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死を覚悟して全員でかかったとしても、勝てるかどうかわからない相手だからだ。

まずザナの放った氷の槍が、四方八方からサクヤへと突き刺さる。それを追う様にしてラーメスの放った火球を、マリーの冷性剣が猛烈な吹雪へと変換して凍りつかせる。間髪入れずに、ユツが尾を変化させた巨大なハンマーを凍りついたサクヤに向けて振り下ろした。

無数にばら撒かれたホスセリの手裏剣がそこへ突き刺さって、破壊の嵐の中、躊躇うことなく踏み込んだホデリの刃が喉元に向かって振るわれ──

鉄の壁さえ斬り裂くその一撃を、サクヤは紙でできた扇の先端で、軽く防いだ。

目を見開くホデリの眼前で、桜の花びらが舞い散る。

否。それはひとひらずつが膨大な熱量を込めた炎の欠片だ。

ぬっ!

下がって!

堪らず飛び退るホデリを援護するために、ザナが放った氷術が炎花を狙って迸る。

だが消えたのは、指先ほどの大きさの花びらではなく、ザナの放った氷の塊の方だった。

斯様なもの、余が平らげてくれる!

ラーメスの全身を炎熱の鎧が覆い、彼女はそれを引き裂くようにして脱ぎ捨てると、まるで旗のように振るう。ラーメスが作り出せる中でもっとも温度の高い炎鎧を、不器用な彼女が攻撃に使うために編み出した技。

馬鹿な!?

だがそれは、サクヤの炎花に触れるやいなや弾けとんだ。身体から離した為に多少の減衰はあるにせよ、ラーメスの炎さえも通じぬほどの熱量を、花びらの一枚一枚が秘めているのだ。

ひらり、ひらりとサクヤが扇を振るう度に花びらは舞い散って、広間の中を満たしていく。その美しい花弁に炎も氷も、風も刃も防がれてしまう。

Ol、

ザナは打つ手が無いんだけど!?と叫ぼうとする。

セレスを呼んで!

だが実際に口から飛び出したのは、彼女自身が知らぬ名前であった。

お呼びに預かります

Olの手にした革袋から、金の髪を持つ美しい白アールヴが現れる。その美貌はザナさえ息を飲むほどだったが、けれどこの状況で彼女一人が加わったところでどうにかなるとは思えなかった。

ところで呼ばれたは良いのですが、どうしたらいいのでしょうか?

あれ何とかしてよ!

それどころか状況さえ理解していないのか、可愛らしく小首を傾げるセレスに、ザナはサクヤを指差して怒鳴った。

何とかすればよろしいのですね

キリと弓を引き絞るセレスに、ザナの胸中を絶望がよぎった。あの凄まじい炎の花弁を前に、矢など通用するわけがない。鉄でできていたってサクヤに辿り着く前に溶けて消えてしまうだろうに、セレスが構えているのは木製の矢で、鏃すらついていないのだ。

ひょう、と矢が放たれる。

それは無数に舞い散る炎花の隙間をするりと抜けて、サクヤの手元に突き刺さる。火山の女神が扇を取り落した瞬間、炎花は溶けるように立ち消えた。

何とか、いたしましたよ

魔法のようなその絶技に、ザナは己の目を疑った。視界を埋め尽くすかのように舞い散る無数の炎花の隙間。そう、それは、確かにある。サクヤの姿が見えていた以上、理屈の上では、あるのだ。

だがそれを射抜くなどとは誰も予想せず、セレス以外の全員が絶句した。

そしてそれは、全知全能の神でさえもまた、同様であった。意識の隙間はほんの一瞬。けれどその一瞬に、動いたものがいた。

ホデリとホスセリの兄妹だ。

彼らとて、セレスの技に目を奪われたのは同様であった。だが幼い頃から鍛え抜かれたその肉体がそして何より、母であり、姉であり、仕えるべき主君であるサクヤへの想いが、二人を考えるまでもなく突き動かしていた。

御免!

二刀と一刀。三振の刀が、交錯して。

見事、です

サクヤは微笑みながらそう囁いて、倒れ伏した。

ホデリとホスセリは残心も忘れ、サクヤに駆け寄る。あの声、あの表情。

疑うまでもない、彼らの主君のものだった。

その背後に立ち、Olがぽんと二人の肩を叩く。

この程度の傷であれば幾らでも蘇生できる。仮にも神だ、人より柔などということはなかろう。奴などこれより酷い状態から三度も蘇生してきたぞ

ラーメスを顎で示すOlに、ホスセリはほっと息を吐く。

殿。では

ああ。よくやった。結界は無事に張れた。一先ずは俺達の勝ちだ

Olは複雑な魔法陣が描かれた巨岩を指し示す。

いくら全知全能と言えど、神は神だ。その力は信仰によって支えられている。単純に、太陽を信仰するものが数多くいるからこその強さである。

Olの張った結界は、その信仰心の伝播を阻害するものであった。結界の作り方は氷の女神マリナに尋ねれば良いだけだ。太陽神の力を損ねるのに最適な術をと。

あとは弱った太陽神から、ソフィアとサクヤの力を引き抜くために交渉するなり制圧するなりすれば良い。皆、ご苦労──

Olのその言葉を、遮るように。

魔法陣を彫られた巨岩は、真っ二つに割れて崩れ砕け散った。

そう、その作戦は紛れもなく最善だった

男のものとも女のものともつかぬ、透明な声色が響き渡る。

問題があるとすれば

信仰を阻害されて力を失うまで、多少の時間がかかることだ

たったの、百年ばかりだが

全く同じ声が、別の口から発せられていた。

即ち、ソフィアの姿をした太陽神と──

虚ろな瞳でこちらを見下ろす、ユニスとスピナからだ。

さて

ユニスの放った斬撃がOlの手にした革袋を引き裂き、粉々に破壊する。

そろそろ幕引きにしようか、魔王Ol

第21話全知全能の神を斃しましょう-4

全知全能という言葉に、いささか過大な表現があるという事は認めよう

狙いすました矢はあっさりと退けられて、炎も氷もまるで効いた様子はなく。

この二人は強敵だった。仕留めるのに随分時間がかかったし、境界の神に遮られていささか不自由な思いをしているのも確かなことだ

ホデリの刀は折られ、ホスセリの手裏剣も底をつき。

けれどあなたにこれ以上の策がないことくらいはわかる。魔王Ol

膝を屈するOlに、淡々と、太陽神は言い放った。

愚かなことだ。氷の女王の言っていた通り、自らの分をわきまえて籠もっていれば平穏に暮らせただろうに

随分と

Olは吐き捨てるように、言葉を返す。

饒舌になったものだな、太陽神よ

ああ。先程取り込んだ、ユニスのせいかも知れないな。まあ、おかげで

太陽神が指先をついと動かす。その動作とともに、セレスの首がストンと落ちて、彼女は死んだ。

こんな芸当もできるようになった

その光景をどこか遠くに見ながら、マリーは呆然としていた。

彼女は今まで一度として、Olのことを疑ったことがなかった。それは彼の言うことを嘘だと思ったことがない、というだけではない。彼が絶対的な庇護者であり、己を守ってくれると言うことを、疑ったことがなかったのだ。