夜見子がそう言う
良いところよね山1つ、丸ごと境内だし厳かな雰囲気があって、なかなか趣のある神社みたいね資料で見たわ
ああヤクザに乗っ取られた今の鷹倉神社には、鷹倉家の分家が住んでいるんだっけ
月子たちは生まれ育った神社に帰れなくなっている
昨日の京都での会見も鷹倉神社ではない場所で行われたのだろう
おそらく鷹倉姉妹はあらかじめ香月セキュリティ・サービスの警護員によって保護され、京都の香月家の別宅でジッちゃんと対面した
なぜ、巫女の修行が娼婦なのでしょう
不意に助手席の美智が、そんなことを言った
わたくしはずっと、そのことを考えております
聖なるものは俗なるものを全て呑み込んで、なお聖でなければならないからよ
本当に厳かな雰囲気のある神社とか、ヨーロッパのキリスト教の大聖堂とか行ってみると、そこが聖なる場所だってことが誰にでも感じられるわ文字通りの神域よね清らかな空間
オレは森の中の由緒ある神社とか、石造りの壮麗な大聖堂を想像する
うん、確かに神聖な雰囲気というものがあるよな
でも、そういう清らかな空間に人間がお参りするということは、俗っていうか、日常生活の汚くて邪なモノを持ち込んで来るってことでしょ
軽やかにハンドルを回しながら翔姉ちゃんが言う
参拝者が神様にお願いするのは結局欲なんだから家族がみんな健康でありますようにとかならまだいいけれど、志望校に受かりますようにも、まだ可愛い方ねお金持ちになりますようにとか好きな人が振り向いてくれますようにレベルだと、正しく欲望でしょ嫌いな上司が失脚して、リストラされますようにとか
確かに清らかな神域に、参拝者が持ち込むのは、邪な欲望だ
そんな欲ばかりが放出されたら清らかな空間も、どんどん汚れていってしまうわ
実際に、そうなってしまっている神社やお寺とか、日本にはいっぱいあるしね本来は清らかな神域だったはずなのに聖なる雰囲気が、完全に失われてしまった場所が観光地化され過ぎちゃって、境内中に訳の判らない石碑がタケノコみたいにあっちゃこっちゃに置かれてたりして
鷹倉神社は、そんなことはありませんわ
夜見子は、そう言うが
新しい神主次第では今後、どうなるか判らない
今の鷹倉神社には正統な神主と巫女が不在なのだから
でも本当に神域であることを保っている聖地は、どれだけ参拝者の邪念を持ち込んでも聖なる雰囲気を崩さないわそれどころか、参拝者たちにまで、聖なる気持ちにさせるのよあらゆる邪を全て呑み込み聖に帰すそれが、本物の聖地よ
そうか聖地で邪念を捨てて、参拝者は清らかな気持ちになって戻って来る
捨てられた邪念も聖地は、受け止め、祓い清める
鷹倉家の巫女というのも、本当はそういう存在なんじゃないかしら
巫女に頼って来た人を受け止め、邪念を吸い込み代わりに清らかな気持ちにさせてくれる
それってセックスでってこと
閣下が、神聖娼婦というお話をなさっていたでしょ日本でも、海外でも大昔から、神殿に娼婦が居たのよ神様にお参りするついでに娼婦を抱く聞いたことないかしら娼婦を抱いて、厄払いするっていう考え方もあったのよ
セックスの力というものは、信仰の対象だから日本でも、お守りとして浮世絵の春画を着物の中に隠して持ち歩くみたいな文化もあったし
翔姉ちゃんはそう言う
だからさっき、あなたが彼女たちに言ってたみたいなどんな男とも、望まれたらセックスするみたいな感覚は巫女には必要なんだと思うわ
ミラーの中の眼が、夜見子と月子を見ている
だって、神社は参拝客を選り好みできないでしょどんな人だろうとどんな邪な欲望を抱えている人だろうとしても、神社は受け入れるしかないそして、その人の邪な思いを全て吸い取って清らかな気持ちにして帰してあげないといけないのよ
その邪を吸い取り、清らかな思いを渡す行為が巫女とのセックス
そういう考えもできるのか
そうかジッちゃんは
翔姉ちゃんが、オレに尋ねる
ジッちゃんは鷹倉姉妹を通して、オレに娼婦について考えろ言っているんだ
黒い森の娼館が再開される前に
娼婦とはどんなものなのか
あるいは、オレたちが今後目指すべき娼館は、どんなものであるべきなのか
神聖巫女である鷹倉家の巫女という実例を通してようく考えろと
これは、そういう試練なんだ
オレにとっても
ブルルルルル
翔姉ちゃんの運転席に付けられている通信機が鳴る
はい関です
翔姉ちゃんが電話に出る
了解プランDで行くわよろしくね
オレたちという囮が、繁華街を走り回ったことで
敵が、食い付いてきたのか
枕をテンピュールに替えたら首や腕の痛みが、大分引きました
ということはやっぱり、首がおかしいのか
662.レッツゴー
オレたちの車は繁華街を離れる
町の灯りが減り一気に周囲が暗くなる
後ろを振り向かないで尾行車、3台よ
運転席から、翔姉ちゃんが言った
オレはミラー越しに後方を見る
確かに、3台の車のライトがオレたちを追い掛けて来ている
そろそろ仕掛けて来ると思うわ
月子安藤たちヤクザとは、ここで縁切りすることになるけれど、構わないよね
オレの問いに、月子でなく夜見子が答える
あの人たちは、これまでわたくしたちに本当によく仕えて下さいましたわ
具体的に何をしてくれていたんだ
わたくしたちやお父様、お母様の警護やどこかへ出掛ける時には、供をしてくれました鷹倉神社の祭礼の時にも、色々と手を貸してくれましたし
そういう人員的なことだけでなく、金銭的にもヤクザたちは鷹倉神社を支えてきたのだろう
安藤風伍さんは関西雷神鳳会から、鷹倉神社の警護に来て下さっていた方ですわ
月子が言う
つまり、大きなヤクザ組織から派遣された下っ端だ
上層部の本心を知らない
夜見子が言う通りに、ヤクザたちが鷹倉家の人たちをしっかり警護していたのなら
なぜ、夜見子たちの両親神主と巫女は、殺されたんだ
巫女の殺害には、間違いなくヤクザたちが絡んでいる
安藤たち下っ端ではない組織の上層部の意思が
だが、もうこれからは必要ないだろう本気で、月子が娼婦になるのなら
オレは月子の眼を見る
あなたたち姉妹は今後は、オレたちが守るだから、安藤たちとはここでサヨナラだ
安藤たち下っ端のヤクザたちに、これからも鷹倉家の姉妹たちをこれからも守り続ける気持ちがあるとしても
上から彼らに指示している連中がいる限りは安全とは言えない
しかし鷹倉家の巫女は、代々あの方たちの仲裁役を果たしてきたのですここで関係を断つわけには