Olはソフィアの顎を掴み、上を向かせた。そして、唇が触れ合いそうなほどの距離で目を見つめながら、低い声で呪文を唱えるかのように囁く。
選ぶがいい。そのまま醜い者として老いさらばえ、朽ち果てるか。邪悪の限りを尽くし、屍の上に立ち、呪われ、血塗られた道を歩くか
Olの魂まで見透かすような視線に、ソフィアは身体を震わせた。
それは、歓喜だった。
誰もが目を背け、表面すら見ようとしなかったソフィアの事を、Olはずっと奥まで見通していた。
火傷の傷より何倍も醜い呪いと憎しみを覗き込み、それを美しいと評したのだ。
ああ
ソフィアは悦びの声を上げた。自らの幸福を噛み締める声ではない。女が自らを男に捧げるときの声だった。
Ol様私が進みたい道は、あなた様の道です。屍の上を歩くなら、私がそれを殺しましょう。呪われ血塗れているならば、私がそれをすすりましょう。我が名、ソフィリシアに誓って
良かろう。ならば、お前は今から俺の弟子だ。これからお前はソフィリシアの名を捨て、スピナと名乗れ。ネリス・ビア・スピナ。それが今日からお前の名だ。そして、師からの最初の教えを聞け
ソフィア改めスピナはOlの足元に跪き、邪悪な洗礼を受けた。
人としてのソフィアは死に、これから邪悪なる魔術師スピナの生が始まるのだ。
自分以外、この世の誰も信用するな。間違っても真名など教えるな。全てのものは利用する為にだけある
Olにとってもそうなのだろうか、とスピナは考えた。
肝に銘じておきます
考えるまでもない。Olにとってスピナは利用する為の駒だ。そして、誰よりも優秀な駒になる事を、スピナは望んでいるのだ。スピナは跪きながら、深く頭を下げ、Olの足に口付け忠誠を誓った。
リル、いるかって何をやっているんだ
粗末な木製の扉を開け、目に入ってきた光景にOlは呆れた声を出した。
何って、Olが世話してろって言ったんじゃない
リルの傍らでは、マリーが蕩けた表情で棒状の物に小さな舌を這わせていた。黒檀を彫って作られたと思しきそれは、なにやら妙に見覚えのある形をしていた。
ほら、まだ小さいから下の方使うと裂けちゃうでしょ? だから口だけでも使える様に教育しておこうと思って。これよく出来てるでしょ? Olの形の張り形
淫魔らしいといえば淫魔らしい発想だが、年端も行かない童女に何を教えているんだ、とOlは傷む頭を軽く抑える。
そんな事より、家事が出来るように仕込んでくれ。こいつにもだ
Olは背後の女に、リルに挨拶するよう示した。軽く頷き、スピナはリルの前に進み出て頭を下げる。
本日よりOl様の弟子となりました、スピナと申します。よろしくお願いします
リルは目を丸くしてスピナを見る。その容姿が醜かったからでは、ない。
あまりに、美しかったからだ。
え、何、どっから連れてきたのこんな子
スピナの傷痕はOlの魔術により消され、彼女が本来持っていた美しさが完璧に取り戻されていた。相変わらず表情はないが、それがかえってその人形めいた神秘的な美しさを際立たせている。
どこでもいいだろう。とにかく、当分はリルについて雑事を覚えろ。ダンジョンの見回り、清掃、魔物や罠の管理、死体処理、食料の管理、シーツの取替えに料理もだ
やっとそういった仕事から解放されるのね! やった!スピナって言ったっけ、しっかり仕事覚えなさいよー
喜ぶリルに、スピナは表情を微塵も変えず答えた。
私が従うのはお師匠様だけです。使い魔ごときに命令される謂れはありませんので勘違いなさらないで下さい
ぴしり、とリルの笑顔が凍りつく。そして、スピナを指差しOlに抗議の声を上げた。
Ol! この子凄い性格悪い!
そうだ、だから弟子にした
ああっこっちも性格悪いんだった!
まるでOlが二人に増えたかのような錯覚を覚え、リルは頭を抱えるのだった。
第7.5話ダンジョン解説
第7話終了時点でのダンジョン。
悪名:2
貯蓄魔力:16(単位:万/日)
消費魔力:3.5(単位:万/日)
召喚の間
最深部に出来た部屋。Olの迷宮の中で、唯一直接転移が可能となっている。ここに転移してきたものは魔法陣の中に捕らえられ、迷宮内に元々いたものの許可がなければ魔法陣から出ることが出来ない。
転移魔術防止結界
Olの迷宮全体にはられている結界。この結界内には原理的に転移魔術で転移することは出来ない。大きな街や王都にも張られているメジャーな結界で、暗殺者や盗賊の侵入を防ぐ為に用いられる。
リルの寝室
リル専用の部屋。何処から持ってきたのか、花やぬいぐるみなんかが飾ってあって意外とファンシー。
ユニスの寝室
ユニス専用の部屋。最低限の家具と武具が飾ってあるだけの殺風景な部屋。部屋の主は基本的にOlの部屋に入り浸っている。
汎用寝室
生け贄として送られてくる予定の娘達のための部屋。折角だから、と10部屋くらい作ったのだが、ユニスのごたごたのせいで娘の到着が2ヶ月ほど遅れ、長く日の目を見ていなかった。
マリー(子供)
戦力:0
5歳児。戦力を期待するも愚か、足手纏いにしかなりようがないが、元々持っていた気質に加えOlがかけた健やかに育つ呪いのせいで大人になるまでは凄まじく運がいい。
スピナ(魔術師見習い)
Olの弟子にはなったものの、まだ見習いであるため魔術らしい魔術は使うことが出来ない。しかし、恐ろしく豪胆で自らの死の危険性があるような事でも必要なら全く躊躇なく実行することが出来る。ある意味もっとも敵に回してはいけない人物。
ジャイアントスパイダー
洞窟や森の奥深くなど、薄く瘴気の漂う場所に巣を張る巨大な蜘蛛。Olの迷宮の一角に巣を張っている。基本的には巣にさえ近づかなければ無害だが、糸は非常に細く見つけにくい。しばしばゴブリンが巣にかかって餌になっている。
オーク
2mほどの体躯を持つ妖魔の一種。ゴブリンに比べればかなり期待できる戦闘能力を持ってはいるものの、数頼みの雑魚には違いない。争いごとや血生臭いことが好きでしょっちゅうゴブリンを血祭りにあげている。
非支配層に魔物が増えたものの、Olの配下としては余り戦力は増えていない。また、Olの技術ではそろそろダンジョンの拡張に限界がきており、迷宮の一部が崩落しては修復を繰り返している。
第8話邪悪なる下僕どもを揃えましょう-1
そうマリーがそっちで
では私は
あ、私空飛べるから