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縋るように、ラーメスはそれを見つめる。簡素な碗は状況を打破するのに何の役にも立ってくれなかったが、しかし闇に抗するように光り続ける。それは少なくとも、ラーメスを無明の闇から救ってはくれた。

もしこれが完全なる暗闇に閉じ込められていたら、ラーメスは正気ではいられなかっただろう。

助けて

その暖かな光に導かれるようにして、ラーメスの口から言葉が漏れる。

助けてくれ頼む余が、悪かったお願いだ

もはや壁の向こうにOlはいないだろう。そう知っていてなお、祈るように、ラーメスは助けを乞う。

助けてくれ何でもするから

その言葉に偽りはないか?

ぬわぁっ!?

呟きにすぐそばから答えが返ってきて、ラーメスは悲鳴を上げながら飛び上がった。

Olの声は壁の向こうどころか、真横から聞こえたのだ。

オ、Ol!?何故ここにいる!?

壁は一瞬たりとて開いていない。入ってきたならすぐに分かるはずだった。

本当にお前は愚かなやつだな

いっそのこと優しげな声で、Olは言った。

俺は境界の神の加護を得ているのだぞ。扉にせよ壁にせよ、遮るものが役に立つわけなかろうが

ラーメスは絶句する。では、最初の最初から、ラーメスはOlの手のひらの上だったのだ。

だ、だが何故だ?何故わざわざ戻ってきた?

だとするのなら、これはラーメスを葬るための策だったのだろう。Olにとってもはやラーメスに利用価値はなく、排除する絶好の機会だったはずだ。

俺には確かに戻る理由などない。だが、こいつがな

やっほー、ラーちゃん

Olの後ろから聞こえてきたのは、マリーの声だった。

マリーちゃん?何故

だがマリーにとっても理由などないのは同じはず。

だって、友達でしょ?

そんなラーメスの思考を、マリーはあっさりと打ち砕いた。

友達?

言葉の意味はわかる。しかし彼女が何を言っているのかはわからなかった。

わからぬ。余を助けて何の利がある?

今までのラーメスであれば、それを当然と受け取ったかも知れない。万物の支配者たる自分に民草が尽くすのは当然であると。しかし今はもう、気づいてしまった。ラーメスには何も残されていないのだ。

ないよ、そんなの

な!何かはあるのであろう!?

自身が同じことを考えていたというのに、あっさり答えるマリーに、ラーメスは慌てた。

ないよ。だって戦力としてはOlさまの言う通り必要ないし、美人だけど女のわたしにとってはどうでもいいし、性格は悪いし、ザナさんと険悪だし

いっそ殺せ!

マリーは指を折りながら並べ立て、ラーメスは思わず叫ぶ。

だけど、友達になったげるって言ったでしょ?

そんな彼女に笑いかけ、マリーは言った。

魔術師は約束を破らないんだよ

マリー、ちゃん

ほとんど何も見えない闇の中だが、その朗らかな笑みは、ラーメスにも伝わった。

そんなところに割って入る、意地の悪い声が一つ。

何でもする、というのは本当か?

Olさま~

せっかくわたし良い事言ったところなのに、とマリーはぼやく。

それはお前の事情だろう。俺がこいつを助けてやる理由も、お前の求めを聞いてやる理由もない

うう、それはそうなんですけど~

Olはなんだかんだマリーに甘いから、割と聞いてくれると思っていた。とは流石に思っても口には出せないマリーである。

で、どうなんだ?

だ、だが流石に、何でもというのはだな

先程そう呟いたときには、心からの本音であった。だがこうして改めて問われてしまうと、迷いが生まれる。

そうか、では達者でな、いと気高きラーメス様

待て待て待て!こんな場所で達者も糞もあるか!

あっさりと壁をすり抜け出ていこうとするOlを、ラーメスは必死に止めた。

だ、だが余は万物の支配者、王の中の王!おいそれとそのような条件を飲むわけには

それなんだがな

Olは真面目な声色で、言った。

お前には向いていない。やめた方が良いぞ

何だと!?

瞬間。立場も状況も忘れて、ラーメスは激高した。

この余が!王に向いていないと、そう申すのか!?

炎が立ち上り、Olを燃やさんとしてそして、瞬く間に立ち消える。

忘れたのか?お前には俺たちを攻撃できない呪いが練り込んである。本気で攻撃するつもりなら、すぐに消えてしまう呪いがな

つまり、さっきのが全然本気じゃなかったのは、わたしもわかってたんだよ

マリーを燃やすことなど、ラーメスには出来なかったのだ。物理的にも心情的にも。

余は余は

炎の消えた己の手のひらを見つめ、ラーメスは呆然として呟いた。

余を友などと呼んだ人間は初めてだったのだ

お前は生まれながらにして王。万物の支配者だと、そういったな

ラーメスは力なく頷く。

だが、サハラは広大とて全てを支配していたわけではない。何故お前はそれを自称していた?

それはそれ、は

紛れもなく真実であるからだ。そう答えようとして、ラーメスは言葉を詰まらせる。

それが真実であるという根拠は何だ?

ラーメスが言えなかったことを言い当てて、Olは問うた。

お前は誰に、それを吹き込まれた?

この世で最も高貴なるもの。

万物の支配者。

王の中の王。

そうあれ、と、育てられた。

父上と母上に

自分がそうでない可能性など、露ほども思いつかなかった。

王たるものが、己の意志以外で王であらんとして、なんとする!

Olの叱責に、ラーメスはびくりと身体を震わせる。

ああ、ああああああああああ

その脳裏に去来するのは、光一つ差さぬ闇。小さな子供ですら屈まねば入れぬような、狭く暗い石櫃の中。

お許しをお許しください父上

彼女はOlに縋り付いて、そう懇願した。

俺はお前の父ではない

ぽんとラーメスの頭を撫でて、Olは優しい声で囁く。

なあラーメス。お前はもう、王であろうとしなくて良いのだ。ありのままの、ただのラーメスで良い

だが王でない余にはなにもない。何者でもないということには、耐えられぬ

己の身体を掻き抱くラーメスの肩に、Olはそっと腕を回した。

ならば、俺のものになれば良い。マリーと同じ、この魔王の物に

マリーと同じ

ぽつりと呟くその呼び名。呪いに強制された敬称が抜けたのは、呪いの解除条件を満たしたから。彼女が心から、マリーのことを友達であると認めたからだ。

どうやったら、Olの物になれる?

簡単なことだ