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そうして作り直したスープに千切ったパンを浸して食べると、ほんの多少ではあるがマシな味になった。出来れば人参と玉葱に胡椒も欲しいところだが、この状況では贅沢な要求だろう。

と、Olが半分ほどを食べたとき、不意にきゅるるるる、と奇妙な音がした。不審に思って聞こえてきた方を見ると、フローロは己の腹を押さえ顔を赤く染めていた。

──ああ

Olは己の考えが及んでいなかったことを恥じる。つまりこの少女は、自分の食べるべき分を分け与えてくれたのだ。

すまなかったな。残りはお前が食べろ

Olは皿とパンをぐいとフローロに押し付ける。フローロは戸惑ったように首を振っていたが、Olが座ったまま壁にもたれかかって聞く耳を持たぬと言わんばかりに腕を組むと、ゆっくりとOlを真似るようにパンをスープに付けて食べ始めた。

アツスグノブ

ぽつり、と呟く彼女の表情が、花のように綻ぶ。そしてそのまま夢中になって食べ始めるフローロを眺めながら、Olは思索にふけった。

一体なぜ自分はこんなところにいるのか。ここは一体どこなのか。なぜ自分の身体から魔力が失われているのか。

フローロに尋ねられれば手っ取り早いのだが、生憎と言葉が通じない。かつて異大陸でユツやザナにやったような手段で言葉を通わせることは不可能ではないが、それには相手と交わる必要がある。

流石に命の恩人を無理矢理犯すような真似は、魔王と恐れられるOlといえどはばかられた。

名を呼ばれOlが我に返ると、フローロは空になった皿を前に両手を合わせ、Olをじっと見つめていた。

ンジョルバパク、ンジャノブ、サヴァヒ、ヴ

気にするな。元はと言えばお前が救った命、お前がよこした食料だ

相変わらず何と言っているかはわからないが、適当に返事をするOl。

イドネタ、ウロヴノブ

彼女は先程聞いたのと同じ言葉を残して、再び部屋を出ていった。恐らく、ここで待てというような意味なのだろう。そうやって少しずつ言葉を覚えていくしか無いわけだ、とOlは嘆息した。

とりあえずオグナサルプラマが罵倒の言葉であることと、ロヴノブがお願いします(プリーズ)に当たる表現であることなど、ある程度の事はわかってきたが、この分ではまともに意思疎通できるようになるにはどれほどかかることか。

フローロは先程よりも長い時間が経った後、戻ってきた。その手には何やら青い石英の結晶のようなものが握られている。

何だ、これは?

イグナム、ロヴノブ

またロヴノブだ。フローロはそう言いながらOlに結晶を手渡し、口を開けて入れるようなジェスチャーをしてみせた。

まさかこれを食え、というのか?

Olが尋ねると、フローロは彼の口を指して同じ言葉を繰り返す。どうやらそのまさからしい。

とはいえ、Olを害するつもりがあるなら寝ている間にそうしているだろう。危害を与えるわけでなくても不利益に転ずる様々な可能性はあったが、考えても仕方がない。意を決して、Olはそれを口に入れた。

硬質な結晶は、しかし口に含むとまるで氷のようにさらりと溶ける。味はしなかった。

私の言葉が、わかりますか、Ol?

しかし次の瞬間彼の耳鼻を打った言葉に、Olはフローロの首を掴んだ。

貴様俺に何をした!

言葉、を覚えて、もらい、ました

首を絞められながら苦しげに、フローロはそう口にする。

耳に聞こえてくる言葉はンジョツロヴ、ァル、シンレリ、ムだ。なのにその意味がOlにははっきりと理解できた。

身(・)体(・)が(・)、(・)作(・)り(・)変(・)え(・)ら(・)れ(・)て(・)い(・)る(・)。

一切の違和感はなかった。痛みもなく、衝撃もなく、体内の魔力も全く正常に流れ続けている。それが、かえって一層不気味であった。

答えろ。お前は

いいかけ、Olはふとあることに気づいた。

お前、この目は、どうした

フローロの左目。黒曜石のような黒い瞳の片方が、焦点を捉えていない。

Olの手から開放され、フローロは文句を言うでもなく、そっと顔を背けた。つい先程までは、こうではなかったはずだ。

Olはフローロの頭に触れ、魔力で彼女の瞳を走査する。あらゆる魔術の中でも、医療魔術は彼の最も得意とするところだ。

何だ、これは

そしてその彼をして、彼女の目は見たことのない状態であった。

フローロの左目は、完全に視力を失っている。にもかかわらず、眼球も神経にも一切の傷がついていない。まるで極めて精巧な模型を入れているかのようであった。

ありえんいや

Ol自身は実際に目にしたことはなかったが、このようなことになる方法は一つだけ知っていた。

悪魔との、取引だ。彼らは血や魔力、魂を好むが、場合によっては能力や肉体の一部を要求することがある。ちょうど、視力を対価にした人間は、この様になるらしいと聞いたことはあった。

お前売ったのか、視力を

一体何のためにか。それは、少し考えればわかることだった。水同然のスープをありがたがって飲むような娘が、人の言葉を覚えられるような石をどうやって手に入れてきたのか。

目は二つありますから

Olがそう悟ったことを、フローロもまた悟ったのだろう。彼女は観念したような笑みを浮かべると、そう答えた。

けれど、あなたに伝える方法は、これしかありませんでした。Ol、料理を作ることが出来るということを、他人に見せてはいけません

そもそもあんなものは、料理と呼べるほどの大仰なものではない。思ってもみない言葉に、Olは目を瞬かせる。

奪われてしまいます

お前のその目と同じようにか

Olが言うと、フローロは瞳を伏せた。

そんな事を伝えるために、お前は目を売ったのか?

仮に料理の技術を奪われたとして、Olはさほど困らない。そこまでの腕前は持っていないし、なくなったとしてもまた磨けばいいだけの話だ。

そんな事、ではありません

だがフローロはきっぱりとそういった。

Ol。あなたは私を助けてくれました。その恩に報いなければなりません。そのスキルがあれば、この底辺から抜け出すこともできるでしょう

底辺?

オウム返しに問うOlに、フローロは頷き、答える。

ここは壁界(ヘキカイ)の底辺、最下層。奪われたものの行き着く場所です

第1話新たなダンジョンで目覚めましょう-4

壁界?

未知の言語を理解できているというのは、極めて不思議な事だった。魂を繋いで意思を疎通するやり方とは随分違う。

壁界という言葉はOlの知る言葉の中には同じニュアンスのない言葉だ。だが同時に、壁という言葉と世界という言葉に近い意味合いを感じる。その二つの言葉自体が、親しいものではないというのにだ。