兵士長の言葉に、沈黙を守っていたジェイクが口を挟んだ。
貴様らと言う奴は! この期に及んでそんな事を抜かすか!?敵は悪の魔術師! これは侵略戦争だ! 正義は我らにあり、戦うのに理由など
ですが、先方は略奪をしに来た訳ではない。譲歩すればむしろこちらに利すらある。それにも拘らず、無償で命を張れと?
と言うか、俺はもう冒険者じゃないんだからそんなこと言われてもなあいつらは絶対そういうぜ、って言いたかっただけだ
兵士長が怒鳴り、商人が冷静に言い返し、ジェイクが混ぜ返す。
少し、黙りなさい!
紛糾を極めたその場を、町長は怒鳴り、収めた。
ジェイクと言ったか。君は、敵を直接見てきたと言ったな
そして、一つの決意を胸に静かに尋ねる。
率直に言ってくれ。この街の兵士と冒険者、全ての戦力を持って戦ったとして敵は、倒せるのかね?
良いか、者ども、良く聞け!
居並んだ兵士、そして冒険者達の前で、兵士長は声を張り上げた。
敵は邪悪なる魔術師Ol、そしてその配下の悪鬼妖魔ども!その魔力は計り知れず、数は300を優に越える!対して我らは、僅か200の手勢に過ぎない!だが、しかし! 我らフィグリア王国兵士団と、勇猛なる冒険者諸君が力を合わせれば、ゴブリンやオーク如き、物の数ではない!
町長が選んだ道は、抗戦だった。
勝てる。が、甚大な被害が出る。そう答えた、ジェイクの言葉を信じた。
利よりも勇を取り、悪に屈してはならない、そう決断したのだ。
しかしその決断の裏には、冒険者達が甚大な被害を受けるならその分払う額も減る。そんな打算もあった。
剣を取れ、槍を掲げよ! 正義は我らにあり、邪悪なる者は光の前に必ず滅びる!往くぞ! 我らが愛するこの街の為に!
応、と男達は声を張り上げた。敵対的とは言わないまでも、お互い反目しあっていた兵士と冒険者が、共通の敵を前に手を携え戦う。その敵は、醜悪な怪物を従えた邪悪なる魔術師。Olの要求を知らされていない兵士と冒険者達はそのシチュエーションに血を沸かせ、正義の心を燃え上がらせた。
剣を持つものならば、誰でも英雄願望を持っている。それを湧き上がらせるのには格好の状況だった。
配置につけ! ゴブリンは前衛に任せ、オーガを優先的に狙え!敵は狙いやすいデカブツだ、ぐっと引き付けて射殺してしまえ!
弓を得意とする者たちが櫓に登り、狙撃の準備をする。
門の前には槍を構えた戦士達が集い、その後方に魔術を得意とする冒険者達が構える。
相手は三種類もの魔物を操ってる。何人魔術師がいるのか知らないが、魔力は殆ど残ってないはずだ。たとえ火球を放ってきても、俺の魔術でしっかり守ってやるから安心してゴブリン共を駆逐してくれよ、兵士さん
まさかお前達に背を任せる日が来ようとはなだが、こんなに頼もしい味方は他にいない!
冒険者の魔術師が兵士に声をかけ、兵士がニヤリと笑みを返す。
勝てる。兵士長はそう確信した。
たとえこの身が朽ちようとも、後続の勇者達が必ず邪悪なる魔術師を討ち滅ぼしてくれる。全身に力が漲り、鎧が軽く感じる。
こんな気持ちで戦うのは初めてだった。
もう、恐れるものは、何もない。
往くぞ、勇者たちよ!
パンッ。
そんな、軽い音を立てて。
兵士長の上半身は消滅した。
第9話街を蹂躙しましょう-4
あ、しまった
ふと漏らしたエレンの声に視線を向けると、彼女は申し訳なさそうにOlを上目遣いで見た。
その、すまん、主殿。敵の最前列に、なんかやたらと調子に乗った感じのポーズを取っている男がいたのでつい射殺してしまった
うっかりカップを割ってしまった、位の口調で彼女は謝る。
Olの目には、門の前に集まっている者達の見分けなどつかない。
空を見上げると、布陣した頃には中天に差し掛かっていた太陽は、やや西に傾いていた。
まあ良いだろう。そろそろ一刻経つし、あの布陣が何よりの答えだ。そろそろ始めるか
Ol側の戦力は、ゴブリン200、オーク70、オーガ30。
そしてOl、黒アールヴ達、スピナ、リルだ。ユニスとローガンは迷宮を守らせている。
ミオとマリーは元々戦力外だ。戦力にならないという意味ではスピナも対して変わらないが、今後の為に見学に来ている形になる。
アールヴ達は櫓の上の弓兵を射殺せ。俺が合図したら、一気に突撃するぞ。リル、スピナ、来い
アールヴ達は弓を構え、次々に矢を放った。櫓という高さのハンデがあって尚、街側の弓とは射程がまるで違う。あちらの弓が届きすらしない範囲から、アールヴ達は次々に射手を殺していった。
灰色熊を一撃で屠る剛弓だ。この距離からでも、人に当たれば半身が丸ごと吹き飛ぶ。すぐさま、敵方は大混乱に陥ったようだった。
Olは左右にリルとスピナを侍らせながら、朗々と呪文を唱え始める。Olが持っている分ではとても魔力が足りないが、かといってリルから魔力を一気に吸い上げるとOlの身体が破裂してしまう。多すぎる魔力と言うのは、人の身には毒なのだ。
ゆえに、二人を傍に置いて魔力を魔術に変換すると同時に、二人から魔力を吸い上げる。理論上、魔力を仕込んだ女を大量に用意する事で、Olはどのような大魔術でも使うことが出来る。
さて、いくぞ
術の構成を整え、Olはリルに口付け魔力を補給する。一息ついて、印を組んだ腕を振り下ろす。
爆ぜよ
街の門が、大爆発を起こして粉々に砕け散った。
なんだ!? 一体何が起こってるんだ!?
腕が俺の腕がねぇぇぇ! どこに行ったんだぁぁぁ!?
弓兵の連中は何してるんだ!?
リーシャ君に最後に会いたかった
そんな奴らとっくに全滅してるよ!
来る、来るぞ、やつらが来る!
嫌だ、死にたくない、こんなところにこれ以上いられるか!
戦場は、混乱の局地にあった。兵士長を初めとして、櫓の上の弓兵達が次々に弾け飛んで死んでいく。街の中に立てこもるべきだという意見と、討って出て敵の魔術師を殺すべきだ、という意見が錯綜する。長を欠いた集団の意見は定まらず、結果として彼らは何もせずにその場に留まると言う最大の愚を犯した。
そこに、門の大爆発である。木製とはいえ、街を守る為の大事な門だ。その強度はかなり高く、魔術で補強もしてある為に破城槌でもおいそれと壊す事などできない。それが、木っ端微塵に吹き飛んだのだ。
爆発に巻き込まれ、何人かの兵士と冒険者も犠牲になった所に敵が進軍を始めたのを見られ、混乱は最高潮を極めた。
わ、我々は街を死守する! 敵は貴様ら冒険者が迎え撃て!
なんだと!? ふざけんじゃねえ、あんな化け物相手に出来るか!
金を払ったんだから、その分働け! 大体、敵の魔術は防ぐといっていたのは貴様らだろうが!大口を叩いただけの仕事はしろ!