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なるほど、確かにひっどい顔してるわね

リルはOlの顔を見て何やら納得したようにうんうんと頷くと、ふわりと彼の頬を両手でおさえ、そのまま口づけた。

いきなり何を!

彼は、全てを思い出した。

太陽神は、おそらく対面した相手の心を読む

そりゃあ全知全能っていうくらいだから、そのくらいはするでしょうね

それはOlが旅立つ前。ラーメスを蘇生させた直後の頃の記憶だ。

問題はそれを防ぐ方法がないということだ。どのような策を練っていこうが、魔術による読心術と違って対抗手段がない

あっ、そっかううーん。読まれても構わない策を練るとか?

リルの言葉に、Olは首を横に振る。

格下が相手ならばそれも可能だろうがな。生憎とそんな都合のいい策はない。なにせ相手は全知であると同時に全能でもあるのだ

じゃあどうしたら

故に。奴に勝つための策を、お前に預ける

頭を抱えるリルの肩を、Olはぽんと叩いた。

わたしに?

ぱちぱちと瞬きして、リル。

そうだ。記憶を封印し、それを封印した記憶ごとお前に渡す。頃合いを見てお前を呼び、記憶を復活させて策を成す。そうすれば奴が心を読めようと問題ない

でもさ。記憶を失ったOlが、もしわたしを呼ばなかったら、どうするの?

Olは珍しく、無責任な言葉を吐いて肩をすくめた。

正直なところ、自信はない。お前はどう思う?どうしようもないほど追い詰められた後、俺はお前を呼ぶと思うか?

少し考え、リルは答える。

呼ぶわ。Olは必ず、わたしを呼ぶ。たとえわたしが何の役にもたたないってわかっていても打てる手がそれだけなら、あなたはわたしを呼ぶわ。絶対に

──そうして。

Olは全ての記憶を彼女に預け、代わりに偽の策を練り上げて太陽神に挑んだのだった。

どう?思い出した?

唇を離し、くすぐるような声色で、リルは問う。

やはり、お前に任せて正解だったな

Olはそれに対して、そう答えた。

え、記憶の引き渡し?

リルが口付けることによって、Olの呪いは解け、封印していた記憶が蘇る。けれど別にそれは誰でも良かったはずだ。

違う。最初に言っただろう

Olは首を横にふって、言った。

俺を信じる仕事は、お前に任せると

──ん。信じてるよ

リルは微笑み、そう返す。

そんな彼女にニヤリと笑みを浮かべ、Olは宣言した。

さあ。反撃を開始するぞ

第21話全知全能の神を斃しましょう-5

これで、最後

くしゃり、と太陽神は手のひらに浮かんだ絵図を握りつぶす。それによって、Olが支配した領域は全て消え失せた。

ふむ?

太陽神の端正な表情が、怪訝そうに歪められる。Olの作った氷のダンジョンを全て消した今、この大陸に太陽神の目の届かぬ場所はないはずだ。にもかかわらず、Olの姿はどこにもなかったからだ。

海に隠れたか、それとも境界の神に頼って逃げ帰ったか

いずれにせよ、もはや抵抗の余地などどこにもないはず。太陽神はOlの行方を些事と切り捨て、意識をダンジョンの外へと向けた。

この大陸に未だ根強くはびこる、有象無象の神々ども。それを全て喰らいつくし

今度こそ、万物を支配するために。

わ。真っ暗ね

その領域に入るなり、リルは声を上げた。何気ない台詞のようだが、ただ事ではない。

なにせ夜に潜み闇を見通す悪魔の言葉なのだ。つまりそれは、尋常の闇ではなかった。

何用じゃ

その闇の中から響いたのは、酷くしわがれた声であった。

まるで数万年歳を取り続けた老婆のような、枯れ果て乾いた声色。

それがどこから聞こえるともなく、辺りに反響していた。

我が名は魔王Ol。汝に願いの義ありて参った

Olは、隣にいるはずのリルさえ見えぬ無明の闇の中、膝をついて声を張り上げる。

火山の神、イワナガヒメよ。汝が妹、サクヤヒメを助けるため、手を貸してはくれないか

──サクヤ、じゃと?

闇の中に響く声の纏う雰囲気が、変わった。

汝がいかにして妾を知り、サクヤとの関係を知ったかは問わぬ。興味もない。じゃが

感情を感じさせぬ枯れ果てたそれから──憎しみに満ちた、燃え盛るようなそれへと。

妾が奴のために何かするなどとは、考え違いも甚だしい!良いか。確かにサクヤは我が妹。だがこの身に奴への情愛など欠片もないわ!あるのはただ憎しみのみ!ましてや助けるじゃと?ハ、全くお笑い草も

娶る

だが、凄まじい勢いで並べ立てられた呪いの言葉は、Olの一言によって水をかけられた小火のように立ち消えた。

いま、なんてゆった?

代わりに返ってきたのはどこか舌足らずな、鈴を転がすような声。

お前を娶ると言ったのだ。この魔王Olがサクヤの夫でもある、この俺がだ

ははははははは!騙されぬ、騙されぬぞ!誰がこのイワナガを嫁に取るものか。サクヤとの関係を知っているのなら、妾についても知っておるのだろう。見目麗しく華やかなサクヤとは似ても似つかぬ醜い姿。いかなる男も妾の前では萎え衰える!

老婆の声に戻って哄笑するイワナガに、Olはローブの隠しから袋を取り出し答える。

結納品ならば用意した。これだ

それは!

彼が取り出したのは、マリナに献上した五品の一つ。ノームが蓬莱の玉の枝としてドヴェルグたちに作らせた、黄金で出来た枝であった。

黄金の枝に翠玉の葉、真珠の実鉱石で出来た木、じゃと!?ま、まるで妾に誂えたかのような

その通りだ。樹木を司るサクヤヒメはなるほど確かに美しい。だが、岩を司るイワナガヒメもそれにけして劣るものではないそれを証明する、世にも珍しい蓬莱の玉の枝だ

真摯な表情で、Olは息を吐くように偽りを口にする。

さあ。その姿を見せてくれ、イワナガ

じゃが見せたら、きっとげんめつする

老婆の声と、鈴のような声。それが入り混じった声色で、イワナガは答える。

するものか。俺を、信じよ

Olの言葉に、ゆっくりと闇は薄れていき、辺りの景色が目に映る。そこはサクヤの火山の遙か地下に作られた、小さな石室。

そして、イワナガヒメはOlのすぐ目の前に立っていた。

確かにその姿は、サクヤとは正反対だ。

ゆるくウェーブした長い薄紅のサクヤの髪に対し、肩口で揃えられた黒い髪は岩のように真っ直ぐで、目元を覆い隠している。豊かなサクヤの胸元に対して、イワナガの胸は何の起伏もなくまっ平らだ。そして何より

一万四千年近く生きているというサクヤの姉であるにも関わらず、その姿は五、六歳の幼女にしか見えなかった。

思った通りだ

Olは跪いて視線の高さを合わせると、イワナガの目元を覆い隠す髪を掬い上げながら微笑む。