交渉を終えた二人を横目に通り過ぎようとした瞬間、商人の方がこっちにやってきた。
なんだろうと思い。俺は後ろを振り返る。
女の子なんていないじゃないか。
いや、君だよ
俺?
そうそう君。オレっ子なんだね
そういえば俺は女キャラクターだった。
最初は違和感が凄かった声もいつの間にか普通になってきたのですっかり忘れていた。
いや、ちょっと事情があって女キャラ使っているだけだ
なるほどね
商人はかっこいい系の美形男子だ。
身長は俺より高い。現実の俺なら目算でどれ位か分かるが、ゲーム内となると俺の身長が分からないので相手の身長は不明。ともあれ見上げて目に入ったのは髪だ。色は鈍い金色、なんとなく実在しそうな色をしている。
で、何か用か?
いや、潮の香りがしたから、魚貝系のアイテムを持ってないかなと思って
匂い、するかな?
自分の匂いを嗅いでみる、が良く分からない。
一度海に落ちているので、匂い位するかもしれない。
するみたいだね。僕は草原の方に一度行ったけど、あっちは草の香りがしたよ
へぇ
潮の匂いだけだと思っていた。
結構手が込んでいるな。さすが高い金使われているだけある。
それで、魚か貝を持ってないかい? 知り合いに料理スキルを上げたい子がいるから店売りよりは高く買い取るよ
ふむ
右手を口元に当てて考え込む。
解体していないので魚は50匹位アイテム欄に納められている。
まあほとんどがニシン、イワシ、アジなのだが。
しかし解体スキルがまだ出ていないので多少安くても解体してから売りたい。
すまない。使用用途があってな。今回はやめておくよ
そっか。僕はアルト、チャットの時はアルトレーゼ』で送ってよ。今はそんなに買い取れないけど、アイテムなら何でも買い取るからさ
分かった。覚えておく。しかし、こんな早くから買い取りなんてできるのか?
まあね。前線で戦っている人から安く買って、欲しがっている人に店売りより安めに売るんだ。で、前線の人にはポーションを街より少し高く売る。そんな感じで一応もう8000セリンは持ってるよ
凄いな。本当に商人みたいだ
各言う俺は2700セリンだ。今持っている魚を売り、餌の代金を引けば4500は行くはずだ。それでも転売だけで8000セリンは商売人として凄いんじゃなかろうか。
ははは。何かご入用ならアルトレーゼ商会へ入店を! なんてね
なら、何か良い竿を売ってくれ。手に入ったらで良いんだが
竿か、道具系だね。材料があれば作れるけど、知り合いにいるから紹介しようか?
いいのか?
もちろん! 材料が無ければ僕から買ってくれるって約束ならね
中々に商売上手だ。
まるで本物の商人でも見ている様で面白い。ある種のロールプレイという奴だろう。
じゃあ頼む
毎度ありがとうございます
中々に堂に入った言葉使いだ。聞いていて清々しい。
案外リアルでは接客業とかやっていたりしてな。
それは何かの演技か?
そうさ。好きなマンガのキャラがこんな感じなんだよ
なるほどな
思いっきり外れている。
なんて考えているとアルトが良い顔と手振りと共に口を開く。
じゃあ連絡するからちょっと待っててね
ああ、ならついでに教えて欲しい事がある
不思議そうな顔でアルトが首を傾げる。
話をしていてすっかり忘れていたが、待つという言葉を聞いて思い出してしまった。
レストランってどこにあるんだ?
電球式釣り考案
ディメンションウェーブに来て初めての飯はアジとニシンだった。
例の料理スキルを覚えた子の所で直接魚を渡して焼き魚にしてもらった。
自分が釣った物というのも大きいが美味しかったので、ニシンを10匹ただで譲った。
ちなみに紹介料ついでにアルトにもニシン三匹渡したら喜んでいた。
もはやニシンが友好の大使だ。
それにしてもアルトは友好関係が広いな。β経験者か?
確かβテストの募集をしていたのを見た覚えがある。
いいや、βの経験は無いよ。というかβテスターは意図的に省かれるらしいよ
そうなのか?
アルトの話によると、なんでもβはゲームバランスの調整とイベントがしっかり起こるのかを確かめる為の物であって、基本的には製品版と同じく最初から最後までやるらしい。
そして会社の意向なのか、ゲーム内容を知っているプレイヤーを一緒に放り込むのはセカンドライフプロジェクトの趣向に合っていない。なのでプレイヤー全員が初心者の状態でゲームが開始されるという作りらしい。
情報漏洩はあったらしいけどね
それは俺も聞いたな。内容は知らんが
なんでもβテスターの誰かが匿名掲示板でゲーム内容の一部を暴露したという話だ。セカンドライフプロジェクトの契約書には禁止されている事項なので訴えられていた。という内容をネットで見たが、リアルタイムで見ていた訳では無いので具体的にどんな情報が漏洩したかは知らない。
それでどんな情報が漏洩したんだ?
ゲーム内では結構有名だよ? スピリットが弱過ぎるって話さ。確か覚えようと思えばスキルを際限なく取れるけど、ステータスが全種族最低だったかな?
さいですか
そう言えば君は何の種族だい? 見た事無いけど
俺は気不味そうに自分を眺める。
偶に薄っすらと半透明になる。それがスピリットの特徴だ。
そのスピリットだ。珍しいタイプだから強い方の種族じゃないのは分かっていた
そうなんだ。どう? スピリット
う~ん。ずっと釣りをしていただけだから分からないけれど、今の所特に困ったとかは無いな
ステータスがエネルギーで統一されているので些細なミスが致命的な弱体化を招くと考えるに弱いというのも納得は行くが。
だが、街で釣りとか生産職をメインにするなら相性が良いと思うんだが。
エネルギー&マナ生産力って何もしなくても経験値が入ってくる様な物だろ?
まあディメンションウェーブはゲーム内容的に戦闘職がメインっぽいが。
そっか~。使い心地とか分かったら教えてよ。情報漏洩の所為でスピリットって少ないから知りたい人は結構いると思うんだよね
ああ、気が向いたらな
じゃあ僕はもう行くから。買い取って欲しい物があったらいつでも連絡よろしくね
手を振るアルトに手を振り替えして答えた。
一度礼をしてからアルトは踵を返して次の商売へとは歩いていった。
俺は一度溜息を吐くとアイテム欄にある、アルトの知人に作ってもらった釣竿を眺める。
木の釣竿+2。
しなる枝、コモンワームの糸、銅の釣り針から作られた竿だ。