かつてOlが初めてこの大陸を訪れた時、マリーとともにやってきて。
──そして、ソフィアと出会った場所だ。
とりあえず一息つけそうだな
階下への通路を氷で塞げば、間断なく続いていた小鬼たちの襲撃が途絶える。Olは簡易的な結界を張って、革袋からテーブルと人数分の椅子を取り出した。
ダンジョン探索には相応しくない内容で悪いが
そう言って出されたのは、リルが丹精込めて作り上げた出来たての料理だ。
そんな理由で文句言うのOlさまだけだよ
なおOlの言うダンジョン探索に相応しい食事の内容とは、硬く焼き締めたパンに干し肉、革袋のワインといったものである。
前々から思っていたのだが、いくら余が王の中の王と言っても、毎日毎日これほどの贅を凝らさなくてもよいのだぞ
仔牛のソテーを口に運びながら、ラーメスはぽつりと言った。それは肉とは思えぬ程に甘く、歯を立てずとも舌の上でほろりと解ける程に柔らかい。サハラ中の富を集めた首都でも、年に一度の大祭くらいでしか味わえぬ美味だ。
信じられないけどね、これ、普通の食事なのよ、こいつらの
すっかりその味に慣れてしまった舌で味わいながら、ザナ。無事故郷を救って戻れたとしても、ヒムロの国の粗食に自分は耐えられるだろうか、などと危惧を抱くほどであった。
流石に普通はいいすぎだよ。Olさまは王様だし、リルはとっても料理が上手だから
絶句するラーメスに、庶民の生活も知るマリーが補足する。
あの角と翼の生えた女かぜひとも余の料理番に加えたい腕だ
リルのことを話す時にあのおっぱいに言及しないなんて、ラーちゃん本当に女の子になっちゃったんだなあ、などと思いつつ、マリーは食事を平らげる。
さて、そろそろ我々が目指すところを話しておこうと思う。そのまま食べながらで良いから聞け
食事が一段落したところで、Olはそう口を開いた。
神からソフィアを救うこと、じゃないの?
うむ。その、具体的な手段についてだ
マリーの問いにOlが頷いた、その時。
突然、轟音とともに地面が揺れた。
何!?地震!?
いや、これは
ヤマトは地震の多い国ではあるが、その揺れ方は地震のそれとは明らかに異なっていた。テーブルの上の皿がガタガタと音を立て、ガラス製の器が落ちて割れる。
ああっ!余のジェラートが!
言っている場合か、来るぞ!
初めに見えたのは、巨大な触角。それに次いで真っ赤な頭が現れて、毒々しいオレンジ色の脚が幾本も木々の間からずるりと出てくる。
ヤタラズだ!
山をぐるりと八巻するのにやや足りぬ。そう呼ばれるほどの巨大なムカデが、Olたちを見下ろしていた。
問題ない。あれなら処理できる
とは言えかつてホスセリがさしたる苦もなく一度倒した相手だ。
彼女はとんと跳躍して身軽な動作で大ムカデの背に取り付くと、麻痺毒を塗った短刀を引き抜いた。それで一本目の脚と二本目の間の神経を麻痺させてしまえば、全て終わりだ。
一匹であれば。
突然、もう一匹の大ムカデが森の影から現れたかと思えば、ムカデの背に乗ったホスセリを跳ね飛ばす。不意を打ったその一撃をホスセリはかわしきれず、彼女は地面に叩き落された。
ホスセリ、無事か!?
ごめん、御館様。しくじった
ホスセリは上半身を起こしつつ、顔をしかめる。強力な毒を秘めた大顎の一撃はなんとかかわしたが、脚の先端を避けきれず太ももがざっくりと裂けていた。Olは手早く魔術で止血するが、完全治癒には程遠い。この身体でムカデの背に取り付くのは無理だろう。何より二匹いるのでは、先程のように跳ね飛ばされるだけだ。
あれ、奥さんかな
悠長なことを言っている場合か。仕方あるまい、援軍を呼ぶぞ
大ムカデを見上げて呟くマリーを叱責しつつ、Olは革袋の口を大きく開く。
ミオ!
Olがその名を呼べば、小麦色の髪を三編みにした素朴な娘が現れる。魔王軍最強の名をほしいままにする獣の魔王。牧場主のミオであった。
アレを手懐けられるか?
ご
大ムカデを指し示すOlに、ミオは蒼白になる。
ご、ご、ご、ごめんなさい、あれは無理ですううう!脚が脚が十本より多い虫だけはちょっと!
あるいは虫の類は操ることは出来ないのではないかとは思ったが、予想を上回るまさかの弱点であった。
逆に十本以下ならなんとかなるの?
アラクネさんとかならギリギリ
アラクネとは蜘蛛の下半身と人の上半身を持つ魔獣だ。蜘蛛で八本、人の腕が二本。確かにちょうど十本ではある。
くっ、しかしあのデカブツを二匹相手にするとなると
手懐けられない事は予想してはいたが、ミオ自身が戦力にもならないと言うのは想定外であった。他にあれを相手にできるとすれば、ユニスか、ウォルフか。しかしどちらも戦うには大量の理力を消費する、いわば切り札だ。
お任せあれ、主殿
逡巡するOlの手にした革袋から涼やかな声が響き、褐色の腕がぬっと突き出る。
友の窮地は我が窮地!助けに来たぞ、ミオ殿!
現れたのは黒アールヴの長、エレンであった。
しかしエレン。あれをどう倒す?
なにせあの大ムカデはユニスの剣すら弾く甲殻を持っている。いかに黒アールヴの剛弓と言えど分が悪い。矢足らず(ヤタラズ)の名は伊達ではないのだ。
テナとかいう娘に聞きました。何でもあれは人の唾液に弱いとか。主殿、失礼するぞ
言ってエレンはOlに突然口づけた。のみならず、舌を存分に絡めて濃厚なディープキスをかわし、ちゅぷちゅぷと唾液を交換する。
妖艶な吐息を漏らしながら銀の糸を伝わせると、彼女はその唾液を矢に吹きかけて弓を構えた。
大ムカデが突進してきた瞬間エレンは蔓草を木の枝に伸ばし、振り子のようにぐんと身体を揺らすと、そのまま高く飛び上がってそれをかわす。
そしてそのまま空中で身体を捻ると、立て続けに二発、矢を放った。
それは狙い違わず二匹の大ムカデの左目と右目とに突き刺さる。ムカデの巨躯からすれば、ほんの小さな傷。しかしそれは致命の傷であった。
矢の刺さった目の部分から大ムカデの身体は灰に染まり、動きが緩慢になっていく。そして数秒もすると、完全に石と化して停止した。
何をしたのだ?
大ムカデは唾液に弱いと言っただろう?
エレンは自信満々に答える。
ちょうどミオ殿から譲り受けたバジリスクの唾液を仕込んだ矢を持っていたのでな。使ってみた
バジリスクの唾液に弱くない生き物など、この世にいるかっ!
ミオだけが、流石エレンさん、すごいですと素直にパチパチ手を叩いていた。
第20話一歩踏み入れば即死するダンジョンに挑みましょう-3