ああ、オレにはよく判るよ
オレは、今毎日、パンを作って売っているから、ダイレクトにお客様の反応が伝わって来るから
どんなパンがお客に様好まれて、どんなパンは受け入れられないのかそれから、このパンは今ダメでも、もう少し工夫すれば、きっと売れるはずだなんていう、細かい手応えも感じられるようになった
パン屋を始めた時にオレは、ちょっと思い違いをしていたんだ
思い違い
歌晏さんが、オウム返しに呟く
そう思い違いオレはオレだって、自分だってパンとか買って食べたりするわけじゃないですかだから、お客様がどんなパンを求めているのか、判っているつもりだったんです自分も、客だったわけだから
消費者目線を持っていると思っていたということかしら
いや、そういう面倒な言葉じゃなくってとにかく、オレは自分が判っていると思っていたんですホントは全然、判っていないくせに
オレは必死で、頭の中の思いを言葉に変換していく
実際に、店をやってみたらオレが考えていたようなことは、予想していたこととは、全然違っていたんです
オレだって1人の高校生であり、オレの高校の生徒だ
だから、うちの高校の生徒ならこういうパンを作ったら、みんな喜んで食べてくれるはずだというイメージがあったプランも立てた
オレが売れるはずと思って作ったパンは、そんなに売れなかったんですよ違ったんですオレの予想と現実は
現実
そうです現実にお客様が求めているパンですそして、それが判ったらすぐに現実に則した売れるパンを作らないといけないんです
オレの言葉に、歌晏さんは
そうかしらあなたは、あなたの好みを押し通してもいいんじゃないのあなたが美味しいと思うパンを売ればその内、購買者の方があなたの味を理解してくれるかもしれないんだし
それじゃあ遅いんですよ店が潰れますビジネスにならない
お客様というのは、育てたりするものじゃないんです今、この瞬間にオレと同じ時間を生きている現実のお客さんだけが、今、オレのパンを買ってくれる人なんですそういう人たちを相手にしないと、お金がもらえません
今、学校に居る生徒が今、食べたいと思っているパンを提供しなくてはいけない
そりゃ、パンだって通好みの特別な酵母を使ったパンとか、本当ならこっちの方が美味いはずなのにっていう手の込んだパンとか色々ありますけれどでも、まずオレがどんなパンを作って売りたいかではなく、お客が食べたいと思っているパンをちゃんと提供できるようにならないとダメなんです
それは、わたくしとは考えが異なっているわねわたくしはあくまでも、自分の理想のためにビジネスをしているのよ自分のこういうものを作りたい、こういうものを売りたいっていう気持ちが大切なのよわたくしはわたくしのセンスをわたくしが素晴らしいと思うモノを、世の中の人たちに広めたいのよわたくしの理想といってもいいわ突き詰めれば、わたくしが美しいと感じる生活を世界中の人たちに受け入れていただきたいそのために、ビジネスをやっているのよ
ご意見は、よく判りましたでも
この人のビジネスには自分しかいない
歌晏さんのビジネスでは家族が養えません
家族のみんなのためには毎日、少しずつでも日銭を稼がないといけないんですそうでないと、みんなのご飯代がありません洋服代も学校に通うんだって、お金が要るし小遣いだってあげないといけないでしょ
あなた何を言っているの
歌晏さんは、眼を丸くしている
やっぱり、そういうことは考えたことがないんだな
この人にとって、会社経営はゲームでしかないんだ
旦那様は会社で働いて下さる雇用者の皆さんたちのことを、おっしゃっているんですわ
理想は大切ですけれど雇用者たちには、生活があります家族がいます経営者は、働いて下さる人たちのことを忘れてはいけないのですわ
そんなこと判っているわよわたくしにだって
歌晏さんは、口籠もりながらそう言う
でしたら経営者の理想の前に、毎日、コンスタントに利益が出ることを優先するという旦那様のご意見もご理解いただけますわね
わ、判るわよ意見としてはもちろん
でも、最近は経営者の理想だけで突っ走って、迷走しまくっている企業が多いのよね
ミナホ姉さんが、フフンと笑う
こういうサービスが提供できればいいのに、そういうサービスをすれば、お客様に喜ばれて、収益も上がるはずだって理想だけで自分の思いつきを、雇用者に無理矢理やらせて、現場をグチャグチャにしていくのよそういうサービスをやるだけの下地が、あるかどうか確認しないままに命令して現場を破綻させるのよねそのサービスを行うのに充分な雇用者を確保しないまま現場をオペ-レーションしていくためのノウハウが無いのに強行するから無理は全て、末端の雇用者だけに押し付けて
実際にお客様と向き合っている現場のことを知らない経営者が居る
そういう人が、経営者の理想だけで突っ走ったらそりゃ、現場が崩壊する
ああ、だからブラック企業というものが出来上がるんだ
そういう馬鹿な経営者の中で、政治家に転身した人が何人かいるでしょあれも、同じよ勝手な理想を夢見て、上からの命令で世の中を自分の思い通りに変えてしまいたいだけなのよ本当の現実普通の人たちが何を望んでいるかということに、全然興味を持たないままに
ミナホ姉さんの言葉に、歌晏さんは息を呑む
あなたもそういう経営者にならないように、注意することね
ニヤッと微笑む、ミナホ姉さん
ご、ご忠告感謝するわ
歌晏さんは、ムスッとしてそう答える
とにかく判りましたわ香月閣下が、黒森様をとても丁寧にお育てになられているということは
ジッちゃんが、オレを育てている
そういうわけでもないのだよ
突然、スピーカーから声がした
ここまで興味深く君たちの話を聞かせてもらったそろそろ、私が自分の言葉で話さなければ歌晏家、狩野家のお嬢さんたちには失礼ではないかと思ってね
会場内の少女たちが緊張する
今までの様子を、全て香月家の当主に見られていたということを
ミナホくんをクッションとして派遣したのは君たちを試してみたかったからだ
ミナホ姉さんの来たことで試す
君たちがミナホくんの言葉をどんな態度で受けとめるのか、それが知りたかった
ギョッとして、ミナホ姉さんを見る歌晏さん
突然、私の指示で現れたという正体不明の女性の話をきちんと聞くのか話の内容を理解しようと努めるかあるいは、完全に無視をして耳を傾けることすら拒絶するのか