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モンスター?

Olの知る言葉で言えば、魔物に近い言葉。猛獣ではなく魔物だ。つまりそれが尋常ならざる生き物であるという認識はあるようで、Olは少しだけホッとした。

虚空から現れ、死んでも死体を残さず、素材とスキルを落として消える生き物。それが、モンスターです

それはOlにとって信じがたい話であった。だが、それが本当であるならば彼女の言う外のない世界にも説明がつく。虚空から資源が生まれるのならば、ダンジョンが閉じた世界であろうと何の問題もない。

ないわけが、ない。そもそもなぜパンを落とすのだ。パンとは小麦を挽いて粉にし、酵母などを加えて発酵させ、焼く事で出来上がるものだ。断じて、生き物を殺した時に発生するような代物ではない。

Olが目眩と頭痛をこらえている間にも度々不定期にフローロが角兎と呼んだ獣が現れ、彼女はそれを淡々と殺して素材を拾う。青い結晶や素材は必ず同じように落とすわけではなく、落としたり落とさなかったりするようだった。どちらかと言えば、落とさない場合の方が多い。

Olのように、素材から何かを作るスキルというのは極めて貴重なものです。モンスターからは手に入れることができませんから

ならばどうやって手に入れるのだ?

反射的に投げかけたOlの問いに、フローロは当たり前のように答えた。

人から、奪うのです

第2話奪われたものを取り戻しましょう-1

Ol。やっぱりやめましょう。危険すぎます

ええい、お前の判断など知ったことか。いいからその手を離せ

縋り付くようにして服の袖を引っ張るフローロを、Olは引きずるようにしてダンジョンの廊下を歩く。そうするうちに気づいたのは、少なくともこの辺りには扉というものが存在しないということだった。

フローロが言う通り、何かを作るという技術を持っている者は極めて少ないのだろう。木材を手に入れることはできても、それで扉を作ることが出来るものがいないのだ。

扉の代わりにボロ布のようなものがかけてあることもあるが、大半の出入り口はむき出しだ。であるが故に、部屋と通路、内と外というものが極めて曖昧であった。

Olのダンジョンであれば、誰か個人の部屋の内側と、そうではない共有の通路というのは扉によって厳密に隔てられている。しかしそれがないこのダンジョンでは、通る道を誰かが所有しているのか、誰も所有していないのかが非常に分かりづらい。

フローロにその辺りを尋ねると、最下層においてはそもそも何かを所有するという概念自体が希薄であるらしい。そこにある場所や道具は誰もが勝手に使うし、それを咎めるようなものもいない。

そんな場所において、はっきりと所有していると見なされるものが二つある。

一つは、スキル。

そしてもう一つは

奴隷は、まともに相手などして貰えません。大事なものを奪われるだけです

──奴隷。すなわち、人であった。

俺は奴隷ではない

いいえ。この最下層に降りてきた時点で、あなたは奴隷なのです、Ol。誰にも所有されていない奴隷は、何をされても文句は言えません

フローロは悲しげに目を伏せ、申し訳無さそうにOlに告げる。

あなたが元いた場所で高い地位にあったことは、着ているものを見ればわかります。けれどもうあなたは、奴隷なのです

それは彼を心配しているだけと言うには、あまりに親身な口調であった。まるで我が事のような。

おそらくは、そうなのだろう。

奴隷にしてはフローロの顔立ちは整いすぎているし、所作や口調も洗練されている。彼女自身がかつては高貴な立場にあり、そして何らかの理由でその身を奴隷に落とした。

Olに世話を焼いてくれるのも、似たような境遇と見た彼への同情故か。

例えそうだったとしてもだ

Olは奇妙な苛立ちを感じながら、フローロに言い放った。

俺は心根まで奴隷になるつもりはない。従って生きるか、従わずして死ぬかは己で決める

フローロはその言葉に驚いたように手を離すと、彼の顔をじっと見つめた。

感動的な言葉ですわね

突然、物陰からシュルシュルと聞こえてきた音に、Olとフローロは同時に目を向ける。

いかがなさいまして、フローロ?何か買い忘れですの?

それは大きな蛇が地面を這いずる音だった。

そちらの方は初めて見る顔のようですけれど

しかし現れたのは、女の姿。濃い紫の髪を長く伸ばし、豊満な胸元を惜しげもなく晒した美しい女性であった。ただし、それは上半身に限った話のこと。腰から下は鱗に覆われた蛇そのもの。

Olの知る亜人種ラミアによく似た姿の女であった。

お前がこいつの目を買い取ったという商人か?

ええ。ナギアと申します。どうぞお見知りおきを

ナギアと名乗った半人半蛇の女は、優雅に一礼して見せた。

Olだ。悪いがそいつを買い戻したい

あらあら。まあまあまあ。ではもしかして、あなたが言語スキルをお使いになった方ですか?

芝居がかった口調でナギア。

そうだ。何か不都合でもあるか?

いえいえ、不都合などございませんわ。けれどもわたくし、返品は受け付けておりませんの。改めて、別の物と交換という話であれば喜んで応じさせて頂きますわ

では、私の言語スキルと交換してください!

にこやかに答えるナギアに、フローロが割って入る。

申し訳ありませんが、フローロ。それでは足りませんわ

全く申し訳ないとは思ってなさそうな表情のナギアに、フローロは絶句した。さもあろう、とOlは思う。

何故ですか!?さっきはそれで交換してもらったではありませんか!

フローロ。それが商いというものなのです。同じ価値のものを交換しても得にはなりません。あなたの瞳と交換ともなればその十倍は価値あるものを頂けませんと

やはり、フローロは相当買い叩かれたらしい。奴隷をまともに相手してくれる者などいない。奇しくも彼女が先程言った通りの事が、フローロの身に起こっていた。

どいていろ、フローロ。そいつの言うことはもっともだ

とはいえ、商取引において利益を出そうとする姿勢そのものは商人として当然のことである。

わたくし、物分りの良い殿方は好きでしてよ。では、Ol。あなたは何を対価として差し出して頂けるのでしょうか

ナギアがすっと目を細め、Olを見つめる。

その瞬間パチリと音がして、ナギアは痛みを堪えるように目を閉じた。

っ!?今のは!?

何やら悪さをしようとしたようだな?

顔を押さえるナギアに、Olはニヤリと笑みを見せる。彼女は何らかの術をOlにかけようとした。しかし、Olが張った魔術防護がそれを防いだのだ。

素晴らしいですわ!わたくしのスキルを防ぐスキルなんて、聞いたこともありません!