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Olの問いに、リルはこくりと頷く。

ならば重畳。まあ、油断はできんがな

マリナの力も使ってるんでしょ?

そういう時こそ落とし穴は口を開けて待っているものだ

相変わらずねえ

常に最善手を打つ女神の啓示。そんな能力を持っているなら多少なりとも油断するのが人の常であろうに、それをこそ最大限警戒する己の主人に、リルは苦笑した。

人は必ず裏切るこういうのも、それに入るのかしら?

無論だ。自分自身こそ、真っ先に己を裏切る

ラーメスに施した性転換は表面的なものだけではない。骨格や筋肉、内臓に至るまで全てを女性化してある。そしてその内臓には、脳の作りすら含まれる。

人智を超えた所業であるが、女神マリナの最善手と、精微を極めたOlの医療魔術を組み合わせれば不可能ではない。

段々と、ラーメスは考え方や性的指向すら女性化していっているのだ。

所詮精神など肉体の傀儡に過ぎぬ。奴にはそれを存分に思い知ってもらおう

久々に悪い顔してるわねー

でもそれでこそOlなのかも知れない。

調子の戻ってきた主人に、使い魔は笑みを見せた。

第20話一歩踏み入れば即死するダンジョンに挑みましょう-1

大丈夫だよ、おうる

ちゃぷりと魚の尾に変じた下半身を海水につけ、タツキがそう請け負う。

準備を整えたOlたちはラファニス大陸の東の果て。海岸へと訪れていた。

この中にいる間は、たつきが守ってあげられる

うむ。頼りにしているぞ、海神タツキよ

そう言って頭を撫でるOlの手を、タツキは気持ちよさそうに受け入れる。

神の名を呼べば力を与えられると言うが、タツキにとってはこの手の方がよほど力になるのかも知れない。

ではつなぐぞ、我が主

ああ。頼む

境界を司る塞の神、ミシャが波打ち際に立って着物の袖を翻す。

足元は水際。先に進めば溺れるが定め

彼女は呪文のようなものを口にするが、相変わらず光も出なければ音もない。

そら。我を超えて、三歩進んでから振り返れ

言われた通りに、Olたちはミシャの横を通って三歩、海へと足を踏み入れた。

相変わらずの技だな

振り返るとそこはもう、異大陸の浜辺。かつてOlが船でリルとともに辿り着いた海岸であった。Olを持ってしても、一体どの時点で転移したのかわからない自然さだ。

波から外に出ないように気を付けて

タツキが沖合を泳ぎながら、警告を発する。

一歩でも出たら、見つかっちゃうよ

言われるまでもないことだった。大気自体に神気が満ち満ちて、わずかでも足を踏み入れれば即座に粉々に砕かれてしまうであろうことは、その場にいる全員が肌で感じていた。

山が

不意にホスセリが彼方を見据え、ぽつりと呟く。

山が、ない。不尽の山、姫様の山が!

ヤマトのどこからでも臨むことが出来た、サクヤの火山。美しい曲線を描いていたあの山が、ぽっかりとヤマトの景色から失われていた。

姫様!

待て、ホスセリ!

駆け出そうとするホスセリの腕を、Olは咄嗟に掴んで止める。

御館様、でも!

落ち着け。サクヤならば無事だ

断言する彼に、ホスセリは僅かに落ち着きを取り戻す。

本当?でも、どうして

アレがそう簡単にくたばる玉か。それに、見よ

Olは景色を指し示す。

火山がなくなっている以外、風景に何の変化もなかろうが

そう言われても、ホスセリとてヤマト全土の風景を記憶しているわけではない。しかしOlははっきりと記憶していた。何なら詳細な地図も作っていた。

あれほど巨大な山、崩すにしろ砕くにしろ、大量の土砂が出るだろう。跡形もなく消えるというのはおかしいとは思わんか?

それは確かに

なにせサクヤの火山はヤマト一の高さを誇る霊峰だ。ただ破壊したのであれば景色に見覚えがないと言ってもすぐわかるはずだ。

お引越ししたのかな?

どうやって山が引っ越すっていうのよ

首を傾げるマリーに、ザナが呆れる。

おそらくはそうだろうな

だがそれを肯定するOlに、驚きの声をあげた。

ダンジョンの場所の入れ替えはソフィアもやっていたことだ。全知全能であればその程度、造作もあるまい

なぜそんな事をしたんでしょう

ぽつりと呟くイェルダーヴ。いい視点だ、とOlは頷く。

サクヤの火山は龍脈の真上にあった。無尽蔵の力が流れ込む。それこそがあいつの強さの源だ。たとえ滅ぼしたとしてもやがて蘇る。かといってもはや火山自体はソフィアを取り込んだ神にとって身体の一部だ、破壊することはかなわぬ。故に僻地にでも飛ばしたのだろう

ということは

ホスセリは目を見開き、輝かせた。

ああ。先程も言ったとおり、サクヤは無事だということの証左でもある

良かった

ホスセリにとってサクヤとはただの主ではない。ずっと一族を見守ってきた、姉、あるいは母にも近しい存在だ。彼女はうっすら涙すら浮かべて、ほっと安堵の息を吐く。

けれどOlの言い方に、マリーは違和感を抱いた。確かに筋は通っている気はするが、どこかおかしい気がする。それがどこなのかはわからないが、Olらしくないと言うか、いつもと違うという漠然とした感覚があった。

それは何よりだけどここからどうするの?一歩でも上陸したら死ぬんでしょ?

波に濡れるブーツに顔を顰めつつ、ザナ。

ああ。まずは海中を行く。タツキ、先導を頼むぞ!

まかせて!

海面をぴょんと飛び跳ねて、人魚のような姿でタツキが水中をゆく。Olは全員に水中呼吸と水中歩行の術をかけると、海の中へと進んだ。

わー、すごい

普段目にすることのない海中の光景にマリーは思わず声をあげる。咲き誇る珊瑚に花のようなイソギンチャク、色とりどりの魚達とともに泳ぐタツキの姿は、まさしく海の姫君とでも言うべき美しさだった。

タツキがひょいと魚に手を伸ばし、おやつ代わりにムシャムシャと食べるまでは。あれは姫ではない、暴君だ、とマリーは認識を改める。

しばらく海中を進んでいくと、切り立った岩肌に人工的な真四角の入り口が見えた。

あれは

タツキ専用の通用口だ

それはかつてタツキが海からダンジョンへと通うのに使っていた、水中回廊だ。彼女がソフィアのダンジョンに常駐するようになってからは使われていなかったが、わざわざ潰す必要もなく残しておいたものだった。

まさか初めて外敵の侵入を許した通路から自分が侵入することになるとは、とOlは内心呟く。

ここから森のダンジョンの地下に出られる

森のダンジョンって、敵の真っ只中なんじゃないの?

回廊の終わり、頭上の水面を指し示すOlに、ザナは難色を示す。ここまではタツキの加護によって無事に来られたが、水中から一歩出た途端太陽神に補足される状況は変わらないままだ。