もう少しで完成です
入り口のOlをちらりと一瞥し、彼女は再び作業に戻る。既に両手足と胴体のパーツには紋様を彫り終え、今彼女が紋様を刻んでいるのは小さく丸い、頭のパーツだった。
ふむ、中々良い出来だ
Olは腕のパーツを取り上げ、出来をチェックする。まだ多少線がガタついてはいるが、動かない事はなさそうだった。初めてにしては上出来だ。
お師匠様が仰っていた、スライムに関しても造っては見たのですが
不意に、スピナは部屋の奥へと視線を向けた。奥の一角には女の部屋には似つかわしくない、フラスコやビーカーと言った器具が並んでいる。
魔法生物の作成には、二つのアプローチの仕方がある。一つ目が、ゴーレムやスケルトン作りと言った、素材を人型にして魔力を吹き込む事で仮初の命を与える、魔力付与(エンチャント)。
もう一つは、素材そのものを薬品や秘術によって作り出し、仮初ではあるものの魔力に由来しない、言わば偽の命を作り出す錬金術(アルケミー)。
スライムと言うのは、錬金術の過程で人工生命に失敗した際に出来上がる、出来損ないの命だ。ゲル状のぶよぶよとした核のない身体を持ち、何でも取り込んで消化しては大きくなる。ある程度の大きさになると二つにわかれ増えていく、という、何とも不気味な生き物だ。
動きは遅く、知性と呼べるようなものもない為戦力として数える事など出来ないが、放置された死骸なんかを食べて迷宮をある程度清潔に保ってくれる上、剣や槍では突いても斬っても倒せない為ある程度の障害にはなる。
と言うわけで、スピナに作成を命じていたのだった。失敗作とは言え、意図的に作れば金属だけを食べる騎士殺しのスライムだとか魔力を食う対魔術師用のスライムなんかも作れる上に、失敗作ではない人工生命(ホムンクルス)を作る練習にもなる。
どうやら失敗してしまったようで、生き物を食べないようなんです
スピナの視線の先では、フラスコの中でなにやら桃色の液体が蠢いていた。
まあ、失敗は成功の元とも言う。お前に魔術を手ほどきし始め、まだ一月も経たん。あまり気にするな
素直にスピナは頷いた。彼女は表情が殆ど変わらないため、何を思っているのかはその顔からはうかがい知れない。
時に
カリカリとゴーレムの頭を掘り込みながら、何気なくスピナは切り出した。
昨日はユニス、その前はリルと随分お楽しみだったようですね
む、とOlは呻く。スピナの口調に咎めるような色はなく、実際ただの弟子なのだから咎められる謂れもないのだが、それでも他の女との関係に触れられれば何とも居心地悪く感じてしまうのは男の性だ。
私にはご寵愛を頂けないのですか?
直截にスピナは問うた。口や手、胸での奉仕はしていたが、Olはスピナを抱こうとはせず、彼女はいまだ清らかな身のままだった。
魔術に携わるなら、純潔を保ったままの方がいい。処女である事は、様々に役立つ
美しいもの、清らかなものと言うのはそれだけで魔術的な意味合を持つ。簡単に穢れるにも拘らず、美しさを保っているものとなればその力は更に強まる。
けして錆びず、輝きを失わない金よりも、手入れを怠ればすぐに錆びてしまう銀の方が魔術的な性質が優れているのはそのためだ。
乙女も、特にそれが美しい乙女であれば処女であると言うだけで力を持つ。Olが村に処女を要求したのもそのためだ。悪魔への生贄に捧げてよし、魔術の媒体に使ってよし、最終的には自分で抱いて味わってもよしと、無駄がない。
そうですか
不満か?
いいえ
スピナは首を横に振った。相変わらず、表情は変わらない。
私は敬愛するお師匠様の仰るとおりに従います。不満などあろうはずもございません
本気で言っているのか皮肉なのか、Olは判断に苦しんだ。弟子にしてから、加速度的にこの女は読めなくなった。後継者候補としては頼もしい限りではあるが、厄介な事に変わりはない。
できました
ふっと息を吹きかけて削りカスを飛ばし、スピナはゴーレムの頭を持ち上げた。
うむ、では動かしてみろ
スピナはパーツをそれぞれ人の形になるように並べておくと、すっと息を吸い込み、呪文を紡ぎだす。闇より黒い漆黒の魔力がじわりと空間を犯し、ゴーレムの表面に彫られた紋様にインクの様に染み渡っていく。
眼窩の様に穿たれたゴーレムの顔の穴に、瞳の様に光がともる。黒い光、という矛盾したそれは額を中心にして紋様の溝を走ると、各パーツがお互いに引き合い、繋がりあった。
ぎこちない動きで、下手な道化師に操られる操り人形の様にゴーレムは立ち上がる。しかし、直立したところでよろけ、スピナを巻き込んで倒れこんだ。
衝撃で繋がりが解け、小さなゴーレムの頭がからからと勢いよく転がっていく。
大丈夫か?
カラカラに乾いた木で作った人形だ。大した重さもないし、スピナに怪我は無さそうだった。しかし、遠くでパリンと音がした。そちらに視線をやると、フラスコに入っていた桃色のスライムがスピナに向かって這いずり寄ってきていた。
ちっ、スピナ、こいつの弱点は何だ!
下手に触ればOlごと食べられかねない。普通のスライムの一番簡単な対処方法は炎で焼き払う事だが、それを見越して耐炎・食炎能力を持ったスライムも存在する。そんな相手に火を放てば事態は悪化する一方だ。
大丈夫です、この子は生き物を食べません
スピナの腕に張り付いたスライムは、じわじわと蠕動しながら彼女の肘の方へと移動した。確かに彼女の肌には傷一つついてないが、その割にスライムは徐々に大きくなってきている。何かを食べている証拠だ。
この子が食べるのは金属や一部の植物、死んだ動物の皮など要するに、衣服だけです
スライムが移動した後には、スピナの着ていた袖の長いワンピースが跡形もなく消えていた。不透明なスライムの身体越しに彼女の白い肌が透けて見える。服を食べ、拳大だったスライムはいつの間にやらスピナの全身を覆わんばかりに大きく広がっていた。
ちなみに、媚薬も混ぜたのでこうして包まれると発情効果もあります
お前は何を作ってるんだ!?
思わずOlは叫んだ。これがただの事故だとか偶然でない事は、薄々わかってきていた。
んっ、んん私の中に入ろうと、していますね
スライムがにゅるりと這いずり、スピナの下腹部の方へと向かう。彼女の衣服はもう殆ど原型を留めておらず、官能的な痴態を晒していた。
よくもまあそんなものを作ったもんだおい、これは俺にも襲い掛かるのか?
媚薬の効果で頬を紅潮させながら、スピナは首を横に振った。
男性は嫌いなので、触れようとすれば逃げます。精液をかけてくだされば特に