ははははははは!
その笑い声に重なって、別の笑い声が響く。
漲る全能感が、マリーを支配していた。小さな頃、Olのダンジョンのもとに来たばかりの頃いつも感じていた、その感覚。長じてからはそれがただの錯覚であり、自分はただ庇護されていたに過ぎないと気づいた。
けれど
いっくよー、ローガンっ!
おうよぉっ!
マリーの影から飛び出した四つ腕の悪魔が、崩落する天井をいともたやすく吹き飛ばし、空いた隙間を幼女は猫のようにするりとすり抜ける。
──今のマリーは、無敵だ。
いわれたとおり、いわにあなをあけた。あれでいいの?ええとおっと?
うむ。助かった、イワナガよ
Olが礼を言うと、イワナガは嬉しそうに彼にぴっとりと寄り添った。
ううん、つまが、おっとにつくすのはとうぜんのことだから。あと、チルって呼んでほしい
チル?
木花散姫(このはなちるひめ)。それがわらわのほんとうのなまえだから
咲く姫に散る姫。なるほど、正反対か、とOlは納得する。
ほかにしてほしいことはある?おっと
いや。この二つで十分だ
Olがチルに協力を頼んだのは二つ。
一つは、太陽神の目も届かぬこのチルの石室に匿ってもらうこと。
そしてもう一つは、彼女が保護する領域の一部に穴を空けてもらうことであった。
それで結局何したの?夫
対抗せんでいい
チルの反対側からすっと身体を擦り寄せてくるリルの頭をぽんと叩きながら、Olは説明する。
この大陸に来たばかりの頃、テナの奴を若返らせた仕掛けを覚えているか?
ああ何だっけ。甦りの坂だっけ
それはテナたちの村の地下に作った地下通路。進めば進むほど、通るものの時間を過去へと戻していく坂だ。
チルが守護して隠していた村の結界を一部だけ解き、マリーをそこへ誘導した。効果はご覧のとおりだ
岩壁に映るマリーの活躍を示して、Ol。
けど小さくなったら普通、むしろ弱くなるんじゃないの?
Olやテナのように老齢から若返ったのならまだわかる。だが訓練を積み、心身ともに成長したマリーが五歳児の姿に戻って強くなるというのは不思議な気がした。
あいつは昔っから運がやたらいいだろう
運の良さでどうこうなる話?あれ
おかしそうに笑みを漏らすOlにリルは首を傾げる。
ああ。魔術の本質というのは因と果の逆転だ。火口と火打ち石があるから火がつくのではなく、火を付けたからそこにあるものが燃えるように奴には、健やかに育つ呪いがかかっている。故に大人になるまではけして害されず傷つかぬ
でも、その呪いって全知全能を覆す程なの?
どんな呪い、魔術にも、明確な限界というものはある。いくら因果を逆転させるとは言え、それはOlの能力以上の力を発揮させる事はないはずだった。
無論、そんな力はない。むしろそれはただの触媒に過ぎぬ
Olにそんな力があるのなら、自分自身に無敵になる魔術でもかければいいだけの話だ。効果という意味では殆どない。そもそも、一度大人にまで成長したマリーからは既にその呪いは失われているはずだ。
真に奴を無敵足らしめているのは法術。そして、相性だ
相性?
法術によるものというのはわかる。つまりあれはマリーの法術なのだ。
無から有を生み出し不可能を可能にする魔術とは真逆に、法術というのは可能をより強化し偶然を必然へと至らしめる術だ。そしてその源は、かつて魔導王と戦い滅んだ天なる神。太陽神と同じ力を使っているのだから、対抗できるのはわかる。
法術とは信じれば信じるほど強くなるものだから、今のマリーは自分を、ローガンを、そしてOlをこれ以上ないほど信じ切っているのだろう。それは、理解できる。
けれど全知全能に相性なんてあるものだろうか、とリルは首を傾げた。
マリナの啓示とテナの予知。共通する欠点は何だと思う?
どうなるかわかんないことでしょ
それはOlが何度も口にしていたことであった。未来を読むはずのテナの先見ですら、その先見自体によって未来は変化し、けして確定した出来事を知ることは出来ない。
そうだ。知るという事は、未来を歪める
故にマリナの啓示はその結果を知らせることなく、最善手のみを提示する。
あ。待って。わたしわかっちゃったかも
不意に思いついて、リルは声を上げた。
太陽神が、全知だからでしょ
その通り。あいつの全能とは、文字通りの全能ではない
もしそうであるなら、どうしようもなかった。タツキが海を支配していようと構わず干渉し、塞の神が境界を区切ろうとOlを見もせずに殺す。そのような存在であるなら、勝ち目などない。
だが、そうではなかった。
だからこそ、太陽神は最初に遭遇した時に、Olとテナの会話を言い当ててみせた。本当に自分が全知であると思わせるために。実際にはそれは、Olの記憶を読んだだけの事だ。
全てを知り、それに対処するが故の全能だ。原因のない事には対応できない
そして。全てを運に任せた今のマリーの行動は、太陽神にはどうしようもない事だった。
無知全能。今のマリーは、それだ
いくら考えを読み、行動を推測し、原因を突き止めようと全ては無意味。絶対的な幸運のもとに、あらゆる妨害は失敗する。
──そして。そのマリーに指示を送るOlは、全ての盤面をチルの石室から見渡し把握しながらも、石ころ一つ動かすことは出来ない。
即ち、全知無能。
無知全能と全知無能。片方だけでは意味を持たぬそれも、二人合わせれば全知全能を超えることが出来る。
奴の敗因は、ただ一つでしかないことだ
第21話全知全能の神を斃しましょう-7
おうマリーちゃん。そこを右だ
岩を反響しながら伝わってくる念話を、ローガンはマリーに伝える。一体どこからOlが自分たちの様子を知り、どうやって伝えているのか。それはローガンにもわからないことだったが、わかる必要もないことだ。
重要なことは、ただ一つ。
幼女サイコーッ!
心のうちから湧き上がるような、その衝動だった。
さいこー!
マリーはそれを無邪気に真似て拳を振り上げる。その動作で、彼女は反応しようもないタイミングで壁から飛び出した岩の槍をぴょんと飛び越えた。
これである。成長後のマリーだったら、若返っただけなのにそれでいいの?などとこまっしゃくれたことを口にしていただろう。だが今のマリーは違う。身も心も、若返っているからだ。
最近の自分は随分らしくない事が多かった、とローガンは思う。いくら幼い頃から面倒を見ていたとはいえ、自分の興味の対象外まで成長した少女の面倒を何くれとなく見たり、それで窮地に陥ったり、シリアス展開をしてみたり。
らしくない。実にらしくない。