あらぬ方向へと首の折れた、無惨な己の死骸であった。
馬鹿な──馬鹿な、馬鹿な、馬鹿なぁぁぁっ!
己の見たものを信じられず叫ぶウセルマートの首を、Olの右腕が掴む。その動作によって初めて、ウセルマートは己の実体をすなわち、霊魂となった己自身を、知覚した。
それだけわめく元気が有り余っているなら心配はいらんな。──選べ
Olはそのままウセルマートの霊を引きずり下ろすと、彼の死骸に突きつけて宣告した。
このまま腐り果て、無に帰すか。蘇生して俺に手を貸すか。どちらかを
蘇生、だと!?
そんな事が出来るはずがない。ウセルマートの常識は、そう叫んでいる。
しかしその一方で、己がその死の淵から既に二度、蘇っている事を記憶していた。
一度目は目の前にいるOlによって。
そして二度目は、あの誰よりも輝かしく美しい、太陽の女神によって。
一度目だけであれば。あるいは、二度の順番が逆であれば、何らかの誤魔化し、詐術の類だと唾棄したであろう。
だが、ウセルマートは知っている。
この芯の底から凍りつくような死の寒さを。そこから舞い戻る暖かさを。
手を貸す、とは何にだ
問うウセルマートに、Olは渋面を作りつつも答える。
我が娘をソフィアを、取り戻す
ソフィア。その名をウセルマートは記憶していなかったが、誰のことを指しているのかはわかった。隠れし太陽の女神。この世で最も尊き女。
いい、だろう
つまりはウセルマートの物、妻となるべき者だ。
この地上の全ての支配者、神帝たる余が手を貸してやる。感謝せよ、下郎
Olに手を貸し太陽神を下したあと。
──この魔王も滅ぼして、女神を手に入れれば良い。
(わたしが言うのも何なのですが)
Olの脳裏に、涼やかな声が響く。
(本当にこれで良かったのでしょうか、お兄様)
加護によって伝わる、女神マリナの預言だ。流石にお兄ちゃんは女神としての威厳が保てないと思ったのか、預言ではOlをお兄様と呼ぶことに決めたらしかった。
月の女神マリナの権能は、最善手を導きはするがその結果がどうなるかまでを見通すことは出来ない。そしてその力が導き出したのは、砂の王ウセルマートを蘇らせ、助力を仰ぐことであった。
ある意味、全ての元凶となった男だ。命を盾にしたところで、素直に従う玉でもないだろう。マリナの不安はわからないでもない。
だがあの男は愚かとはいえその力は侮れるものではない。戦力にならんということはないだろう
敵対した際に見せた、それこそ太陽が大地に降りたかのような強大な炎。その質こそ太陽神の力を借りたものだろうが、量は純粋にウセルマート自身の力量だ。Olもダンジョンの中であればあるいは、己の魔力を仕込んだ女を大量に用意すれば、同じことは出来るだろう。
しかしそれはOl自身の精微極まる魔力操作と、長年の研究の果てに辿り着いた魔力蓄積のすべのあってこそ。ましてや連発するなど、Olでさえ不可能。
ウセルマートはそれをやってのけたのだ。それはまさしく天稟と呼ぶに相応しい力であり、万物の支配者などという大それた名乗りもあながち大言壮語と言うわけではない。
まぁぁぁぁぁぁおぉぉぉぉぉぉうぅぅぅぅぅう!
出し抜けにドタドタと足音が響いたかと思えば、Olの私室のドアがノックもなしに乱暴に開かれる。
これはどういうことだ!?
そして目の醒めるような美女が飛び込んできたかと思えば、艶のある声で叫んだ。
Olは舐めるような視線を、無遠慮に美女に向ける。気の強そうなアーモンド型の瞳。短く切った黒い髪。艶めかしい褐色の肌は白い衣装に包まれていて、所々に施された金の装飾がその肌の美しさを一層輝かせている。
そして何より特徴的なのはスラリとした長身と、リルやサクヤに匹敵するほどの豊かな双丘であった。
存外似合うではないか、ウセルマート
ふざけるなぁぁっ!これはどういうことだと聞いている!
笑いを漏らすOlに、美女──ウセルマートは詰め寄る。
大きい乳房が好きだと言っておったではないか。だからその希望を叶えてやったまでのことだ
自分に巨乳がついていても何も嬉しくないわっ!
死体の傷を癒やし、動いてない心の臓を動かし、その骸に命を戻す術。Olにとっては造作もない魔術ではあるが、それは極めて高度な術だ。それに比べれば、肉体の在り様を変化させて性別を変えることなど、大した技ではない。
なにせOlの迷宮というのは後宮をも兼ねている。そんなところを、Olの寝首をかく気満々の好色な男にうろつかれるわけにも行かない。裏切り防止の人質も兼ねた、策であった。
嬉しくないと言うならなぜ自分で揉んだのだ?
なっみ、見ていたのか!?貴様、余の肌を盗み見るなどなんと不埒な!
うろたえるウセルマートに、Olは思わず呆れて答えた。
冗談のつもりだったが、お前、本当に揉んだのか
ええい!眼の前にこれほど豊かな、理想と言える乳があるのだ!揉まずして何が男か!
開き直ったかのように胸を張るウセルマート。Olはその乳房を無造作にむんずと掴んだ。
何をする!?
眼の前にあれば揉まなければ男ではないと、お前が今言ったのではないか
ウセルマートはすばやくOlから飛び退いて、涙目で己の胸を腕で庇う。
ふ、ふ、ふ、不埒な!この高貴な余の胸を揉むなど、万死に値する!
元は男だろうに、乳の一つや二つ気にするでない。大体、お前に施術したのはこの俺だぞ。肌を見るだの触れるだの、今更であろうが
別段見て楽しいというわけではなかったが、男のときからウセルマートは均整の取れた美丈夫ではあった。それを元に女の姿にしたのだから、美しくないはずがない。今のウセルマートの姿はOlをして、なかなかの力作であると自負するほどであった。
せ施術しただと!?余の身体にこの聖体に触れたというのか!?
それがどうしたというのだ
Olほどの術者ともなれば触れずとも施術はできるが、わざわざそんな事をして難易度を上げる意味もない。
まさか、裸身を見たなどと言うのではなかろうな!?
見ずにどうやって施術する
別にOlとて男の裸など見たくはないし、女に作り変えたあともまじまじと見るようなことはしていない。だが、ウセルマートはショックを受けたように両手をわななかせ、己の顔を覆った。
別段、見られて困るようなものはなかったと思うが
当然だ!万物の支配者たるこの余に、そのようなものがあるか!
では何だというのだ、とOlは困惑する。
誰にも見せたことのない我が聖体、生まれたままの姿を、よもや最初に見たものが男になるとは
誰にも見せたことがないだと?
Olは首を捻って尋ねた。