あなたはまさか。邪悪なる魔術師、Ol?
いかにも
ウィキアの問いに、Olは頷く。予期せぬ迷宮の主の登場に、アラン達に緊張が走った。
ふん、国中を騒がせている魔術師がこんな若い男だったとはな。それも護衛もつけずにノコノコと現れるとは、運がいい
ナジャが剣に手をかける。剣は剣士の命。アランに駆け寄る際にもしっかり回収していたのだ。そうでなければ危うく手詰まりになるところだった。
合図もなく、同時にナジャとアランは駆け出した。魔術師相手の戦いは速攻がセオリーだ。いかに強大な魔術を操ろうと、その肉体は脆弱で鈍い。魔術の一撃を受ける前に殺してしまえばいい。
アランは首、ナジャは胴。挟み込むように放たれた一撃は、しかし、Olの身体を傷つけることは出来なかった。
身の軽そうな男の剣士が陽動、女の剣士の一撃が本命。僧侶が不測の事態に備えて回復の準備をし、魔術師は後方から援護射撃か。一瞬でよくもまあこれだけ連携の取れた動きをしたものだ
目の前でぴたりと止まった二人の姿を観察し、しみじみとOlは言った。二人だけではない。後衛の二人も、口をパクパクと動かすが声が出ず、魔術も発動できない。
しかしそんなパーティでさえ、このような単純なトラップに引っかかるのだな。少しはおかしいと思わなかったのか?
その言葉にウィキアがはっとして指輪を外そうとするが、もちろん外れるような事はない。
呪われて、いたのだ。ウィキアの指輪もShalの杖も、アランとナジャの剣も、この迷宮で手に入れたものは全部。
素晴らしい力を持ちながら、迷宮の主にだけは逆らえない。そんな呪いが。
さて、剣士は動けず魔術師は魔術を使えない。そんな状態でコイツを相手にしてもらおうか
首を失ったミノタウロスの死体が、ゆっくりと起き上がった。
第10話欲にまみれた冒険者どもに絶望を与えましょう-2
目を覚ますと、ナジャは見覚えのない部屋にいた。
部屋の中には簡素なベッドと便所代わりの壷が置いてあるのみで、三方を壁に囲まれ、残りの一方は鉄格子。どう見ても牢獄だ。ナジャは頭を振り、ぼんやりする頭を叩き起こそうとした。しかし、思考には霞がかかったように考えが纏まらない。とにかく、彼女は何が自分の身に起こったのかを考えた。
だんだん、記憶が戻り、意識がハッキリしてくる。思い出したのは、動かない身体と、迫る首のない大男の腕。ああ、ミノタウロスだ、とナジャは嘆息した。動き出したミノタウロスの死体に動けぬ剣士がかなう訳もなく、アランたちはなす術なく捕らえられた。
殺されなかったのは幸いだが、あまり状況はいいとはいえない。武器も防具も奪われ、彼女が身に着けているのは粗末な服だけだ。ワンピースのような作りの服だが、少し丈が短く彼女の太ももは中ほどから露出していた。
武器そう考え、ナジャはほぞをかんだ。あんな呪いの剣に舞い上がり、長年使い込んだ愛剣は手放してしまった。愛剣を使ってさえいれば、Olを倒せたかもしれないのに。
しばらく自分の不覚を悔いると、彼女はすぐに思考を切り替えた。現実的な戦士の思考は、いつまでも過去を思い悩んだりしない。大事なのは現在、そして未来だ。
彼女の気がかりは、やはりアランだった。もちろんShalとウィキアの安否も気にかかるが、迷宮の主Olは支配下の村で若く美しい娘を集めているという。貞操の心配はあるが、こうしてナジャが生きている以上他の二人も無事だろう。少なくとも、しばらくの間は。
しかし、アランはそうはいかない。確かに女に見間違われるほど見目麗しい美青年だが、彼は男だ。実は女でした、などという落ちもない。Olが彼を生かしておく意味はあるのだろうか。
考えても仕方ない思考に彼女が頭を悩ませたとき、その答えは唐突にもたらされた。
さっさと歩け!
黒アールヴに槍を突きつけられながらナジャの牢の方に歩いてきたのは、見間違うはずもない。ナジャが想いを寄せるアランの姿だった。
アラン!
思わず鉄格子を掴んで近寄ると、黒アールヴの女がナジャに槍を向けた。
奥の壁に手をつけ。早くしろ!
ぎり、と奥歯をかみ締めつつも、ナジャは言われる通りに奥の壁に手をつき、目を閉じた。がちゃりと音がし、牢獄の扉が開けられる。その瞬間を狙って反転し、扉から飛び出そうとしたナジャの身体に覆いかぶさるようにアランの身体が牢の中に蹴り入れられる。
無駄な事はするな。貴様らにはまだ二人仲間がいる事を忘れるなよ
冷たく吐き捨て、黒アールヴは牢獄に鍵をかけ、去っていった。残り二人の無事もとりあえずは確認でき、安心してナジャはアランを抱きしめた。
アラン、良かった。無事だったか
ああナジャも元気そうで良かった
一体何があったんだ?
全員捕らえられたのはわかっているが、それにしてはアランとナジャだけが同じ牢に入れられるのもよくわからない。二人ずつ入れられているにしても、アランが後から牢に運ばれてきたのも意味がわからなかった。
呪いだよ
よろよろとした動作で、アランはベッドに腰掛けた。
魔封じの呪いをかけられた。魔術を使おうとすれば、全身に激痛が走ってとても行使できない。Shalとウィキアも同じだ。ナジャだけは、魔力を感じないからって先に牢に入れられたんだ
そうなのか
とりあえず、ナジャも座ったら?
アランはベッドの端によって、隣をぽんぽんと叩いた。
あ、ああ
ナジャはぎこちなく隣に座った。今の服装を思い出したのだ。薄く粗末な衣服はナジャの身体の線をはっきりと示し、しかも太ももは露出している。その上、下着を着けていないのが感覚でわかった。
しかし、呪いと言うのは厄介だな。魔封じの呪具とかなら、破壊できれば効果を消せるだろうが呪いとなるとな
Shalなら呪いを解く事も可能かもしれないが、彼女自身も魔封じの呪いを受けているならそれも期待できない。神の力を借りる僧侶の奇跡も、魔術の一種である事には変わりないからだ。
ナジャ
思い悩むナジャの名を呼ぶアラン。
こんな時に言うのもいや、こんな時だからこそ、言っておきたい
視線を向けると、彼はじっとナジャを見つめていた。
好きだ、ナジャ。君を、愛している
3秒。彼の言っている言葉の意味を解釈するのに、歴戦の戦士をしてそれだけの時間がかかった。きっかり三秒後、一瞬にしてナジャの顔は真っ赤に染まる。
え、な、えほ、本当に?
アランはこくりと頷いた。
でも、Shalとウィキアは
二人の事はもちろん大切に思ってる。けど、愛してるのはナジャ。君だけだ
そんなアラン。ありがとう、嬉しい
他の二人に対する罪悪感がナジャの心をよぎる。しかし、アランが選んだ事なのだ。仮に他の二人のどちらかが選ばれたとしても、ナジャはそれを受け入れ祝福しただろう。そう結論付けて、彼女は素直に彼の好意を受け入れた。