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だから今回も、ソフィアが太陽神などという得体のしれない存在になったとしても、さしたる心配をしていなかった。Olであれば何とかしてくれるのだろうという、絶対的な信頼があったからだ。

ここで初めて、彼女はそれを失いつつあった。

Olにも出来ないことがあることを、思い知らされたのだ。

マスター!逃げ

警告を発しようとしたザナが、マグマに巻き込まれて消える。

くっ、ここまでか!

ラーメスが迫りくる壁に潰され、血の花を咲かせる。

か、は!

太陽神がパチリと指を鳴らしただけで、ホデリとホスセリがばたりと倒れる。ザナの死によって氷の壁を作ることができなくなり、太陽神の領域に踏み込んだからだ。

──駄目だ、とマリーは膝をつく。

どうしようもない無力感。足元がガラガラと崩れていくような恐怖と絶望。

それは彼女が、生まれて初めて感じる感情だった。

なんだ?

次は自分か、それともOlの番か。そう思うマリーの耳に、訝しげな声が届く。

視線をあげる彼女の目に映ったのは。

視界全てを埋め尽くす、膨大な数の小さな炎だった。

てください

か細く、震え、緊張に裏返った声。

立って逃げて、ください!

けれどそれは絶望し何も出来ずにただ蹲るマリーに、はっきりとそう命じた。

イェルダーヴさん?

青ざめた表情で震え、涙を浮かべながら、それでもイェルダーヴはしっかりとマリーを見つめる。

逃げるってでも

マリーはOlに視線を向ける。追い詰められた彼の表情は、とてもなにかの策が残されているようには見えない。太陽神の言う通り、万策尽きたのだ。

わ、わたしは自信がありません。じ、自分のことが、信じられ、ません

なおも小さな炎の欠片を生み出しながら、イェルダーヴは独白のように言葉を綴る。

けれど。ご主人様のことだけは信じてる。信じたいと、思います

それはサクヤの生み出した炎花のように美しくも精巧でもなかったが、力強く燃え盛ってマリーたちを囲み守る。

姉さんと、ラーメスさんも同じです。誰も信じない孤高の人が。誰も信じられない孤独な人が。ご主人様のことだけは、信じてここまで、やってきた

イェルダーヴはぽんとマリーの胸を押す。同時に炎が、彼女を包み込んだ。

ラーメスさんにはとても及ばない、弱い弱い炎ですけど。だから、わたしにも、できることがありました

それは、本物の炎にすら劣る炎。柔らかな日差しのような、じんわりと暖かくなる炎だった。

小賢しい!

弱く小さい、しかし膨大な量の炎の壁を突破できずに業を煮やした太陽神が叫ぶ。同時にマグマの奔流が壁を突き破って迸りイェルダーヴは、マリーを突き飛ばして、それに巻き込まれた。

イェルダーヴさん!

跡には、骨一つ残らず。それを嘆き悲しむより先に、マリーは立ち上がり、踵を返してOlへと走った。

Olさま!逃げるよ!

逃げるといっても、どうするつもりだ

周囲は未だイェルダーヴの放った炎が覆い尽くし、部屋から出る唯一の通路は太陽神が立ちはだかっている。逃げ道などどこにもないように思えた。

こうだよ!

マリーは印を組んで、魔術を行使する。

お前!何──

Olが抗議の声をあげるより先に。

二人の姿は、その場から掻き消えた。

──という術を使うのだ!

うまくいったからいいじゃない

マリーが使ったのは、何のことはない。ただの転移の術である。だがそれは本来、極めて高度な計算が必要になる。ほんの僅かに座標を間違うだけで、石の中や空中に転移してしまう可能性があるからだ。

咄嗟に使ったいい加減な術で、少なくとも落ちても怪我をしない程度の高さの空気中に転移できたのは僥倖というほかなかった。

わたし、昔から運だけはいいし

誇ることか、愚か者

マリーを叱りながらも、Olの語気は弱い。

それに命を繋いだとて、どうにもならぬかも知れぬ

太陽神の言ったことは真実だ。もはや打つ手は何もない。

でも、わたし達はまだ生きてる

Olの手をとって、マリーはそれをぎゅっと胸に掻き抱く。

わたしの知ってるOlさまなら、絶対諦めたりしない

Olは目を見開いて、彼女の顔を見つめた。

あの、無邪気だった幼子が、いつの間にこんな表情をするようになったのか。

知った風な事を言ってくれる、愚か者が

そんな事を思い魔王は、微かな笑みを浮かべた。

良かろう。あがくぞ

言って彼は、周りを見回す。そこはちょうど火山の入り口の手前、風のダンジョンの中であった。谷間が雪で埋め尽くされているせいか、ザナが作った氷の壁もまだ消えてはいない。

転移陣を張っていたならまだしも、お前の大雑把な運任せの転移だ。このダンジョンの中にいる間は、俺達の居場所は補足される事はなかろう。それに、お前のその炎

Olはマリーの身体を包み込む、イェルダーヴの炎を指し示す。それはイェルダーヴが死んでしまった後もなお、消えることなく燃え盛っていた。

それは一種の境界として使える。つまりその炎を、俺のダンジョンと規定する。さすればお前の居場所は太陽神に気取られぬ

ふむふむ、それで!?

調子の出てきたOlに、マリーは身を乗り出して頷く。

それだけだ。それが何の役に立つことか

しかしそこで両手をあげるOlに、がくりと項垂れた。

ううー。援軍とか呼べないのかな。あの革袋、もう一個作る事は?

無理だ。ダンジョンと繋ぐには、ダンジョンまで一度戻らねばならん。ここから転移するのは不可能だ

ユニスの転移やミシャの空間を繋ぐ技と違って、転移の魔術はその移動距離によって消費する魔力が決まる。大陸間を転移するのは、ダンジョン中の魔力を使っても不可能だ。

いや。一つだけ方法があったか

ふと、Olはあることを思い出す。ほとんど使ったこともなかったので、すっかり忘れていた一種の魔術。使ったところで何一つ状況は好転しないであろう事はわかっていた。けれど、Olは呪文を口にする。

契約に基づき、アイン・ソフ・Olの名において命ずる

それは転移でも召喚でもなく、召還の魔術。

我が前にいでよ、リルシャーナ!

己の使い魔を手元に呼び戻す術であった。

ずるり、とOlの影が伸び、そこからしなやかな指が生える。

よいしょっとー!

かと思えば、豊かな胸をぶるんと揺らしながら、リルが威勢のいい掛け声とともに飛び出してきた。

はいはーい!Olの右腕にして第一の使い魔、リルちゃんのお出ましよ!

状況をわかっているのかいないのか、場違いな明るさを見せる彼女をOlとマリーは呆然と見やる。