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愛美さんの踊りを真剣に観ながら瑠璃子さんも、みすずの話を聞いている

ですから家元先生は、あたしたちに踊りに向き合う時には、まず心と身体を解き放ちなさい普段、着込んでいる偽りの衣服を全て脱いでしまいなさいとおっしゃられています

こうやって舞台袖から観ているとよく判る

愛美さんは、完全に劇場全体の空気を掴んでいる

愛美さんが発している気と全ての観客が、愛美さんに集中する気が等しく吊り合っている

舞台の場の重さと、観客席の場重さがイコールになる

一人の少女の踊りにこんなにたくさんの人たちの心が呑まれている

あたしたちは、まだ未熟ですから脱いでいくことだけで手一杯ですでも、愛美さんは本物の舞踊家だから全部脱ぎ捨てて、裸になった上でさらに演じる人物の服を着るんです

今、踊っている愛美さんは全然、愛美さんに見えなかった

さっき話していた人とは全く、別の人間としか思えない

いや現代の日本に生きている少女ではなくなっている

踊りのストーリーの中の大昔の時代に生きていた女性に成りきっている

初めて見るその人物はとても、魅力的だった

愛美さんではないその魅力的な女性が、舞台の上で舞い踊る

わたくしもあんな風に踊りたい

わたくしでない、わたくしになってみたい

瑠璃子さんもやはり

香月の家の娘として強いられる生活に苦しんでいるんだ

かつてのみすずの様に

瑠璃子さん次第ですわ

あたしは変われましたいいえ本質的には、何も変わっていませんあたしが脱ぎ捨てたのは、偽りの衣服の方であたしの旦那様は、裸になったみすずをそのまま受け入れて下さいましたから

みすずの言葉に瑠璃子さんが振り向く

あたし旦那様の前では、いつも裸ですとっても気持ちいいですもう、離れられません

みすずが、オレに寄り添う

そして旦那様もあたしの旦那様は、いつでも誰に対しても裸のままでいてくださる方なんですあたし、大好きなのっ

みすずが、オレの胸に頬ずりした

瑠璃子さんは、何も答えなかった

少し考え込んだ顔をして

それから、再び、愛美さんの踊りに眼を戻す

愛美さんの時空を越えた表現力の踊りは続いている

水の流れの様に

何一つ、滞ることなく愛美さんの踊りが終わる

愛美さんが最後の礼をした瞬間

場内は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた

オレとみすずの事件は、完全に吹っ飛ばされた

愛美さんには小さな子供たちが、花束を持って来た

若い男性が来ないのはみすずや瑠璃子さんと同様に、愛美さんも男性との自由な交際が許されない立場だからだろう

花束を抱えて、愛美さんがもう一度客席に礼をする

再び大きな拍手が、劇場内に涌き起こった

歓声に押されるようにして愛美さんが、舞台袖に戻って来る

素晴らしかったわ愛美さん

みすずの言葉に、愛美さんは

愛と勇気ですみすずさんの言葉で、何かフッ切れました

そう言って、笑ってくれた

いつもより、伸び伸びと踊れていましたね良い踊りでしたが慢心してはいけませんよ

声に振り向くと紺碧流家元・紺碧撫子先生が、舞台衣装で立っていた

そうだ、今日の会の締めとして

この後、家元先生が踊る

はいお祖母様

愛美さんが、祖母に頭を下げる

撫子先生お騒がせする様なことを致しまして、申し訳ございません

みすずが家元先生に深く詫びる

あら何かありましたっけ

撫子先生は、とぼけてくれた

あたしもう、お教室には通えなくなるかもしれません

閣下の逆鱗に触れて、香月の家を追われることも覚悟している

オレは、みすずの手をそっと握った

いままでありがとうございました先生のご恩は、一生忘れません

みすずは閣下によって、オレと無理矢理引き離されるという可能性を全く考えていない

何があってもオレの側にいるつもりなんだって、はっきり判った

撫子先生は

みすずさん和服の着物って、人間の身体を包み込む様な構造になっているでしょ

家元の突然の言葉に戸惑う、みすず

踊っている時に、踊り手はついつい自分の肉体の状態に気を取られるけれどお客様から見えるのは、着物を着た踊り手の身体のラインなのよ

家元先生は、ニコッと微笑む

だから着物のラインをはっきりと見せるように工夫して踊ってみなさいそれから廻り込む時に、足の親指にもっと集中してそこに軸があると思って

撫子先生

やめる必要はありませんそうねもしもの時は、あなたのお月謝は出世払いでいいわよこれからも、いつも通りお稽古にいらっしゃいそれだけ踊れるんですもの、もったいないわ

撫子先生は、そう言ってくれた

みすずが、感激している

瑠璃子さんに美子さん愛美さんまで

あなたお名前は

家元先生がオレを見た

ここでは、そう答えるしかない

みすずさんを助けて上げて下さいね

はい、絶対に幸せにしますっ

その間に舞台上のセッティングが終わったらしい

では行ってくるわね

若い弟子たちの見守る中撫子先生が、舞台へと進んでいく

分量少なめで済みません

次話で日舞の会は終了です

香月閣下との対決編に入って行く予定です

劇場編ではできなかったエッチ・シーンもそろそろ増えていきます

長らく、お待たせしています

今日も遅刻寸前です

237.終演

撫子先生が口伝を下さった

みすずが眼に涙を溜めている

日本舞踊の世界には、教則本とか奥義書みたいなものは無いんです大切なことは、全て師から弟子へ直接、口伝えで教えていただきます

みすずが香月家を追われ家元先生の教室を辞めなくてはいけなくなるかもしれない現状で

それでも、撫子先生がみすずに口伝を下さったということは

良かったですわねお姉様撫子先生は、お姉様をご自分の弟子と認めて下さいました

瑠璃子さんが、そう言う

みすずはもう、政財界の子女のための日舞教室に通う生徒さんではない

撫子先生の正式にお弟子さんに認められたのだ

だから、月謝も出世払いで良いと言ってくれた

香月の家とは関係無くこれからも、みすずの指導をして下さると

みすずが、オレの胸の中で泣く

みすずが一生懸命、頑張ったからだよそれが、撫子先生に伝わったんだよ

オレの言葉に、みすずはうんうんと頷いた

正直ちょっと、羨ましいですねえ、美子

主人と3つ年上のお付きの少女が、笑い合う

二人ともみすずのために微笑んでくれている

ほらもう泣かないで撫子先生の踊りが始まるよ

潤んだ瞳を輝かせて、オレを見上げた