組織の上の人間よりもむしろ、安藤の同格のヤクザたちや、配下たちに伝えて欲しいと思う
実働部隊が、そう思い込めば月子たちは、ヤクザたちに追い回されることはなくなるだろう
処女を失い、高級娼婦になった彼女たちはもう、鷹倉家の巫女になることはできないのだから
オレの話は以上だ帰るぞ月子、夜見子、美智、車に戻れ
月子が何か言いたげだが
早く帰ってセックス教育の続きだ今夜は寝かせないからなルナも交えて、男を歓ばせる技を教えてやる
オレは、そう言いながら月子を車の中に押し込む
そして、小声で
別れの挨拶なら、もうさっきしたろ切り替えろ
セックス教育よろしくお願い致します先生
大きな声でそう言いながら、夜見子も車に戻る
最後に美智が助手席に座りバタンとドアを閉めた
30分以内に、お迎えが来るように連絡しておくわ寂しいでしょうけれど、しばらく1人で待っていなさいね
翔姉ちゃんが、そう言って車の窓を閉める
エンジンは、ずっと掛かったままだ
ヘッドライトが、カッと点った
安藤の情けない声が聞こえる
発進するわ
その声を無視するように翔姉ちゃんは、アクセルを踏んだ
安藤さん、ごめんなさい
月子はそう呟いたが車の後方に小さくなっていく安藤に振り向くことは無かった
真っ直ぐに前だけを見ている
濡れた瞳で
今のあなたとヤクザさんの会話録音しておいたわ
車を走らせながら翔姉ちゃんが言う
ヤクザ組織のネットワークに流して、拡散させるから声だけなら、ヤクザさんたちは、あなたが誰だか判らないだろうけどまあ、香月セキュリティ・サービスを代表する人間だとは思うでしょうね
安藤自身も、30分以内にヤクザ仲間に助けられることになっているから
安藤の口からも、オレの話が伝えられることになる
そして今、オレが言った大嘘が、既定事実となる
これでいいんだろジッちゃんの狙いとしてはさ
オレは翔姉ちゃんに尋ねた
最初は鷹倉家の巫女を抑えることで、関西ヤクザたちを支配下に置くのが目的かと思っていたけれど
それにしてはジッちゃんは、ヤクザたちと全面戦争をし過ぎている
東京に出張って来た連中だけでなく谷沢チーフを敵の本拠地に送り込んで、直接攻撃しているのだから
ジッちゃんの目的は鷹倉家の巫女を、ヤクザたちから解放することなんだよね
翔姉ちゃんは答えた
閣下は巫女の力が、ヤクザたちの仲裁役としてしか使われていないことにご不満なのよ
なまじ仲裁役としての立場を得てしまったからヤクザ世界に、鷹倉神社や巫女が呑み込まれてしまっていた
そうだよな巫女の力は、ヤクザとの繋がりが切れれば、もっと色んなことに使えるもんな
例えば国際的なビジネス交渉とか
政治交渉にだって使える
相手の心の内側の全てを察しこちらの意思に従わせる能力なのだから
ヤクザに独占させておくのはもったいないよいやヤクザたちだって、自分たちの世界のパワーバランスを崩さないように、巫女の力を仲裁役にしか使えていなかったし
結局持て余していただけなんだ
強大すぎる力を、どう使って良いか判らなくて
でも、巫女の力の凄まじさに怯えて
いっそのこと、抹消してしまおうと現役巫女の殺害なんていう、極端なことをやってしまった
ヤクザさんたちには、このまま鷹倉家の巫女はいなくなったと思い込んでもらうわその力を持つ者は、もうこの世にはいない
巫女の後継者は途切れてしまったと
巫女の力の詳細を知っているヤクザの親分さんたちは谷沢チーフが処理するわどうせ、下の人たちは巫女のことは漠然としたイメージでしか理解していないでしょうし
実際に、巫女の仲裁を体験した安藤の組織の大親分ぐらいしか、本当の巫女の力は判っていないだろう
上層部の数人を処分すれば後は、安藤同様修行途中に処女を失った娘は、巫女になれないというオレのデマを信じることになる
もう巫女は、途絶えたと
鷹倉家の巫女が健在であることは、閣下たち、政財界のトップの一部の人たち国の舵取り役だけが、知っていればいいわ
強大すぎる力は使い場所を選ぶ
そして巫女の管理者は、あなたあなたが、この子たちのご主人様になるのよ
ルームミラーの中の眼がオレを見る
巫女は、あなたの言うことしかきかないし、あなたにしかコントロールできないのよそういうことにするのそれなら例え、国の最高権力者が命令して来たとしても、巫女の力が必要になった時には、あなたを通さないといけなくなるあなたがいなければ、巫女は力を発揮できないそれならば
巫女はオレたちから、引き離されることはないそういう無理なことを仕掛けて来るやつはいなくなる
だから、巫女は普段は、オレたちと一緒に暮らしていて
黒森の家に巫女が居る以上どんな権力者も、オレたちを攻撃してくることは無い
むしろ、そいつらはおかしな連中から、オレたちを守ってくれるだろう
国家の非常事態に必要な力ですものね
場合によっては、戦争だって回避できる力だ
国際政治の場で巫女が全ての力を解放したなら
絶対に濫用はできないが最後の最後に使う最強の切り札として、国家の舵取り役は巫女の存在をキープしておきたいと思うだろう
ジッちゃんが言っていた保険とはこのことなんだ
月子がオレに尋ねる
黒森様はわたくしたちが巫女になれると、お考えなのですか
なれるよっていうか、するから絶対に
これは、オレたちにとってもジッちゃんから託された、大切な任務なのだ
月子か夜見子あるいはルナとにかく、3人姉妹のうちの誰か1人だけでも本物の巫女にする
ですがわたくしは
夜見子が、泣きそうな顔でオレを見る
わたくしの力は失われてしまったではありませんか
失くしたものは取り戻せばいい
オレはそう告げる
どっちにしろ、前の夜見子の力じゃダメなんだあんな程度の力に縋っていたから夜見子は、良くない子になっていたもう一度、ゼロから修行し直して、力を取り戻せ夜見子なら、できるはずだ
美智お前もそう思うよな
助手席の美智がオレたちに振り向く
はい、ご主人様のおっしゃる通りです
大きな黒い瞳が夜見子と月子を見る
あなたたちの心の中には大きな気の泉がありますそこでは気が渦巻き、煮立っています
美智の言葉に息を呑む、2人
月子様は、その気の取り出し方を判っていない夜見子様は、溜め込んだ気が間欠泉のように噴き上がる小さな穴をお持ちでそこから噴き上がる小さな力だけを使っていましたなまじ、そんな小さな力が使えるから内面の気の全てをダイナミックに使うような方法が身に付かないのです