済ませると
パタパタとオレに向かって、走って来る
渚が、オレに抱きつく
真緒ちゃんが、オレの足にしがみついた
えへへ来ちゃった
真緒も来ちゃった
親娘二人して、オレにニッと微笑む
大丈夫だったか
昨日から全然、連絡が取れていなかったから