第19話高慢なる砂漠の王の鼻をへし折り絶望の淵に落としましょう-4
マリーちゃん、と呼びなさい
目を覚ましたウセルマートに開口一番、マリーはそう告げた。
貴様とか金髪の娘とか半人前とかそんな呼び方しかしないじゃない。ちゃんと名前を呼ぶ。はいっ、リピートアフターミー、マリーちゃん!
な、なぜ余がそのような事を
気づけばウセルマートは小さな部屋で寝台に寝かされ、シーツを被せられていた。おそらくは医務室なのであろう。目覚めたばかりでいきなりそんな事を命じられ、ウセルマートは狼狽えながらも答える。
負けたら何でも言うこと聞くって言ったでしょ?
余が約束を守らねばならぬ道理もないと言ったであろうが。余とマリーちゃんでは格が
口をついて出た言葉に、ウセルマートははっとして口をつぐむ。
マリーはにんまりとして言った。
口約束とは言え、魔術師と軽々しく約束するとそうなるんだよー。勉強になったでしょ、うーちゃん
う、うーちゃん!?
今まで経験したことのない馴れ馴れしい呼称に、目を白黒させるウセルマート。
ウセルマートって長いじゃん。だからうーちゃんでいいでしょ
マリーちゃん、余を誰だとくっ、何なのだ、この忌々しい呪いは!
貴様、などとマリーを呼ぼうとすると、自動的にその語がマリーちゃんに変換されてしまう。どのようにかけたかすら皆目見当もつかない意味不明な呪いに、ウセルマートは思わず毒づいた。
いいじゃん、友達なら名前でちゃんと呼び合うものだよ
と、友達だと!?
ソフィアを助けに行く仲間でしょ。ついでに友達にもなってあげる。うーちゃん友達いなさそうだし
不遜に不遜を重ねた物言いに、ウセルマートは絶句する。
あ当たり前だ!余は王の中の王、万物の支配者!そのような物は不要!
いや必要でしょ普通に。王様だって何だって、気を許せる友達は必要だよ。Olさまだってそうだもん
魔王に英雄王、大聖女に氷の女王。マリーが今まで見てきた国の支配者は、確かに皆孤高の存在であった。決断は一人でしなければならず、その責任を負わなければならない。
けれど同時に、誰一人孤独ではなかった。その傍らには気を許せる腹心が、仲間がいた。王であろうと何であろうと、孤独では生きられない。
そしてもし本当に孤独であろうとするのなら国を治め王であろうとする意味などないのだ。
魔王も?
お、気になる感じですかー?
べ、別に気にしてなどただ、魔王の友人とやらに興味があるだけだ
それが気になるってことなんじゃないかな、と思いつつもマリーは口に出さない。
リルやユニスも友達っぽいっちゃ友達っぽいけどねー、やっぱり奥さん枠だから友達枠で一番はなんだかんだ言ってローガンなんじゃないかなあ。意外と仲いいんだよねあの二人。それにユニスのお父さんとも前お酒飲んでたし、お兄さんともそれなりに付き合いあるみたいだしあとトスカンさんとか、下町のドヴェルグさん達とか。Olさまああ見えて結構コミュ力高いっていうか
そ、そんなにか?
指折り数えるマリーに、我が身と比べて慄くウセルマート。
王とは孤高なるもの!他者に縋るとは惰弱の極みよ。魔王ともあろうものがその体たらくとは、呆れるわ!
ふうん。本当にそう思うんなら、別にそれはそれでいいと思うけど
マリーの青い瞳が、ウセルマートの目を覗き込む。
それ、誰に言われたの?
まるで、その奥底までを見通すかのように。
だ誰にでもない。己で辿り着いた答えだ
答えるウセルマートの声には、しかしまるで覇気のないものだった。
起きたか、ウセルマート
二人の声を聞きつけたのか、医務室の扉が開き、Olが姿を現す。
魔王っ!
ウセルマートは反射的に上半身を起こそうとするも、あることに気づいてすぐにシーツを被り、再び横になった。
ああ、もう少し寝ていろ。肋骨が五本折れていたからな。治療はしたが蘇生もしたてだ、生命力が足らん。後で粥でも持ってきてやる
貴様が余を、治療したのか?
淡々と告げるOlに、ウセルマートはシーツで口元を隠すようにしながら問う。
いや、Shalという娘だ。それがどうかしたか?
何でもない
そうは言うが、ウセルマートはあからさまにホッとした様子だった。
治療の腕は俺よりいい僧侶だ。骨接ぎを仕損じる事は万に一つもないから安心しろ
別にそのようなことは案じておらぬわ。貴様の腕は認めていると言ったであろうが
吐き捨てるように言うウセルマートをじっと見つめ、出し抜けにマリーは口を挟む。
うーちゃん、Olさまのこともちゃんと名前で呼ぼうか。何がいいかなー?結構皆バリエーションあるんだよね。Olさまとか主殿とかOlさん、最近はお館様とかてて様とかあなた様とか
オ、Ol!Olと呼べばいいのだろう!
慌てて、ウセルマートは叫ぶ。このままではどんな恥ずかしい呼び方をさせられるかわかったものではない。このマリーという小娘、やると言ったらやる女だ。ウセルマートはそう認識した。
なんだ、そのうーちゃんというのは
ウセルマートって長いでしょ?だからうーちゃん
Olにまで呆れた様子でそう呼ばれた時、かつてない感情がウセルマートを支配した。
メス、だ
その感情をなんと呼んだらいいかわからぬまま、彼女はそれを口にする。
余の名は、ラーメスだ。ウセルマートとは即位名王としての名に過ぎぬ
ウセルマートいや、ラーメスは横たわって天井を見上げたまま、呟くように告げる。
余のことはラーメスと呼べ。特別に許す
じゃあ、ラーちゃんだね!
すぐさま、マリーが愛称をつけ直す。
ほとんど変わっておらんではないかっ!
ええー、全然ちがうよ、うとラだよ?
そこではないわ、この痴れ者がっ!
言い合うマリーとラーメスの姿をみて、Olはククと喉を鳴らす。
それだけやりあう元気があるなら心配は要らぬな。また来る。養生しておけよ、ラーメス
ううむ
Olが言うとラーメスは途端に大人しくなり、こくりと頷き部屋を出ていく彼を見送った。
おいマリーちゃん
Olが部屋を出ていってしばらくし、ラーメスはマリーに声をかける。
寒い。服を持て
治療の邪魔だったからか、ラーメスのシーツの下は一糸まとわぬ裸であった。
Olさまに裸見られるの恥ずかしいもんね
寒いからだ!
クスクスと笑うマリーに、ラーメスは怒鳴り返した。
順調みたいね
ダンジョンの通路を歩く、Olの影。そこからするりと這い出すようにして、美貌の使い魔は囁いた。
お前の目にもそう見えるか