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そんな中、露店商人の一人が売っている商品が俺の心を揺さぶった。

船。

人が二人位しか乗れない小さな手漕ぎボート程度の大きさの、船だ。

売っているのは蒼い宝石が胸に輝く晶人の少女だ。ボーっと空を眺めている。

第一印象はアルトと比べると覇気がない。

装備はここ等の製造職が付ける一般的な安めの衣服。好みなのか、オーバーオールだ。田舎臭いという理由で着ている人は少ない。俺は好きでも嫌いでもないが。

そんな事よりも船に視線を集中させる。

これがあれば、海でもっと釣りができるのではなろうか。

ずばり、欲しい。

なに?

ボーっとしていた少女が一言、ボソっと呟く。

なんていうか、商売下手そうだな。

これ、何セリンだ?

4万

4万か! 良かった、10万とか言われたらどうしようかと思ったよ

今まで船が売っている所は見た事がない。

下手をすればそれ位するかもしれないと不安だった。しかし4万セリンなら多少出費は嵩むけど、買えない額じゃない。

じゃあ、4万セリン渡すな

交換ウィンドウに4万セリン入力する。すると置かれていたアイテムが姿を消し、相手の項目に木の船+3と表示された。

+3なのか。結構良い物じゃないか

一応材料は選んだから

あ、品質について気付いているのか

一部の製造スキル持ちは気付いてる

まあそうだろうな。

単に釣りで魚を釣るだけの俺ですら気付いているんだから、気付いていて当たり前か。

でも、4万をホイって出せるって、あなた、金持ち?

そうでもないさ。ちょっとしたあぶく金でね

空き缶商法の賜物ですよ。

十分稼がせてもらったので、使う時には使う。

金持ちは皆そう言う。貧乏人は文句付けて来る。お約束

なんかあったのか?

別に船が高いって言われただけ

高いのか?

材料と経費でそれ位

じゃあ文句言われる筋合いはないな。気にするだけ無駄だ

船というと木工系かな? どんなスキルがあるのか詳しく知らないが、そんな所だろう。

オールも付けておいたから使うと良い

おう、ありがとう。船を新調する時はまた買うな

掴み所のない船職人だった。

ともあれ船を手に入れた。

街を出てモンスターを狩る予定だったが、俺は反転してまたもや海へ向かった。

検索サイトで鯨包丁と調べると剣士専用装備が(笑)

水平線の可能性

いつもの橋の前でアイテム欄を表示させた俺は、木の船+3を浮かべた。

そして転覆しない様にゆっくりと乗る。

おお、現実でボートに乗った事があるが、違和感がない。

ともあれオールを使って漕ぎ始める。

中々進まないな

おそらくこれにもスキルがあるのだろう。

乗船スキルか、それともオールスキルか。

ともかく俺は大海原に繰り出すぜ。

1時間経過。

スキルなしの影響か、まだ陸が見える。

いや、あまり離れすぎても危ない。そろそろ釣りを始めよう。

ん? なんだ、あれは

陸とは間逆の空から一つ、黒い影が向かってくる。

良く見てみると鳥だ。

鋭いくちばしを持った鷹みたいな鳥。鷹より若干大きい。

モンスターじゃね?

俺は勇魚ノ太刀を取り出す。

が。

ガクンと船が揺れて、落ちそうになる。

くそっ! 重過ぎるのか!?

おそらくは船に重量判定でもあるに違いない。

直に勇魚ノ太刀を仕舞ってアイアンガラスキ、鳥型モンスターと相性が良いという解体武器を手に持つ。

よし! 今度は沈まない。

今だ。食らえっ!

アイアンガラスキを大きな鳥、キラーウイングに振るが当らずにカラぶった。

船の上という事もあるが、戦闘には慣れていない。

その隙を突いてキラーウイングは特徴であるくちばしで突いてきた。

くっ!

50ダメージを受けた。

ステータス画面を眺めるとエネルギーが50減っている。

全てのステータスがエネルギー計算されるとは聞いていたが、こういう事か。

システムに納得しつつ向けた先にいるキラーウイングは更に攻撃を仕掛けようとしている。

くそ、形振り構っていられない。

俺はもう一度アイアンガラスキを振る。

ザシュッ!

そんな効果音と共にキラーウイングに命中。HPが三分の一減った。

これでも鉄を使った前線組でも使われている高価な武器なんだがそれとも、キラーウイングが強いのか? どっちでも良い。今はこいつを倒す事だけを考えよう。

てい!

俺はもう一度手に持った武器に力を込めて振った。

殴り合いの結果550ダメージ。獲得エネルギー量は300だった。

見事にマイナスだ。

自分で自分に言い訳するなら、船の上では足が引っ張られる。

地上だったら、もっと上手くやれたと思う。

ともあれ俺は周囲にあの鳥がいない事を確認して釣竿を取り出す。

餌は事前に買ってある。

今回はなんと小海老だ。

ミミズより上位の餌で、一個単価で結構高い。

船購入記念といった所か。

優越感に浸りながら、糸を海に垂らす。

いつも通り集中の先を竿の先端に向けてひたすら待つ。

タイを獲得。

おお! ついにタイだ。

初めてスズキを釣った時も感動したが、引きが結構重かった。

これもフィッシングマスタリーⅢのおかげだな。

直に餌を付け直し、釣りを再開する。

ぐいっと強い引きがやってくる。

巨大ニシンと比べると何段階も劣るが、今は慣れない船上。こっちは逆に力が入らない。

しかし負ける訳にはいかないと今までの基本を忠実に力を込める。

クロマグロを獲得。

よっしゃ! ついにマグロだ

これは船を買った甲斐があったな。

高鳴るテンションを胸にマグロをアイテム欄に入れようと近づける。

うわっ! 一瞬船が沈みそうになった。

直にアイテム欄に被せて無理矢理押し込む。

そんな感じで俺は充実感にも似た感動を抱きながら、もう一度糸を垂らしたのだった。

あれから一週間経った。

俺は当初の目的をすっかり忘れ、釣りに勤しんだ。

いや海釣り、思ったより楽しくて。

時に陸地が見えなくなるまで進み、モンスターに囲まれ命からがら脱出したり、アクアホエールというシャチっぽいモンスターに殺され掛けたり、ブルーシャークという名のモンスターに船を破壊されかけたり、ブレイブバードという大型鳥モンスターに追われながらも釣りを続けた。

最終的には最初のクロマグロが釣れる場所が一番安全だという事実が判明したというのがアレだがともあれ、舵スキルと船上戦闘スキルが項目に増えた。