否否否否!断じて否!私は全知全能の神、まったき太陽神!あのような小娘を恐れる道理などない!
己に言い聞かせるように叫び、太陽神はマリーを追いかけながらダンジョンの壁を操作する。幸運によって攻撃をかわすというならば。即死が効かないというならば。
逃れようのない死を持って、圧殺するのみだ。
マリーが逃げていった先は、大きな部屋が一つあるのみの行き詰まり。出口も封鎖して、その中を今度こそマグマで満たしてしまえばいい。ダンジョンの中は太陽神が支配する領域だ。先程のように壁や天井に穴を空けて逃げるということも出来ない。
ようやく捕らえたぞ
逃げ場のない部屋の中央で、戸惑うように周りをきょろきょろと見回すマリーに、太陽神は溜飲を下げた。
全くてこずらせてくれた。その健闘を、大いに評価する
太陽神はマリーの目の前に姿を表し、パチパチと手を叩きながらそう告げた。
四方からはマグマが迫り、どのような幸運があろうともはや逃げようもない。太陽神自身はマグマの熱など何でもない。苦労させられた礼に、そのもがき苦しむ様を存分に見物してやろうと思った。
一つ、聞きたいのだが
そんな時、出し抜けに男の声がした。
Ol!一体、どこから
振り返る太陽神の視界に、魔王の姿が映る。先程まで全知の力を使ってもどこにも見つけられず、死んだか逃げたかしていたと思っていた男の姿が。
太陽神というのは、風呂に入るのか?
その男は突然、奇妙な問いかけをした。
色々あがいたが、もう勝負はついた。そのくらい答えてくれてもよかろう
いいだろう
どうやって隠れていたかはわからないが、かえって好都合だ。こうして目の前に姿を現した以上、Olの命はもはや太陽神の手のひらの上。確かに彼の言う通り、今度こそ勝負はついたということだろう。
全知全能たる私に、そのような必要はない。そもそも只人のように汚れることなどないからだ
答える太陽神に、なるほどな、とOlは頷いた。
道理で気づかぬわけだ
あった!
Olが言うのと、マリーが声を上げるのは同時であった。
気づかぬ?何に
言いかけ、太陽神はOlの記憶を読んで全てを悟る。
ここは、風呂だ。お前が初めて現出した場所。そして──
やめろ!
太陽神は振り返り、マリーを止めんと腕を伸ばす。
俺が、ダンジョンキューブを落としていった場所だ
でておいでソフィア
拾ったダンジョンキューブを掲げ、マリーはその名を呼ぶ。
名は、神に力を与える。マリーがソフィアと名付けたのは、ダンジョンの神だ。全て太陽神に取り込まれても、その力の名残は全てのダンジョンに残っている。
だから太陽神は全てのダンジョンを一繋ぎにし、支配した。独立したダンジョンがあれば、それを奪い返されかねないからだ。
けれどその全知の目からすら、それは見逃されていた。
四方半フィート(約十五センチ)の、極小のダンジョン。そもそもそれをダンジョンと認識するものは、世界でもごく少数だからだ。
太陽神にそっくりなしかし、手のひらに乗るほどに小さな神の姿が、渦を巻いて現れる。それこそはかつてソフィアがダンジョンキューブの使用権をOlから貸し与えられた時の名残。僅かに残った、ソフィアという神の残照であった。
馬鹿な!何故!
太陽神は叫ぶ。有り得ないことが有り得べからざることが起きていた。
何故生きている!?
Olの背後から現れたのは、確かに殺したはずのザナ、ラーメス、ホスセリ、イェルダーヴ、スピナの姿。
全知の太陽神をも騙し通すとは、私の作った生き人形もなかなか悪い出来ではなかったようですね
宿ってるあたし達自身が気づかないくらいだもの。そりゃ気づかないでしょ
珍しく自慢気に言うスピナに、ザナは疲れさえ滲ませて言った。それぞれの髪を一房切り取り作られた肉の人形。いつの間にか彼女達はそれに乗り移らされていたらしい。
マグマに飲まれた時は流石に死んだと思ったし実際死んだのだが、気づけば石造りの部屋の中にいた時には、地獄というのは随分Olのダンジョンに似ていると思ったものだった。
慌てて逃げ出そうとする太陽神は、ダンジョンの中であれば自由に移動できるはずの己が身が全く動かないのに気づく。
言っただろう。もう勝負はついたと
マリーからダンジョンキューブを受け取りながら、Olは言う。
お前はもう─
──わたしのいぶくろのなかだよ!
Olの台詞を奪って、ソフィアがそう言い放った。
ダンジョンキューブの見えざる迷宮(ラビュリントス)が太陽神を覆い尽くし、己の領域としている。そこはもはや太陽神のダンジョンの中ではなく、ソフィアのダンジョンの中だ。そして神は己の領域の中でその最大限の力を発揮できる。
ソフィアを取り戻すことは不可能だと、そういったな
かえしてもらうよ!
太陽神の姿がぶれて、いくつもの影が飛び出す。
大丈夫か。ふたりとも
Olは両腕を広げ、ユニスとサクヤを抱きとめた。
必ず助けてくださると、信じておりました。旦那様
ちゃんとあたしも抱きとめてくれる辺り、Olっていい男だよね。好き
二人は己を受け止めた夫を、嬉しそうにぎゅっと抱き返す。
それは私のものだ!
太陽神が、力を取り戻して十歳程度の大きさにまで戻ったソフィアに手を伸ばす。力関係はまだ太陽神の方が強いのだろう。ソフィアの身体が引っ張られ、その輪郭がブレていく。
マリー、今だ!奴に名をつけろ!
えっえっ
突然Olに命じられ、マリーはきょろきょろと辺りを見回した。
えーと、じゃあラー!
彼女がそういった瞬間、太陽神の動きが止まり、その姿が光に包まれる。
今完全にラーメスの方見て言ったでしょ。そんな適当な名前でいいの?
わかんない!
呆れ半分のザナに、マリーは屈託なく笑った。
いいや、それで良いんだ。そうだろう?ラーメス
余の名、ラーメスとは、ラーの創造せしもの、という意味だ
Olの問いに、ラーメスはどこか苦しげな表情で答える。
そうする間にも光り輝く太陽神の姿は歪み、ソフィアとは全く別の姿へと変貌を遂げていく。美しい女神の姿から包帯を巻かれた骸の姿へと。
即ちラーとは余の親。亡き父上の事を指す
ラアアメスゥゥゥ!
性別を感じさせる超然とした声色はもはや面影もなく、地獄の底から響き渡るような声で太陽神ラーは、ラーメスの名を呼ぶ。
そのようなああああ、浅ましい、姿でえええ、恥を、晒すかああああ
浅ましいのはどちらだ
びくりと身を震わせるラーメスを庇うようにたち、Olは言い放った。