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片方だけはパンパンに膨れた重たそうな革袋を鞍にくくりつけていたが、おおよそ二人とも装備は統一されているようだ。

それに対して、残りの八人の見てくれは酷い。

馬の種類は雑多。

装備は革鎧、ボロ布、もしくは半裸。

武器も簡素な弓や骨製の槍、錆びついた剣といった、お粗末なものばかり。

てんでばらばらな構成だ。両の目を欲望の光にぎらつかせている、という点においては、八人とも似通っていたが―。

逃げる側と追う側の構図。

両者の距離は、刻一刻と縮まっていく。

逃がすな、追えーっ!

やっちまえッ!

回り込めーッ!

追う側の八騎が、手にした得物を振り上げ、口汚く叫び声を上げた。

スラング混じりの汚い英語。たまに、下品な罵声が混じる。

装備と品性の両面でまさしく、『追剥』や『荒くれ者』といった言葉がお似合いの連中だが、そんな粗野な様子とは裏腹に、騎馬の連携には見事なものがあった。

逃げる側の二騎を追い立てるようにして、八騎はそれぞれ扇状に展開。

騎馬同士の距離を一定に保ち、またたく間に半包囲網を形成した。

射かけろッ!

中央を駆ける、比較的まともな革鎧の装備の男が―どうやら追剥たちの頭目らしい―槍を振り上げて叫ぶ。

その声を受けて、両翼に展開していた四人の射手が、簡素な短弓に矢をつがえた。

FUCK YOU(死にさらせ)!!!

右翼、顔面に刺青を入れた射手の男が叫ぶ。

それを合図に、残りの三人も弓を引き絞り、一斉に矢を放った。

矢羽が立てる細い風切音。

それを耳にして、ちらっと後ろを振り返った二騎は一瞬でその軌道を見切り、巧みな手綱さばきで次々と矢を回避する。

追剥の弓の腕と、逃げる騎手の手綱さばき。その技量の差が如実に表れていた。

二騎の標的は無傷のままに、矢だけがいたずらに消費されていく。

……チッ。右のを狙え!

頭目は舌打ちし、部下たちに指示を飛ばす。たちまち、狙いが右側の一騎に集中した。

元々、右側の騎馬は鞍に大きな革袋を括りつけており、左に比べて動きが鈍い。集中砲火を浴びた騎手は果敢に回避を試みるも、苛烈さを増した弾幕には抗しきれず、ついに乗騎が矢を受けてしまう。

!!

尻に矢が刺さった馬は、いななきを上げ派手に転倒。

鞍の革袋が開き、青い液体が詰まった瓶がばらばらと地面に零れ落ちる。

肝心の騎手は直前に鞍から飛び降りたらしく、草原に身を投げ出して受け身を取ったのか、ほぼ無傷であった。

一騎墜ちたぞォ!

ヒャッハー殺せェ!

が、そこに、猛スピードで馬を駆る無法者たちが迫る。

ハッハハハ、死ねえッ!

追剥の頭目は残虐な笑みを浮かべ、地面に這いつくばる獲物に向け真っ直ぐに槍を突き出した。

鋭い槍の穂先が、ぎらりと凶悪な光を放つ。

迫る凶刃。

飛び起きた騎手はマントを翻し、一目散に逃げ始めた。

それを見て、馬鹿め、と頭目はせせら笑う。

成る程、確かにその足の速さには、目を見張るものがある。

だが、所詮は徒歩(かち)、スピードの乗った馬に対抗できるようなものではない。

あっという間に距離を詰めた頭目は、逃走する獲物の無防備な背中に、容赦なく槍を突き込んだ。

研ぎ澄まされた槍の穂先は、呆気なく革製のマントをとらえ、突き刺さる。

しかし―軽い。軽すぎる。

手応えのない槍に、風に吹かれたマントがまとわりつく。

空振った、と理解した。

その瞬間、頭目の乗騎は鋭いいななき声を上げ、がくんと前につんのめる。

転倒。

たまらず鞍から放り出され、そのまま草原の大地に背中から叩き付けられた。

ぐえっ

しこたま背中を打った衝撃で、蛙のような声が出る。

その拍子に槍を取り落としてしまったが、頭目はそれに構わず素早く立ち上がり、腰の鞘から長剣を引き抜いた。

見れば、自分の乗騎が、左前脚を斬り飛ばされてもがき苦しんでいる。

そしてその傍らに―黒い影。

敵の正体を視界に収めた頭目の目が、驚愕にカッと見開かれた。

おッ、お前はッ!

動揺する頭目をよそに、黒い影は黙したまま、半身にサーベルを構える。ただ、その青い瞳を、すっと細めて。

それは、金髪碧眼の少年だった。

女と見紛うばかりに小柄な体躯、精悍な顔立ちに鋭い目つき。

長く伸ばした金髪は、邪魔にならぬよう後頭部で束ねてある。

右手に何の変哲もないシンプルなサーベルを構える少年だったが―その装いは、異様の一言。

黒づくめ。

頭部には黒鉄の額当て。口元を覆い隠す黒のマフラー。

全身を包むのはぴったりとした布製の黒衣で、手足には黒革の籠手と脛当て。

腰の帯には黒塗りのダガーを差し、極め付けに背中には、黒塗りのサーベルの鞘を背負っていた。

その姿は、まさしく―

―“NINJA”!

頭目は呻くようにして叫ぶ。

“忍者”。

それも、純粋な日本製《メイド・イン・ジャパン》の”忍者”ではなく。

外国人が勝手にイメージを膨らませて創り出したような、何かちょっと間違えてる、“NINJA”。

“NINJA”! “NINJA”のアンドレイ!?

Holy Shit(なんてこった)!! 本物か!?

あの一瞬でマントを身代わりに……!

周囲の手下たちにも、動揺が広がる。

“NINJA”のアンドレイ。

彼は、この世界でも屈指の有名人だった。

その個性的すぎる見かけと―それでも、確かな実力から。

アンドレイという強敵の出現におののく手下をよそに、動揺の波が引いていち早く立ち直った頭目は、じりじりと全身の血が沸き立つのを感じた。

闘志。

強者に挑戦したい。

己の力を試したい。

そんな、純粋な欲求。

……アンタとは一度、戦ってみたいと思ってたんだ……!

驚愕の表情を、獰猛な笑みに染め直し。

すっ、と正眼にロングソードを構えた。

瞬間、アンドレイの姿が黒くブレる。

銀閃が横切った。

ぱすん、という衝撃。斬られた、とわかった。

は? と声を上げようとして、気付く。

声が出ない。

見れば、視界の端、己の首から赤い血しぶき(エフェクト)。

おそらく、『声帯』が破壊されたのだ。

『頸動脈』も断ち切られている。

速く、それでいて正確、かつ、致命的な一撃。

呆気に取られたまま、頭目はただ、 はええ と口を動かした。

その瞬間、多量の出血により『失血死』判定を受けた頭目は、どさりと人形のように地に倒れ伏し、そのまま物言わぬ『肉塊』と化した。

お頭ァ!

てめェッよくもッ!

頭目の死に、怖気づくよりもむしろ激昂した二人の追剥が、馬首を巡らせてアンドレイに迫る。