瑠璃子さんは、そう言ってくれた
お兄様もお花、ありがとうございます
オレにも、そう言って微笑んでくれる
瑠璃子さんの手にはオレとみすずからの2本の薔薇が握られている
美子このお花は、ドライフラワーにして大切に残しておきたいわ
それは良いお考えですね
そんなに喜んでくれて良かった
みすずオレ、そろそろ客席に戻るよ
みすずも瑠璃子さんも、まだ舞台衣装のままだし
顔も白くメイクしている
楽屋の片付けなんかもあるんだろうし
オレが居るのは邪魔だろう
観客席のみんなのことも心配だし
旦那様今は無理ですっ
みすずが、強い眼でオレにそう言う
そうですよっお兄様
瑠璃子さんまで
ていうか何が無理なの
今はまだお客様が残っていらっしゃいます今、観客席へ戻られたら、旦那様は皆様の注目を浴びることになりますよ
オレは瑠璃子さんの踊りの後に、スタンディング・オベーションのパフォーマンスを仕掛け
誰もが花を捧げてはいけないことになっていた香月家の娘であるみすずに、花束を手渡しその上、みすずに抱きつかれて、二人で舞台袖に消えた謎の男だ
みんなオレの正体を知りたがっているだろうし
いや、オレを半殺しにしたいやつだっているだろうな
特にみすずの婚約者とか
しばらくはあたしたちの楽屋に隠れていらしたら良いと思います
でも3人とも着替えとかがあるだろ
みすずはともかく瑠璃子さんと美子さんは、男の居る部屋で着替えるのは嫌だろう
あら、構いませんわ
黒森様は、お兄様ですものちょっと恥ずかしいですけれど、気には致しませんそうよね、美子
はい黒森様は、みすず様がお心を許したお相手ですから信頼しておりますわ
そういうことを信頼されても困る
まあ、ずっと眼を瞑っていろと言われたら、そうするけれど
それにわたくしたちは、これからシャワー室へ参りますし着替えも、そちらで行いましょうか
そうですわね、瑠璃子様
顔にお化粧していますし舞台のライトの光は、熱いですから着物の下は、汗でベットリなんです
すぐにシャワーを浴びてきますから旦那様は、楽屋でお待ち下さい
それはいいけれどでも、ミナホ姉さんたちに連絡したいな
楽屋から携帯でお電話したらいかがですロビーでしたら、電波が届いているはずですから
そうするか
はい客席にお戻りになる必要はございませんわ
背後から不意に、そんな声がした
背筋がゾクッとする
これは殺気だ
お二人を、閣下がお待ちになっていらっしゃいますから
振り向くとにたぁっと微笑む、美女が立っていた
香月閣下の三人の専属警護人の一人
確か関さん
さっき、突然閣下に話し掛けた男を一撃で倒した
みすずが関さんを睨んだ
今、申し上げた通りですわたくし閣下から指令をいただいて参りましたお二人を、お連れするようにともし、抵抗なさった場合は男の方の首をねじ切っても構わない死体にしてでも連れて来るようにと、命じられております
関さんがオレを見る
オレを殺してでも連れて来いって
それでどうなさいますか
関さんの美しい顔が、微笑む
どうするって何をですか
オレが尋ねると関さんは
あら、残念抵抗なさるんですね
関さんの身体がオレに近付く
殺される
そう思った瞬間
オレと関さんの間に小柄な人影が飛び込んで来る
そこまでです
あら気配を殺していたの、あなた
美智の登場に関さんは、口元をニッと歪める
違うわねあたしに気取られないで接近するなんて、普通の人には無理だものあなた、何だか面白そうな子ね
工藤流古武術の奥義は、敵の気を反らし、集中を外すことにある
すでに関さんは、工藤流を掴み始めている
美智、やめろ
それ以上、手の内を見せるなこの人には、全て見透かされるぞ
美智は関さんを睨んだまま
ですが全力で立ち向かわねば、この方は倒せませんっ
関さんの発する殺気に美智は、怯えている
倒さなくていいんだっ
美智が驚く
それが、この人の手だ自分から殺気を放って相手に攻撃させるそれで、正当防衛で相手を叩きのめすんだろうこちらから、攻撃したら負けだ
オレの言葉に関さんは、驚く
あらあなたみたいな男の子に見抜かれるなんて、わたくしも焼きが回ったみたいですね
関さんから殺気がスッと消える
美智も釣られて、構えを解いた
判りました閣下には、わたくしから報告しておきます
ニコッと微笑む関さん
件の少年はどうしても、抵抗を止めなかったと
瞬間殺気を消したまま、関さんの身体がオレに向かって飛ぶ
ドンッ
舞台全体が揺れた
な、何地震
舞台の中の方から、働いていたスタッフの驚きの声が聞こえる
見てみろよ、照明のライトが揺れてるぜ
でも、地震にしては短すぎるよな
外で、爆発でもあったのかな
いやそうではない
オレの眼の前に
ブッ太い特殊金属製のステッキが
ステッキの先は舞台袖の柱を抉って
穴を開けて突き刺さっている
やり過ぎですよ、藤宮さん
関さんが不機嫌な表情をして、同僚を見る
関さんによる、オレへの攻撃を止めるために
藤宮さんはステッキで思い切り殴りかかったらしい
関さんを
そして、関さんがギリギリで避けたために
ステッキの先が、劇場の柱を突き込んだらしい
もし、その鈍器がわたくしに当たったら、どうするつもりなんですっ
関さんは藤宮さんに、強く抗議する
あなたのお葬式には、100万本の薔薇を用意するよ
藤宮さんは、平然とそう言った
柱からステッキを引き抜き再び、正眼で構える
それよりやりすぎなのは、君の方だろ関さん
オレたちと関さんの間に入ってガードの体勢を作る、藤宮さん
わたくしたち警護人の仕事の本分は守ることだ君はいつから、暗殺者になったんだい
藤宮さんの言葉に関さんは
ちょっとしたサービスですわ閣下は、それをお望みなんですから
閣下はオレを殺すことを望んでいる
そうでなければわたくしのような女に、抵抗したら、首をねじ切っても良いなどとご命令はなさらないでしょう
藤宮さんはクッと鼻で笑う
抵抗したらってその子は、全然、抵抗なんてしていないじゃないか
それは見解の相違ですねわたくしには、とっても抵抗なさっているようにしか見えませんけれど
おい、ちょっと待て
抵抗していませんつーか、まったく、全然、少しも抵抗する気はありませんからっ
オレは、はっきりと断言する
と彼は言っているけれど
口では何とでも言えますわ