お尋ねしたいことがあるのですが
オレは笑顔で、答える
黒森様はなぜ、パンを作っておられるのですか
見ると、食堂の壁のモニターにパン工房のカメラ映像が映っている ああ、美智がオレたちがパンを作る様子を、栗宮さんたちに観せていたんだな
世界中どこに行っても生きていけるようになるためです
とりあえず、美味いパンが焼ければどこへ行っても、家族を養うことはできると思いますから
オレは最近なぜ、克子姉がパン屋になろうとしたのかが判って来た 絶望的な娼婦の生活を送りながら克子姉が何を夢見ていたのかを
でも、黒森様はみすず様のパートナーでいらっしゃいますし
いずれは香月グループの要職に就かれるのですわビジネスのお勉強として、パンのお店を経営なさるのは判りますが、なぜご自分でパンをお作りになられているのかわたくしには判りませんわ
ああ経営するだけなら、パンを焼くのが上手い人を雇った方が早い この人も名家の令嬢だから、そう考えるんだろうな
世の中どうなるか判りませんから
今はオレたちは、香月家のジッちゃんに保護されています香月家の力に守られていますから、一部の敵対勢力と闘うだけで済んでいます
ジッちゃんの政財界の人たちへの影響力があるから とりあえずは、他の権力者たちに潰されずに済んでいる
でも、これから先もずっと、そうとは限りませんから
ジッちゃんは、高齢だ もし、今、ジッちゃんが倒れたらみすずも瑠璃子も、まだ若い 香月家の力の移譲は間に合わない
もちろん、ジッちゃんは色々と考えてくれていますしオレたちも、何もしていないわけではないです
ジッちゃんは、歌晏さんや他の名家の人たちにみすずや瑠璃子の保護を頼んでいるだろう 名家・香月家の血筋を絶やすわけにはいかないと助けてくれる人は多いと思う 今、香月グループの経営を任せている司馬さんだってみすずたちを見捨てることはあり得ない
だけど、最悪な状況も想定していないといけませんから
最悪な状況とは
日本政府がオレたちを潰そうと考える可能性だってありますから
黒森家の本質は犯罪組織なのだ 公安警察は、今、この瞬間もお屋敷の外に監視員を置いている
香月家ごと、オレたちを潰そうと考えるヤツだって現れるかもしれません
まさかそんなことは香月家は、日本の名家の要ですわ
栗宮さんが、そう言うが
何百年も続いた伝統ある家だからって確実に護られるわけではないですよ悪意のある人間が権力を持てば、何を仕掛けて来るか判りませんから
だから、オレたちは最悪の状況になった時は、いつでも日本から逃れて別の国で生きていくことができるようになっていないといけないんです
パンだって生き残るための技術だ
栗宮さんオレたちにくっ付いたら、栗宮流槍術を守り続けられるって、あなたは思ったのかもしれませんけれど
香月家の力に守られることで 子供の頃から名家の世界で生きてきたこのお嬢様は 香月家の力は、絶対的だと信じている だがこの世の中に絶対的な力なんてない
それは間違いですオレたちは、栗宮さんが思っているほど安泰じゃないです敵は多いですし、生き残るために必死で努力していかないといけません香月家の中から裏切り者が出て、オレたちが追い落とされることだってあり得るんです
香月家には面倒な分家たちも居る その中には、権力者と手を結んで本家を乗っ取って、黒森家を排除しようと考えているやつだって居るはずだ
もちろん、そんなことにならないように気を付けますけれど何が起きるか判らないのが世の中ですから
栗宮さんは、オレの言葉にゾクっと震える
常にファイティング・ポーズを取り続けて闘う意志を見せていかないと、家族全員、皆殺しにされますそういう世界に生きているんです
生きることは、守ること闘うこと死ぬまで、闘い続ける意志を持ち続けることですから
信念を伝える
栗宮家の中に居る方が、まだ安全ですよここは最前線ですから
笑顔を作って彼女に言う
オレたちと一緒に居るってことは、メチャクチャ、リスクが高いことなんだってこと判って下さい
昨日は、お寺の施餓鬼へ行ったのですが
たくさんの檀家の人たちが集まって、一斉にお墓にお線香を焚くと
墓地中が煙で白くなるという恐ろしい光景を観ました
ていうか、暑すぎ坊さんの話、長すぎ
1324.槍をさらば / 不快感
オレの言葉に栗宮さんは
黒森様は国外へ脱出しなくてはならない事態まで想定なされて、すでに準備なさっているのですか
すっかり驚いている
はい、そういうことです
そんなことってだって、黒森様は香月家の
ああ、その辺で思考がショートしちゃってるか
だって、仕方ないじゃないですか思い通りにならないのが、人生ですよ
オレもそうだし、みすずたちもそうみんな、自分の意志と関係無く、色んな運命に翻弄されながらそれでも何とか幸せになれるように、ベストの選択をしているんです栗宮さんだって、そうでしょ
オレは栗宮さんの眼を見て話す
あなただって、このままだと栗宮流槍術を子孫に継承することができなくなると思ったからあなたの意志に反して、そういう事態がやって来てしまったからイチかバチか、オレの側室になって、香月家の保護を受けようと思ったんですよね起死回生の荒技として
この人はこの人で、自分の運命と闘おうとしている
それは荒技ではありません禁じ手ですわ
振り向くと桜子が居た
どうしたんだ、桜子
夕食後、しばらく姿が見えなかったけれど
シエと少し話をしていました
ああ、子供の頃から警護役を勤めている不知火シエさんか このお屋敷には警護役としてでなく裁縫係として採用したけど まだ落ち込んだままなんだろうか
そしてシエと話すことで、わたくし自身のことも見えて参りました
わたくしは黒森様や、みすず様、他の皆々様のお優しさに甘え過ぎております
シエが裁縫係という役職をいただいたようにわたくしも、黒森様の家族として何かのお役に立たなければならないということに、今更ながら気が付きました
ここのお屋敷に暮らしている方々は、みんなそれざれのお役目を精一杯頑張っていらっしゃいます他の方を働かせて、遊び呆けている人は一人もいらっしゃいません
そんなことは無い 雪乃は、家事とか一切やらないと、言いたいところだが 雪乃だって、週に1度、テレビに出るという仕事をしている テレビの放送では新しく番組のレギュラーになったエリとリエやミタマのフォローもちゃんとしてくれているし ふんぞり返っているだけで何もしないというわけではない