3枚変えるぞ
マックは場に三枚カードを捨て、山から三枚カードを引いた。
という事は、元々の手は良くてワンペア。交換で良くなっていても、精々がスリーカードだろう。手元の札を見て、ジェイクはにやりと笑みを浮かべた。手元には既にフラッシュが揃っている。
交換はいらない
ほう、強気だな。レイズだ
マックがテーブルに更に銅貨を一枚置く。
レイズ
ジェイクが銅貨を二枚足すと、マックの表情が変わった。
レイズだ
マックは一気に銅貨を三枚増やした。そんなにいい手が入ったのか? ジェイクはマックの表情を伺った。ジェイクの手はフラッシュで、一番高いカードはキングだ。これに勝つとなると、フルハウスかフォーカード、ストレートフラッシュしかない。3枚交換してそれらの手が出るなんて、まずありえない。
いいぜ、コールだ
ジェイクは銅貨を二枚足すと、カードを一枚一枚開いていく。
クイーンのフラッシュだ。どうだ?
マックが驚愕に目を見開く。
おい、嘘だろ
搾り出すような絶望の声が搾り出された。その手から、ぽろりとカードが零れ落ちる。
おいおい、カードで負けたくらいでそんな顔するなよ。そんなに懐が厳しかったのか?
ジェイクの声が聞こえていないのか、マックは目を見開いている。ジェイクはマックのカードに目をやった。
何だって、フルハウスだと!?
マックが落としたカードはエースが2枚、8が3枚のフルハウスだった。ジェイクのフラッシュより上の役だ。担がれてぬか喜びさせられたのかと、顔を上げると、マックは立ち上がり、外を凝視していた。
なんだ、ありゃ
その視線を追って、ジェイクは思わず呟く。マックの視線の先、遥か彼方では、地平線の少し手前に数百匹の魔物達が列を成して陣取っていた。
けたたましい音で早鐘が鳴らされ、あたりに怒声が響き渡る。
魔物だ! 何百匹っていう魔物が攻めてきやがる!
鐘の音に、櫓の下に集まってきた兵士達にマックは叫び声を上げた。
魔物だと? 何だ、ゴブリンか?
余り緊迫感のない声で問い返す兵士に、ジェイクが声を荒げた。
ゴブリンにオーク、オーガまで編隊を組んでいやがる!宿で寝こけてる冒険者どももたたき起こして来い、街が滅ぶぞ!
見間違いじゃないのか? ゴブリンとオーガが仲良くお散歩なんて聞いた事ねーぞ
オーガは獰猛で残忍な人食い鬼だ。人に限らず、動くものなら何でも襲って食べてしまう。ゴブリンなど、彼らにとっては気の利いたデザートくらいにしか映らないだろう。オークにしたって、他の種族と協力して人間を襲ったりしない。
ゴブリンとオーガを見間違えるか! 想定外の事が起こってるんだから、兵士じゃ太刀打ちできないって言ってんだ! いいからさっさとあのごくつぶしどもを叩き起こしてきやがれ!
毎日の様に死線を潜る日々に嫌気がさして堅気の職についたが、ジェイクは昔冒険者をしていた。その時に、オークもオーガも見た事があるし、最近多少衰えてきたとは言え目の良さにも自信がある。元冒険者の勘が、全力で警報を鳴らしていた。
現役時代、この勘に従って失敗した事は一度もない。今回もジェイクはそれを信じた。
なんだありゃあ
マックの呟きにジェイクが振り返ると、小さな悪魔がパタパタと羽ばたき、こっちへと飛んできていた。それにも見覚えがある。インプだ。そいつが何やら旗の様なものをはためかせているのを見て、ジェイクは最悪の勘が当たった事を悟った。
待て、撃ち落すな!
即座に弓を構える兵士達を制止し、インプから旗のようなものを受け取る。それは思ったとおり手紙だった。インプ自身に敵対する意思はないようで、ジェイクにそれを渡すと魔物達が陣取っている方へと帰っていった。
町長を呼べ。それと兵士長もついでに商人ギルドの長もだ
物見櫓を飛び降り、ジェイクは叫んだ。かなりの高さを持つ櫓だが、身の軽さと手先の器用さだけで世界を渡ってきたジェイクにとってはその程度の高さはなんでもない。
魔術師Olが、宣戦布告を仕掛けてきた
第9話街を蹂躙しましょう-3
我々は断固として戦うべきだ!
机を叩き、兵士長が怒鳴る。
その場合、我々の損害は計り知れません。ここは歩み寄るべきなのでは?
商人ギルドの長は冷静にそう返す。
むぅ
長い髭をしごきながら、町長は唸った。
我に従い、税を払うならよし。さもなくば力づくで従わせる。一刻(ニ時間)以内に決断し、従うならば門を開けて迎えよ
Olから送られてきた文書には、概ねそのような内容が書かれていた。ジェイクは宣戦布告だと怒鳴ったが、どちらかと言うと最後通牒に近い。とにかく二時間以内に、戦うのか、受け入れるのかを決断せねばならない、と、町長の応接間で町長、兵士長、商人ギルド長、そして何故か冒険者の代表としてジェイクが顔を突き合わせていた。
そして、兵士長は徹底抗戦、商人ギルド長は服従と意見は真っ二つに別れていた。町長はどちらにも決めかね、ジェイクはあまり興味がない、と言うわけで中立を保っている。
邪悪な魔術師に屈すると言うのか!? この恥知らずめ!それに、これは我がフィグリア王国に弓引く所業だぞ!
ではお聞きしますが、あなた方はあの魔物の軍勢に勝てるのですかな?
兵士達は、王国から派遣されている者たちだ。国の頂点に王がおり、その下に王国の各地域を治める領主がいる。そして更にその下に各町や村の町長、村長がおり、下から上へと税は吸い上げられていく。
Olの要望は、その税を自分に寄越せつまりは、所属している国を変えろ、と言うにも等しいものだった。しかも厄介な事に、Olが要求している額は、王国から要求されているそれより随分安い。
国に属す兵士が断固として拒否し、利のみを求める商人が受け入れる姿勢なのも、それが原因だ。町長はと言えば、その狭間で迷っていた。それは、Olの文書に書かれている一文。
従う場合、フィグリア王国に税を納める事を禁止する
という物のせいだ。武力を楯に禁止されていると言えば、この街が王国を敵に回す事はなく、税の支出を抑える事ができる。それはつまり、この街が潤うと言う事だ。
街としては嫌々Olに従っており、従来通り税を支払って欲しいなら先にOlを討伐してくれ、というポーズをとる事が出来る。町長の頭の中にあるのは、商人とは真逆の思考。Olは国に敵対してどこまで戦えるのか?と言うことだ。
冒険者どもがいるだろう! 魔物を相手にするなら、あの無法者達が打ってつけだ!
まあ、そうかもしんねぇけどよ。あいつらは報酬がないと動かんぜ。誰がその金を出すんだ?