お兄ちゃん、大好きだよ
マナがオレの耳に、そっと囁いた
それから次々に、少女たちが踊っていく
うん、これぞ正しく家元の教室の発表会に相応しい見事な踊りばかりだった
出演者は、みんな10代後半の少女たちで綺麗な子ばかりだった
20代の人は、この発表会には出ないのかい
オレは美智に尋ねてみる
20歳を越えるとお教室ではなく、家元先生の踊りの会の方へご出演なさることになりますから
子供向けの日舞教室とは、別に大人のお弟子さんのための踊りの会があるんだ
そちらはまた別の意味で、華やかになりますから
何が華やかになるんだ
オレの言葉に美智は答えた
踊りの衣装からして違います大人の会は、名取り以上の方しか出演できませんし
ああ、判った
もう、発表会に掛かるお金が段違いになるんだ
そうだよな、みんなお金持ちの家のお嬢さんたちだもんな
この日舞教室の発表会は、ほほえましく観ていられるけれど
大人の会は、ちょっと怖そうだ
みすずはずっと、日舞を続けたいんだろうな
オレはそっと呟いた
はいみすず様は踊りを愛していらっしゃいますから
もし、みすずがオレと付き合うことで、香月の家を追放されたとしたら
紺碧流の家元の教室は、辞めなくてはいけないだろう
ここは香月閣下の影響力が強すぎる
しかも、今の聞いた話だと日舞を続けるのにも、お金が掛かるみたいだし
オレそんなに稼げるだろうか
みすずが安心して、日舞を続けられるほど
メグが、オレの顔を覗き込む
うんうん何でも無い
経済的なことは、今は考えないでおこう
オレは2階席を見上げる
みすずの閣下の決めた婚約者
司馬貴彦か
楽しそうに横の青年と話をしながら舞台を観ている
うん真面目そうな、お坊ちゃんだ
家柄良し、顔良し高身長、多分、学歴も良いんだろう
オレとは、比較にならないぐらいのハイレベルな青年
こいつからとにかく、みすずとの結婚権を奪わないといけない
どんな手を使っても
話は、それからだ
ヨシくんそろそろ、みすずさんたちの番よ
はい美子さん、瑠璃子様、みすず様の順で踊られます
色んなことを考えているうちに
みすずたちの踊る番になる
何かドキドキしてきたぞ
楽しみだよねお兄ちゃん
楽しみとかっていうより
とにかく、何もトラブルが起こらずに、無事にみすずが踊ってくれることを祈る
みすずには、悔いなく精一杯踊って欲しい
思わず、溜息が零れた
どうしたのよ
ん何か、ちょっと心配で
みすず緊張していないだろうか
たくさんの観客に呑まれたりしないだろうか
そう言えば観客席は、すっかり満員だ
こんなにたくさんの人の前で踊りを披露するなんて
オレならビビッて縮み上がると思う
大丈夫かみすず
どうしたのよそわそわして
だってもうすぐ、みすずの出番だから
お兄ちゃんが緊張することは無いでしょ
そうよ、馬鹿じゃないのあんた
雪乃にまで、笑われてしまった
ご主人様は、心底みすず様を愛していらっしゃるのですね
ご安心下さい、ご主人様
美智は、後ろからオレの首筋を手で触る
大きく深呼吸なさって下さい
美智に言われるまま大きく息を吸い、吐く
何も問題はございませんよ
美智は言った
ご主人様のみすず様です
オレのみすず
みすず様は本当に強くなられました
物凄く暑いですそして眠いデス
私の知り合いが、数年の前、某超有名ロックスターのコンサートにダンサーの一人として出演しました
それは、5万人の観客の前で行われた大きなコンサートで
彼はそのロックスターのフェイクの役を受け持っていました
コンサートが開演して最初に、帽子で顔を隠した彼が迫り上がって登場します
お客さんは、当然彼をロックスター本人だと思う
すると、少し離れた場所からまた顔を隠した別の人が迫り上がって
数人のフェイクのダンサーが迫り上がった最後にロックスターが登場するという演出だったそうです
彼はその最初に登場する役を仰せつかったわけで
でも、やっぱり初回のコンサートの時は、5万人の前にいきなり登場すると、ついビビッて腰が引けてしまったそうです
とその出番が終わった途端に、彼はいきなりスタッフに呼び出されて
ボスが呼んでるから付いてこい
そしてロックスターの楽屋へ連れて行かれたそうです
スターは、彼を見るなり
あんさぁいきなり、眼の前に人が5万人もいたら、ビビッちまうのは判るんだけどさぁそれじゃあ、やっぱマズイっしょ
はいすみませんでした
そこんとこよろしくぅ
彼曰く5万人の観客より、そのロックスターに呼ばれた方がビビッたそうです
235.スタンディング・オベーション
総出演者50人の紺碧流家元の日舞教室発表会もそろそろ、クライマックスに近付く
プログラムでは、一番最後に家元の紺碧撫子先生が踊ることになっている
その前が家元先生の孫娘である愛美さん
愛美さんは、紺碧流の家元継承者候補ということだから、この二人の踊りは別格の扱いだろう
本来の日舞教室に通うお弟子さんたちの発表会という意味ではこの後の3人が最後の踊り手ということになる
美子さん、瑠璃子さんそして、みすずという順
つまり香月家の孫娘たちが、今日会場に集まった政財界の重鎮たちに披露される
美子さんもどこかの名家の人なの
もちろんです香月様の側近の一人小森様のご息女ということになっています
なっている
香月様のお子という、噂もございます
閣下はみすずと瑠璃子さんを、自分の暗い楽しみのために歪めて育てた
二人が生まれる時期2歳の年の差まで、閣下の指示通りだ
ならばお付きとして、子供の頃から瑠璃子さんに仕えている美子さんも、閣下の計画の中で誕生した可能性がある
現在18歳、高校3年生の美子さん
17歳、高校2年生のみすず
15歳、中学3年生の瑠璃子さん
始まるわよ
そしてまずは、美子さんの踊りが始まる
照明ライトの白い光の中の美子さん
三味線の生の演奏が空気を振るわせる
うわっ華やか
マナが感嘆する
赤い着物に、カツラを付け白く顔を化粧した美子さんは
さっきまでの瑠璃子さんのお付きの控え目な人とは、まるで別人だった
こんなに存在感のある人だったんだ
普段は瑠璃子さんの前では、なるべく自分の気配を消しているんだろう
それは美子さんの意図的な行動で無く子供の頃から、そうするのが当たり前だとして生活してきたから