閣下が、ニヤリと微笑む
閣下直々の縁談となれば香月グループの中の家は断れないだろう
自分に特別の恩恵を施してくれると知って司馬貴彦の顔が、明るくなる
ほう誰か、見初めている子がいるのかな
閣下の言葉に、司馬貴彦は
あの閣下、それはあの、例えば瑠璃子さんとかでは、ダメなんでしょうか
にやけ顔の司馬貴彦
瑠璃子さんは、その言葉にひっと怯える
次の瞬間閣下の顔に怒りが走る
君、分をわきまえ給えっ
はっあの、申し訳ございませんっ
瞬間沸騰した閣下の怒りに司馬貴彦は驚く
瑠璃子は、香月家の嫡男の娘だぞ正統な香月家の後継者だ君の様な外様の息子の若輩者にくれてやるわけがないだろうっ臣下の分際で、何という不敬をっ
す、すみませんっし、失礼を致しましたっ
司馬貴彦は椅子からワッと飛び降り、床に土下座するっ
申し訳ございませんっ申し訳ございませんっ申し訳ございませんっ
床のカーペットに額を擦り付けて必死に謝り続ける、司馬貴彦
もういいっ下がりたまえ君には失望したよっそこまでの身の程知らずとは思っていなかった
閣下は、湧き上がる怒りを無理矢理に抑え込む
とにかく君とみすずとの婚約は破棄する幸い、この件は外には漏れていないから、婚約解消となっても何も問題はあるまい君の父上には、私から話をするいいなっ
では他の友人たちの待つ部屋に戻り給え今の不敬な発言については、忘れてやる今後も勉学に励めいいな
はい閣下
司馬貴彦は、がっくりとうな垂れている
何をしている私は、この部屋から出て行けと言っているんだよっ
はっただ今
へろへろとなりながらそれでも司馬貴彦は立ち上がり、外へと続くドアへと向かう
これからも香月の家に忠節を尽くし給えそれが君の生きる道だ
閣下は、司馬貴彦にそう言った
き、肝に銘じますし、失礼致しますっ
ドアを開けて、出て行く司馬貴彦
全身がブルブルと震え腰はヘロヘロになっている
まるで、逃げ出して行くとしか見えない様な不安定な足取りだった
バタン
ドアが閉まるとみすずが、オレに言った
旦那様あの方を、どう評価なさいますか
オレは人の評価なんて
何でもいいですから貴彦さんについて、思ったことをおっしゃって下さい
オレは自分で自分は努力しているなんて言う男は信用できないよ
正直に感想を述べた
だってそんなのは努力じゃないから
久しぶりに嫌な記憶が蘇る
オレの母親がそういう人間だからあたしは、こんなに努力している、あたしは、いつも努力しているって、誰でも構わず喚き散らす性格で
ああ思い出したくない
でも仕方無い
オレの母親は、店を2軒経営していてそりゃあ、女が社長をやるのは大変なのかもしれないけれどオレの母親の言う努力は、お客からクレームが来たとか店員の働きが悪いとかアルバイトが予定通りに集まらないとかお店を経営する人なら、誰だって直面する問題でそれを一つ一つ解決しなくちゃいけないのは、経営者として当たり前のことで全然努力じゃない自分で選んだ仕事なんだから
オレは、やっぱりあの人が嫌いだ
社長として、やらなくてはならないことをするのを努力と言い張り
それをこなすのが大変だからって妻として、母としては何もしなかった、あの人が
家族の中での役割を、果たそうとしないでオレや親父やバァちゃんを責め続けた、あの女が
今の人だって同じだよ香月グループのお偉いさんになりたいっていう目標は、自分で決めたんだろだったら、夢のために頑張るのは当たり前のことだよそんなの、自分から僕はこんなに努力しているなんて言っていいことじゃないんだ
オレはああいう人は嫌いだし、絶対に信用しないよ
あたしも同感ですわ旦那様
と、ニッコリ微笑んだ
お前はいつからそういう考えになったんだ
閣下がオレに尋ねる
いつからって
あの多分、ミナホ姉さんや克子姉たちと出会ってからです
ミナホ姉さんも克子姉もマルゴさんもやらなくてはならないことをするのに、絶対に愚痴は言わないですからいつも、ニッコリ微笑んで文句一つ言わずに対処していくみんな判っているんですやらなくちゃいけないことならメンド臭がってはいけないってこと
オレは姉たちの背中を見て、それを学んだ
ふむ確かに、あそこの娘たちは働き者が揃っておるからな
閣下はオレを見ているいや、上からの視線で見下ろしている
オレがどんな人間なのか、解析しようとする冷たく、鋭い視線
お祖父様はどうして、あんな脆弱な方をあたしの婚約者にしようとなさったんです
みすずが祖父に言った
お前自身は、どう思う
祖父は、質問に質問で返した
貴彦さんのお父様司馬さんが香月グループの中で担当なさっている部門は全てここ数年で大きく成長した分野ばかりで、現在のグループの中では大きな勢力を持っていらっしゃいますいずれは、企業グループの経営陣のトップになられるかもしれませんですから司馬さんの息子さんと香月一族の娘であるあたしを婚約させようという話が起こるのは理解できます
何だちゃんと判っているんじゃないか
閣下は、フンと鼻を鳴らす
貴彦くんの父親司馬沖達くんは、有能な人物だあれほどの人材は、私の企業家生活の中でも出会ったことはないあの通り、息子は少し頼りないが彼に任せておけば、香月グループは安泰だよだから、お前と貴彦くんの婚約は必要だったんだ
閣下は、わざと過去形で言った
みすずとオレのせいでこの婚約が壊れてしまったことが、大変なダメージだと言わんばかりに
しかし司馬さんは名家のご出身ではありません司馬さんは、お一人のお力で現在の地位にまでご出世なさってきた方香月家にとっては、新参の外様の家臣というべき存在です香月家の分家や名家の血筋を引かれる方たちからは、決して好かれてはいらっしゃいません
あたしと貴彦さんが結婚すれば司馬さんの勢力が強化され、古くからの血筋の方々と全面戦争になります香月グループが真っ二つに割れます
閣下は何も答えない
ただ不機嫌そうな顔でみすずを見ている
また司馬さんは、野心家というお噂もあります香月の家臣として我慢なさっておられるお方では無いとこのままでは
閣下が割り込む
その結果どうなろうと私は関知しないよどうせ、その争いが起きる頃には私は死んでいるいやみんな、私が死ぬのを待っているんだよ私が元気なうちには、家の中に争いを起こすべきでは無いと思っているのだから
閣下の不機嫌は、ますます強くなる
側に居る、関さんと藤宮さんがそわそわしている