ごっしゅじんっさまー! 朝ですよー!
リルは機嫌よくOlの布団を剥ぐ。その途端、にこやかだった表情は怒りに引きつった。
何でアンタがここにいるのっ!?
布団の下にはOlに肢体を絡ませるユニスの姿があったからだ。しかも、一糸纏わぬ姿である。
んんおはよーリル
おはよーじゃない! アンタの部屋はちゃんと用意したでしょ?何でOlのベッドに潜り込んでんの!?
寝ぼけ眼を擦りながら身体を伸ばすユニスにリルは怒鳴る。
ユニスはぼんやりした表情で小首を傾げ、ぽんと手を打った。
あー、ダンジョンって底冷えするからついフラフラと暖かそうなベッドに
ならなんで全裸になってるのよッ!!
怒髪天を衝く、といった形相で叫ぶリルに、眉をしかめながらOlが身体を起こす。
やかましい。朝から騒ぐんじゃない
納得いかないーっ
Olに用意した着替えを渡しながら、リルは歯噛みした。
私は朝から着替えの準備に部屋の掃除、洗濯、ダンジョンの見回り、魔物の管理とか、色々忙しくやってるのよ!? なのに一日中働きもせずぐーたらしてるユニスの方がOlと沢山セックスしてるのはどういう事!?
お前とはそういう契約だから仕方ないだろう。ユニスに任せようにも、あまり役に立たんしな
Olの歯に衣着せぬ物言いが、ユニスの心に突き刺さる。元は王族であり、冒険者として根無し草の生活を続けていた彼女は基本的な家事は殆ど出来なかった。
(それに、ユニスにあまりダンジョン構造を知られても困る。寝返る可能性もあるのだからな)
(英雄の星の宿命はOlと契約する事で堕ちた英雄に変わったから、強制の呪いはまず解けないんじゃなかったの?)
(まず、であって100%ではない。また何かのきっかけで英雄に戻る可能性も僅かだが残っている。それがある限り、俺はユニスを完全に信頼する気はない)
契約を通した念話で、Olとリルはやり取りを交わす。遠回しに自分は信頼されているのか、と解釈しリルは笑顔になった。
うう、Ol、やっぱりあたしもリルの仕事手伝うよ
そんな思惑を露知らず、提案するユニスにOlは首を横に振る。
いや、お前はいざと言う時の剣として役に立ってくれれば良い。それに、リルの仕事も今日からは少しは軽くなるはずだ
ん? 手伝いのゴーレムでも作ってくれるの?
首を傾げるリルに、Olはため息をつく。
忘れたのか?今日は初めて、生贄の娘が届く日だ
第7話穢れ無き乙女を生け贄に受け取りましょう-2
では始めるぞ
現在Olが作っているダンジョンの奥の奥、最深部といえる場所に、その部屋はあった。
便宜上召喚の間と呼んでいるその部屋は10m四方ほどの大きさで、扉は一つだけ。地面には複雑な魔法陣が地面に直接彫り込まれていた。
Olのダンジョンの大部分には、転移魔術防止の結界が張られている。直接転移魔術でOlの寝室やダンジョンコアを襲撃される事への対策で、この結界の範囲内に転移を試みても元いた場所に跳ね返されてしまう。これは原理的なものなので、術を試すのがどのような存在であれ、覆す事は出来ない。
しかし、この結界はOl自身にも適用される為、外出や帰還が非常に面倒なものになる。それを回避する為に作られた、ダンジョン内唯一の穴がこの召喚の間だった。
この部屋にだけは外部から転移する事ができるのだ。当然、この部屋の座標は秘中の秘であり、読心の魔術や記憶を盗まれたりしても外部に情報が漏れないよう、リルやユニスには勿論、Ol自身にも念入りに呪いがかけられている。
剣を鞘から抜いてはいないものの緊張した面持ちのユニスと、同じく真剣な表情で魔法陣を見つめるリルを左右にはべらせ、Olはゆっくりと呪文を唱える。
部屋の中の空気がゆっくりと渦巻き、魔法陣が淡い光を放ちだす。Olの唱える呪文がうねり、機織りの様に振るわれる指先から描かれるルーンが輝く軌跡となって魔法陣を取り巻く。
渦巻く空気はやがて突風の様に吹きすさび、どんどんと力強さを増して竜巻の様にごうごうと音を立てる。
出でよ!
Olの叫び声と共に竜巻は一層激しさを増し、ルーンが強烈な発光と共にOl達の目を焼く。
は?
Olは思わず間抜けな声を上げる。
竜巻が過ぎ去り光が収まった後、魔法陣の上に現れていたのは、5羽の鶏と2頭の豚、1頭の牛と
その上で眠りこける、幼い少女だった。
子供?
ユニスが怪訝そうに呟く。
年齢は5,6歳だろうか。細い金色の髪をこめかみの上で二つ結びにして、貧しい村で調達できる中では最大限上等な服を着て来たようだ。綿で出来た質素なものではあるが、フリルのついた可愛らしいドレスに身を包んでいた。
そんな少女が、牛の背に抱きつくようにして眠っている。牛の方も時折尻尾をパタパタと振るだけで、少女の存在に頓着する様子はなかった。
娘よ、起きよ
Olが声をかけてみるが、少女は全くおきる気配もない。
叩き起こしたい所だが、こちらから足を踏み入れれば途端に魔法陣はその効力をなくす。逆に、こちらから踏み入らなければ、魔法陣の中から外に出る事は不可能だ。
村人達が生贄に戦力を仕込んで送る可能性も当然Olは予測し、対策している。その対策を自ら台無しにする訳には行かない。Olは油断なく、もう一度娘に声をかける事にした。
起きよ。お前は何者だ?
二度目の声も、少女には届いた気配は無い。器用にも牛の背の上で寝返りを打ち、Olから顔を背けさえした。
爆睡だね
リルが呆れたような、感心したような良くわからない表情で呟く。夢を操る夢魔でもある彼女には、少女が完全に熟睡している事が見て取れた。
起きよ!
苛立ち半分のOlの声が、まるで雷鳴の様に部屋の中に轟いた。魔術まで併用した怒声に、さすがに少女も身体をびくりと震わせて牛の背から転げ落ちる。
ふ、ぅぇ?
落下ダメージはさほどなかったのか、少女はすぐにひょこりと顔を上げると、戸惑ったように辺りを見回した。
娘よ。お前は何者だ?
地獄の底から響くような低い声でOlが尋ねると、少女はびくりと身体を震わせ、同じように震える声で自己紹介を始めた。
え、あ、ぅご、ごきげんうわるしゅう、おうるさま、わ、わたし、は、マリーベルともうし、ます。え、と、い、いご、どうぞおそばにええと、おそばに
丸暗記させられたのが見え見えの文句を、マリーベルと名乗った少女はたどたどしく綴る。
魔力は殆ど持ってないよ。少なくとも、大人が魔術で化けたりしてるワケじゃない。見たままの子供
武器とか使えるわけでもなさそう。フツーの子供じゃないかな